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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
35/659

駆け出し区域

 明けて翌朝。


 予定どおり馬小屋に泊まって精神力(マジックポイント)を回復させたわたしたちは、酒場で一番安い麦粥(オートミール)の朝食もそこそこに迷宮に潜りました。

 カドモフさんとフェルさんの体調も戻り(カドモフさんなどはオートミールを五杯もお代わりして、まだ物足りない顔をしていました)、先日の生還以来初めての迷宮行となります。

 昨日とは違い全員が危なげなく縄梯子を下りると、まずはキャンプを張って探索の準備をします。

 角灯(ランタン)を灯し、もう一度武具の点検。

 自分だけでなく、仲間同士でもチェックし合います。


 カドモフさんとフェルさんはそれぞれ、新調した(ロングソード)戦棍(メイス) の具合を入念に確認していました。

 “みすぼらしい男(ならず者)” の奇襲を受けて潰走した際に、ふたりとも所持していた武器と盾を失ってしまったのです。

 ふたりに新しい武器と盾をあつらえたことで、個人の財布を含めたパーティの所持金は、迷宮金貨一〇枚を割り込んでしまいました。

 今日の探索でそれなりに稼がないと、今夜の食事代にも困るありさまです。

 これは手痛い教訓と言えるでしょう。

 死者を出して逃亡するにしても、秩序だった撤退をしなければ、より多くの物を失うのです。


 武具の最終点検を終えると、レットさんの指示でキャンプを解きます。

 隊列は一列縦隊。


 ジグさん。

 レットさん。

 カドモフさん。

 ライスライト(わたし)。

 パーシャ。

 フェルさん。


 ――の順です。


 耳の良い盗賊(シーフ)のジグさんが斥候(スカウト)となって先陣を切ります。

 その後ろに壁役である戦士のレットさんとカドモフさんが続きます。

 ここまでが前衛です。


 後衛の先頭が、いざという時は前衛に出る僧侶のわたし。

 どうもわたしは肉弾戦が得意な僧侶として認識されているようです……確かに初探索からずっと、加護を願うよりも戦棍を振るってる方が多かったような気もしますが……複雑な心持ちです。


 わたしの後ろには、魔術師であり地図係(マッパー)でもあるパーシャが続きます。

 今はまだ “昏睡(ディープ・スリープ)” や “宵闇(トワイライト)” といった支援呪文での援護が主な役割ですが、ゆくゆくは強力な攻撃呪文を駆使しての対集団戦闘の要となる存在です。


 そして殿(しんがり)を守るのが、わたしと同じ僧侶のフェルさんです。

 装甲値(アーマークラス)も戦士の二人に次いで低く、生命力(ヒットポイント)もジグさんやパーシャよりあります。

 何よりエルフである彼女は、ジグさんさえ上回る “耳の良さ” を持っているのです。

 エルフの聴力を活かして、後方からの危険を察知することが期待されてのポジショニングです。


(こういうのを、“艦首ソナー” と “艦尾ソナー” と言うんでしたっけ? オタクの隼人くんが前にそんなことを言っていた気が……)


 僧侶(プリーステス)ふたりに挟まれることになったパーシャは、


『なんか、すっごい安心するかも。五人で潜っていたときは、どうにも背中がスースーしてしょうがなかったんだ』


 と、ご機嫌な顔で言ったものです。

 実際戦いになれば、わたしとフェルさんの両方。最悪でもどちらか一人が、必ずパーシャの守りに就く取り決めでした

 これで今まで以上にマッピングに集中してくれれば、こちらとしても喜ばしい限りです。


 迷宮での移動はこの一列縦隊で行います。

 戦闘時にはこの隊列が、

 前列が、ジグさん、レットさん、カドモフさん。

 後列が、ライスライト、パーシャ、フェルさん。

 ――の、二列横隊になるのです。


 一区画(ブロック)幅の回廊では、武器を振って戦える人数は三人が限界なのです。

 だったら最初から二列横隊で移動すれば、隊列変更の手間も省けていいのではないか――と思いがちなのですが、縦隊と横隊では移動時の取り回しに雲泥の差が出てしまい、ナンセンスな話なのだとか。

 軍隊同士の戦いでも、移動は縦隊。

 戦場に着いたら横隊(近代では散開)。

 というのは、兵理原則に則したものらしいです(これはやはりオタクなお父さんの受け売りです)

 まったく戦術?とは奥が深いと言わざるを得ません。


 パーティは迷宮の出入り口から一番近い玄室を目指して、西に向かっています。

 わたしの最初のパーティが全滅した、あの玄室です。

 今向かっている玄室を含めて、出入り口のある地下一階の南西区域には三つの玄室があり、この一帯を探索者は “駆け出し区域(ビギナーズエリア)” と呼んでいます。

 訓練場の教官の中には、“新米はレベル5になるまで、このエリアから出るな” と教える人もいます。

 脱出口に比較的近く、いざという時の生存率が高いということなのでしょう……。


 実際、レベル3になったことで欲を出してしまったレットさんたちは、あわや全滅という事態を招いてしまいました。

 その反省に立って、わたしたちはあと1つレベルが上がるまで、このエリアでの戦闘を繰り返すことにしたのです。


 徘徊する魔物ワンダリングモンスターに遭遇することなく、わたしたちは目指す玄室に到達しました。

 ジグさんが扉に耳を当て、慎重に中の様子を探ります。

 他の者は武器を手に辺りの警戒です。

 やがてジグさんがハンドサインで “気配有り” のサインを出し、全員が突入に備えます。


 既視感が……あります。


 ですが同じことが起こるとは限りませんし、また起こす気もありません。

 レットさんが目配せし、一本ずつ指を立てていきます。


 1、2――3! 突入!

 

 丈夫な扉を蹴破って、玄室内に躍り込みます。

 ジグさんの見立てどおり、玄室の中には “人間型の生き物(小柄な人影)” が五匹いました。

  “犬面の獣人(コボルド)” です。

 お互いに奇襲(サプライズ)はなしの、通常戦闘(ガチンコ)です。

 すぐに、わたし、パーシャ、フェルさんが、それぞれ祝詞や呪文を唱え始めます。


 “棘縛(ソーン・ホールド)

 “昏睡(ディープ・スリープ)

 “光壁(ホーリー・ウォール)


 三つの支援魔法が完成するのを見計らって、前衛の三人が雄叫びを上げて突進しました。

 強襲&強奪(ハック&スラッシュ)の始まりです。


◆◇◆


「あ~あ、結局またオートミールかぁ」


 その日の夜。

 蒼い満月が煌々と美しい、その日の夜です。

 “獅子の泉亭” 一階の酒場で、パーシャが麦粥の盛られたお皿を眺めながらぼやきました。

 口に加えた木製のスプーンが、ぶらぶらと揺れています。


「まぁ、まぁ。ほら今朝よりもバターが増えてるではないですか。進歩ですよ、これは」


 わたしは微苦笑を浮かべて、そんなパーシャをなだめます。

 今朝は何も乗ってなかった燕麦のお粥に、今は少し匂いはきつめですが濃厚な山羊のバターがひとさじ落とされています。


「それはそうだけどさぁ――最初の一戦が上手くいったから、今日はもっと稼げると思ったんだけどなぁ」


「次の二戦が友好的(フレンドリー)な魔物だったもんな。運がいいのか悪いのか」


 ジグさんも麦粥は食傷気味といった感じで、お皿の中身をかき回すだけです。


「ダメよ、パーシャ。 “善” たる者がそんなことを言っては。それではまるで自分に友好的な存在を忌避するようじゃない」


 食前のお祈りを終えたフェルさんが、微笑みながらパーシャをたしなめます。


「すべての事象は女神 “ニルダニス”のお導きなのだから」


「ふあぁぁい」


 生粋の善の僧侶であるフェルさんの言葉に、同じ属性のパーシャはうなずくしかありません。

 わたしにはとても持ち得ない、有無を言わさぬ説得力です。

 “友好的な魔物” とは迷宮内でときおり遭遇する、その名のとおりこちらに害意を持たないモンスターのことです。


  “善”の戒律に属する者は、こういった魔物と遭遇した場合、干戈かんかを交えることは許されていません。

 逆に “悪” の戒律に従う者は、例え友好的な態度をとる魔物であっても見逃すことは許されず、必ず戦わなければならないのです。

 善と悪の異なる戒律を持つ者が、建前上パーティを組めない理由がここにあります。


 もしわたしがアッシュロードさんと潜ったときに、そういった “友好的な魔物” と遭遇していたら……わたしはいったいどうしていたでしょうか。

 そのアッシュロードさんは中央通路を隔てた悪の区割りのテーブルで、昨日と同じように大皿に山と盛られたゆで卵を頬張っています。

 癖なのでしょうか。

 卵の殻を剥くとき、いちいち自分の頭に当ててヒビを入れているのが、オジサン臭いというか、子供っぽいというか……。


「エバ、どうした?」


「――え? あ、いえ、なんでもありません」


 なんとなく、中央通路の幅以上にアッシュロードさんとの距離を感じていたわたしを、レットさんが現実に引き戻してくれました。

 レットさんは一八歳。

 やや赤みがかったブロンドをこざっぱりと短めに調髪した、碧眼の青年です。

 誰かさんと違って、年齢に似合わない沈着な印象を受けるイケメンさんで、元の世界で言うなら後輩の女子から人気のある、頼れる三年生といった感じでしょうか。


「確かに今日は一回しか戦えずに実入りは少なかったが、その一回の戦闘は満足の行くものだったと思う」


「そうね。弱小の “犬面の獣人(コボルド)” とは言っても、五匹の魔物をほぼ一方的に倒すことができたんだから」


 レットさんの言葉にフェルさんがうなずきます。

 パーティ内の頼れるお兄さんとお姉さんといった風なふたりです。


「エバの加入が大きかったな。“棘縛” の加護は助かった」


「い、いえ、結局三匹しか固められなくて、残りはパーシャが眠らせてくれましたから」


 あれならむしろパーシャに全部任せた方が良かったのではないかと、加護を一回無駄にしたのではないかと反省しているくらいで。


「……一階の魔物はどいつも “睡眠” 耐性が低い。“棘縛” が効き難いんじゃない。“昏睡” が効き過ぎるんだ」


 それまで黙って麦粥を食べていたカドモフさんが、ボソッと漏らしました。


「……あんたのレベルで三匹も固めたのは上出来だ」


 豊かな黒髪のまだ若いドワーフで、とても無口な人です。

 背はわたしよりも大分低いのですが、ガッシリとした筋肉質の体格で、体重は倍もありそうです。

 低い位置(重心)から繰り出される一撃は強力無比で、今日も “犬面の獣人” を真っ二つに()()していました。


「あ、ありがとうございます」


「……」


「焦りは禁物だ。自分たちの力を過信するのもな。エバの借金の期限までまだ少し時間がある。昨日決めたとおり、今は “駆け出し区域” から出ずに金と経験を稼ごう。遠出をするのは全員がレベル5になって装備が整ってからだ」


「そうだな。せめておまえとカドモフが(ヘルム)くらい買ってからでないと、一緒に戦ってるこっちがヒヤヒヤするぜ」


「頭への一撃は即致命傷になるものね」


「ああ、逆に頭が守られていれば、もっと大胆に踏み込める。そうすれば却って傷も負いにくくなる」


「それじゃ、まずはレットとカドモフに兜を買うのが、あたいたちの最優先事項ね」


 再び黙って麦粥を食べ始めたカドモフさんに代わって、レットさん、ジグさん、フェルさん、パーシャが、次々に発言していきます。

 兜は、確かボルザッグさんのお店で 100 D.G.P. ……だったでしょうか。

 今日の稼ぎが、“犬面の獣人” との戦闘で得た、72 D.G.P. と 鑑定してみないと何とも言えない水薬(ポーション)とおぼしき品ですので、生活費を除いても順調にいけば数日で稼げる額だとは思います。


(そういえば……あの大きな悪魔みたいな子からもらった “KEY?()” も鑑定しないと……)


 そんなことを考えていたわたしの視界に、違和感が飛び込んできました。

 なぜ、その人たちにそんな思いを抱いたのか、明確な理由は定かではありません。

 ただ、そう感じたとしか。

 その人たちは、わたしたちの円卓から少し離れた “善”の卓に着いている四人組の探索者でした。


 ひぐまように大きな “戦士”

 鼠のように小回りの効きそうな、小柄な “盗賊”

 餓狼のような目つきの “魔術師”

 そして、まるで虎のような気配を放つ “剣士”


「ねぇ、パーシャ。あの人たちのこと知ってる?」


「ん? ああ、あの四人組? ん~~、見たことないなぁ。大方、昨日今日流れてきた冒険者崩れじゃない? それにしても目つきの悪い連中ね。とても “善”には見えない」


 そうなんです。

 いえ、もっというなら、“悪” にも見えないのです。

 全員が全員、なんというか “獣染みた” 雰囲気を漂わせていて、人と言うよりはまるで……。

 その時、その四人と目が合ったような気がしました。

 背筋を戦慄が走り抜けます。

 わたしが身を竦めたのを合図にしたように、四人組が立ち上がりました。

 そして全員がやにわに剣を抜き、周りの探索者に斬り掛かりました。

 首が四つ、呆気なく宙に飛んで……。

 一瞬の間を置いて、響き渡る悲鳴と怒号。絶叫。


『“喧嘩と女は酒保の華”。でもそれは酒が入っていればこそさね。素面で剣を抜いたら、それはもう “(いくさ)” だろ』


 昨日のドーラさんの言葉が頭をよぎります。

 蒼い満月が煌々と美しい、その日の夜。

 酒場でわたしたちを待っていたのは、“(いくさ)” でした。



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