証明
「ですからアッシュロードさん、わたしたちで試してみましょう」
わたしは厳しい先生の目を見つめて申し入れました。
「……何をどう試すんだ?」
「わたしが “光面の水晶” を。あなたが “暗黒面の水晶” を持って、ふたつを合わせます」
善と悪。
光と闇。
聖女と暗黒卿。
女と……男。
「わたしたちほど “真龍” に証を立てるのに、相応しい人間はいないとは思いませんか?」
わたしの瞳を真っ正面から見据えて、アッシュロードさんが沈黙します。
他の皆も、微笑みを湛えながらも一歩も退く気配のないわたしに、言葉を失っていました。
気迫。
当たり前です。
もし当てが外れていれば、灰になってしまう儀式への協力を求めているのです。
なまなかな覚悟で言い出せるはずがありません。
そして、アッシュロードさんが沈黙を解きます。
「ライスライト」
「はい」
「――ちょっと来いっ!」
「きゃっ!?」
アッシュロードさんはわたしの手をつかむと、問答無用に会議の間から飛び出していきました。
わたしを小脇に抱えるような勢いで大天幕の誰もいない間切りに飛び込むと、こちらに向き直ります。
ですがアッシュロードさんが口を開くよりも早く、
「ああ、もうっ! あそこで “格好良く了承” してくれていれば、わたしたちの一世一代の名シーンになっていたのに!」
わたしは口惜しさに地団駄を踏みました!
どーしてこうこの人は、いちいち外してくるのでしょうか!
わたしをスクイズを狙っているバッターか何かだと思っているのでしょうか!
これまでだって、いっっっっくらでもわたしをモノに出来る機会があったというのに!
情けない! まったく情けない! この甲斐性無し! 根性無し! KYグレートデン!
「ああいうときは、ガーッとやって、バーッと振って、カキーンッ! と打ってしまえばいいのですよ!」
「何をわけのわからねえことを――それよりも、おめえこそわかってるのか? もしおめえの見当外れなら――」
「わたしたちは仲良く骨壺の中です――ええ、もちろんわかっていますとも」
「だったら――」
「こういうのは言い出しっぺがやるものと、身を以て教えてくれたのはあなたでしょう? それにもしもの時、わたしだけが灰になってしまうことに、あなたは耐えられるのですか?」
わたしの容赦のない露骨すぎる言葉に、アッシュロードさんが絶句します。
「きっとあなたのことですから、何年何十年かかってもわたしを甦らせてくれるでしょう。世界中を駆けずり回って、別の “転生の金貨” を探し出してくれるでしょう。そして甦ったわたしが見るのは、また年の離れてしまったあなたです」
わたしたちには、すでに二〇年以上の隔たりが出来てしまっています。
これ以上離れてしまうのは……嫌です。
「だから、あなたにお願いしたのです。お願いしたいのです」
アッシュロードさんは黙って、わたしの話を聞いてくれています。
やがて、真摯な声と表情でこうい言いました。
「……だが例えそうだとしても、どちらかが無事ならもう片方が生き返れる可能性は大きく跳ね上がる。同じ籠に卵を盛るのは阿呆のすることだ」
常に成功への――生存への可能性を一パーセントでも高めようと努力するのが、グレイ・アッシュロードという人です。
ですが、
「わたしがあなたのために人生をかけるのは構いません。ですが、あなたがわたしのために人生を使ってしまうのは嫌なのです」
「……すげー、わがまま」
「ごめんなさい」
呆れ果てた様子のアッシュロードさんに、わたしも微苦笑を浮かべざるを得ません。
まったくもってそうですよね。
自分でも、とんでもなくわがままなことを言っていると思います。
でも、それが今のわたしの嘘偽らざる気持ちなのです。
そして人は、本当に決断しなければならないときには、何よりもその気持ちを大切にしなければならないのです。
「アッシュロードさん」
「なんだよ?」
「わたしたちならきっと大丈夫ですよ」
微苦笑から苦笑が溶け去り、本当の微笑だけが残ります。
「この前向き主義者が」
釣られてアッシュロードさんも苦笑します。
苦笑してしまった時点で、アッシュロードさんも心を決めてくれたようです。
「せめて楽観主義者と呼んでください。それってなんかお間抜けです」
「おめーなんて、お間抜けで十分だ。だいたいおめーは聖女であって賢者じゃねえんだぞ。トリニティの真似事なんてこれが最後だからな」
「はい、先生」
そうしてわたしたちは、再び会議の間に戻りました。
皆が重苦しい表情で、わたしたちを迎えます。
「話はつきました。わたしとアッシュロードさんで試してみます」
「……いいのか?」
何かを言い掛けたフェルさんとハンナさんを制して、トリニティさんがアッシュロードさんを見ました。
「理屈は通ってるからな。迷宮学校の教師としては生徒の実験には付き合わねえとなんねえだろうさ」
「ライスライト。騎士たちに訳を説明して募れば、大勢が志願してくれるだろう。おまえは聖女で、この親善訪問団の精神的な支柱でもある。なにも自ら危険に身を曝すことはないのだぞ」
「ありがとうございます。ですがこういったことは言い出しっぺがやるものと相場が決まっていますから。それに――」
「それに……?」
「この世界に、犠牲になってもよい命は存在しません」
トリニティさんは少しの間沈黙し、それから深く息を吐きました。
「聖女は時として賢者よりも賢明だな……わかった、おまえたちに任せよう」
そうして慎重な手つきで、わたしには柔らかな輝きを放つ水晶玉を。
アッシュロードさんには、仄暗い光彩を浮かべる水晶玉を手渡しました。
「“善” と “悪” の異なる属性の者が持ち寄ればいいだけで、定められた手順や合言葉のようなものはないと思います」
わたしは両掌にズッシリと重い “光面の水晶” を手に、アッシュロードさんに向き直りました。
「とっとと済ませちまおう」
アッシュロードさんはそういうと、無造作に片手に乗せた “暗黒面の水晶” を差し出しました。
わたしはうなずき、自分に向けられた水晶に、ゆっくりともうひとつの水晶玉に近づけます。
(―― “真龍” よ。世界蛇よ。これがあなたの問いに対する、わたしたちの答えです)
ふたつの異なる属性の象徴である水晶玉が触れあい、眩い輝きが溢れ出しました。
その輝きは眩いながらも光ではなく、視力を奪いながらも闇ではない、不思議な輝きでした。
太陽の光のような熱量もなく、冬の風のような厳しさもない。
善と悪。
光と闇。
女と男。
そのどちらでもありどちらでもない、それは調和の光でした。
やがて輝きが治まりその場にいた全員の視力が戻ったとき、わたしの掌にはそれまでとは別の水晶玉が輝いていました。
「上手くいきました。これが “世界の水晶” です」
次回から、いよいよ ”最上層編” の開始です!







