相剋と協調
「~要するに、俺たちはなんの前進もしてないわけだ。トリニティは戻ってきたが、相変わらず最上層への侵入法はわからないままで」
げんなりと嘆息するジグさんに反応したのは、他でもないわたしです。
「それでしたら――多分わかったと思います」
は? と全員の視線が一斉にこちらを向きました。
二〇人以上の視線に一時に晒されるというのは、なかなかになかなかなのですが、ここでたじろいでいては話が進みません。
わたしはひとつ息を吸ってから、先を続けました。
「ええと、あくまで推論なのですが、つまりはこういうことなのではないかと。この迷宮の構造から考えるにです――」
この迷宮は常に対照的なふたつの存在を対称させた配置になっています。
二層~五層までのそれぞれの階層に “善と悪” の属性付けがなされているのはもちろんですが他にも、
天使と悪魔
男と女
光と闇
などが確認できます。
“天使” は五層に出現しましたし、四層にも “陶器の悪魔像” が出現しています。
男と女は、つまり夫と妻です。
三層には、テンプル騎士団の総長とその妻が。
二層には、グレイ・エルフの魔術師ポトルさんとその奥様のサマンサさんの存在がありました。
光と闇は、もちろん “光面の水晶” と “暗黒面の水晶” です。
悪の階層に出現した “天使” から入手した “光面の水晶”
善の階層に出現した “陶器の悪魔像” から入手した “暗黒面の水晶”
これが光と闇です。
「ここまではいいでしょうか?」
YES――代わりの沈黙が返ってきました。
わたしはうなずき、再開します。
「この迷宮は “真龍” が、世界蛇である自らに謁するに足る者を見極めるための試練の場です――」
では “真龍” は迷宮に挑む者に――わたしたちに何を求めているのでしょう?
この迷宮の試練を突破することで、何を証明させたいのでしょう?
善が悪を駆逐することでしょうか?
天使が悪魔を打倒することでしょうか?
男が女を支配することでしょうか?
光が闇を照らし出すことでしょうか?
己とは対照的な存在と争い、勝利することでしょうか?
「わたしは違うと思います」
それならば、わたしたちが四層を突破した時点で最上層への道が拓けていたはずです。
これが善と悪の競争ならば、紙一重の差でしたが “フレッドシップ7” はアッシュロードさんたちに先んじたのですから。
ですが、そうはなりませんでした。
「“真龍” は、わたしたちに相剋ではなく、協調を求めているのだと思います」
利害を異にする者同士が、同じ目的のために協力し合うことを求めているのだと思います。
「――なぜ、そう思う?」
訊ねたのはアッシュロードさんでした。
「善と悪、互いの階層に互いのキーアイテムがあったからそう考えたのなら早計だぞ。中立の人間ならどちらも取ってくることができるんだからな」
善と悪の協調など、試練に挑む人間が “中立” の属性なら意味を成さない――アッシュロードさんは、わたしの推論の弱点をズバリ突いてきました。
まるで生徒に質問する先生のようです。
「たしかに回復薬を大量に持っていけば “中立” のメンバーだけのパーティでも入手できるでしょうね」
三層には “聖水” という、強力な回復アイテムがありますし。
「でもわたしがこの考えに至ったのは、トリニティさんが見た光景のためです」
意識体のトリニティさんが “龍の文鎮” の最奥で見たもの。
それは異星からの漂着者である “妖獣” たちが迷宮の主に救済を求め、“真龍” がその求めに応じた光景でした。
“真龍” は己の領域である迷宮の最上層の一画を “妖獣” に与え、共存と協調の道を選んだのです。
「そんな “真龍” が自分に見えようとする者に、 相剋の試練を与えるわけがありません」
もちろん確たる証拠などなく、証明もできません。
これはあくまで私の推論――私論でしかないのです。
ですが、わたしはこの私論に自信がありました。
「ですからアッシュロードさん、わたしたちで試してみましょう」
わたしは厳しい先生の目を見つめて申し入れました。







