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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
340/659

スクランブル・コメディ

 しかし、そんな至福の時は長くは続きませんでした。

 なぜなら水打ち際を向こうから、()()()()()()()()が歩いてきたからです。


(……えっ?)


 絶句する、わたし。

 引き攣る、わたし。

 氷結(フリーズ)する、わたし。


 お、お姉さんズ。なぜ、あなたたちがここに……?


「あ~ら、誰かと思えば “おおっと!” な、エバ・ライスライトさんじゃありませんか」


「ほ~んと、誰かと思えば “おおっと!” な、エバ・ライスライトさんだわ」


 一番上のお姉(ハンナ)さんと真ん中のお姉(フェル)さんが、“氷嵐(アイス・ストーム)” のような声色でにこやかに微笑みました。


「な、なんですか、その “おおっと!” というのは……?」


「それはもちろん、“おおっと!” よねぇ」


「ええ、それはもちろん、“おおっと!” だわ」


「「“おおっと、抜け駆け!”」」


 そのぐうの音も出ない非難に、ぐうっと詰まってしまいましたが、だからといってこのまま邪魔をされるわけにはいきません!

 ようやく手に入れた幸せを護るため、アッシュロードさんにできるだけ聞こえないように、小声で反駁を試みます!


(ちょ、ちょっと待ってください! これは抜け駆けではありません! 黙っていただけです! それもほんの少しの間だけ!)


(盗人猛々しいですよ、エバさん! それを抜け駆けと言わずして、なにを抜け駆けと言うのですか!)


(そうよ! だいたい少しの間だけって、その()()()()が問題なんでしょ!)


(だ、だからと言って、人のデートに乱入する()がありますか!)


((ラブコメの定番よ!))


(これではスクランブル・コメディです!)


((だから、スク()()ル・()()ディよ!))


 テレレ~♪ テレレ~♪


 仁義なきメロディが流れる、女同士の仁義なき争い。


「……今日はおめえらも一緒に遊ぶのか?」


 いまいち状況が飲み込めない様子のアッシュロードさんが、多いに困惑した顔で訊ねました。


「いいえ、()()()()。あなたとエバさんのデートの邪魔をする気はありませんわ。いくら()()()()()()()をすっぽかしたからといって、そんな子供じみた真似するわけがないじゃないですか」


「そうよ、()()()。好きなだけエバとイチャイチャしなさい。ここで()()()()あげるから」


 蒼くなるグレートデンの老犬さん。

 ああ、可哀想に!


「ハンナさん! フェルさん!」


 しかし、わたしの抗議の声など聞こえぬ風に、


「それじゃ、泳ぎましょうか。せっかく海水浴に来たのですから」


「ええ、泳ぎましょう。せっかく海水浴に来たのだから」


 バサァァァァッッッ!!!


 いきなり軍服と僧衣を脱ぎすてるハンナさんとフェルさん!

 現れたのは、見事なプロポーションを包む僅かな布きれ。

 つまり、ほとんど裸同然の際どいビキニ。


「……おおっ」


 ギュウウウウウッッッッ!


「痛てててっ!」


 釘付けになってる()鹿()()の脇腹をつねり上げると、わたしは叫びます!


「ここでいきなりの水着回ですか!」


 伏線も、布石も、前後の脈等も何もなく、ここで迷宮保険初の水着回ですか!

 いくらコメディ回だからといって、ぶっ飛び過ぎです!


「「そんな名前の人はしらない」」


 地底湖から吹き荒ぶ寒風に早くも唇を紫色にしながらも、ふたりのお姉さんは微塵も怯みません。

 ここまでくれば、敵ながら “あっぱれ!” と言わざるを得ません。

 それでこそわたしの恋敵(ライバル)です。

 おそるべし、ラブコメ回です。


「よいでしょう。あなた方の本気、確かに受け取りました。真心には真心、本気には本気でお返しましょう――こんなこともあろうかと!」


 わたしは自分の防寒着に手を掛けると、バサァァァ!


「愛ある限り戦いましょう! 命、燃え尽きて灰になるまで!」


「「――マ、マイクロビキニ!!!?」」


「ふっ、このエバ・ライスライト。勝利のためにはあらゆる労力を惜しみません」


「「あんただって大概じゃない!」」


「さあ、これで装備は互角です! あとは()()()()()()()()の優劣のみ!」


「「ぐぬぬぬっ!」」


「ふふふふふっ!」


「「ぐぬぬぬっ!」」


「ふふふふふっ!」


「「ぐぬぬぬっ!」」


「ふふふふふっ!」


「「「――へ、へ、ヘーーークチョンッッッ!!!」」」


「~なんでもいいから服着ろよ。風邪引いちまうぞ」


「「「で、でぼ、ゼッグズアビ~ルがぁ」」」


「~~~真っ青な顔で鼻水垂らしながら、セックスアピールもねえもんだ」


 も、もっともな言い分に、わたしたちは一斉に法衣や防寒着を着込んで焚き火を取り囲みました。

 そもそも水着回というものは、健康的なお色気があってこそです。

 これでは病的になってしまいます。


「い、一時休戦にしましょう。と、凍死してしまっては元も子もありません」


「そ、そうね、勝ち残るためには生き残らなければならないものね」


「不本意だけど、同意するわ」


 わたしの休戦の提案に、ハンナさんとフェルさんが不承不承ですが同意します。


「はぁ……」


 そんなわたしたちを見てアッシュロードさんは大きなため息を吐くと、茶こしに葡萄の茶葉を入れてお湯を注ぎ、熱いお茶を入れてくれました。


「ほれ、カップがふたつしかねえから回し飲みしろ」


「それじゃ、わたしが()()()()の」

「それじゃ、わたしが()()()

「それじゃ、わたしが()()()()()()()()()の」


「「あなたには自分のがあるでしょ」」


「むぅ……!」


(……子供かよ)


 それでも、暖かい火に当たり胃の灼けるような熱いお茶を飲んで、ようやく人心地つきました。

 人心地つくと、


「だいたい、アッシュが悪いのよ」


 と、一番上のお姉さんが唇をとがらせ拗ねた口調で言いました。

 今日は非番なので、敬称ではなく愛称です。


「お、俺が?」


「そうよ。先にわたしとデートの約束をしてるくせに、エバさんとするなんて」


「そ、それは……あ~~~……すまねぇ」


 あ~! そこで謝っちゃいますか! 謝ってしまうのですか!

 まったく情けない! ああ、情けない!


「ふんっ!」


 プイッと横を向いてしまうハンナさん。

 それがまた、あざとカワイイこと、あざとカワイイこと。

 元々が大貴族のご令嬢様なので、こういう我がままな態度が絵になるのです。


「……」


 しょぼくれてしまう老犬。

 もう! 今日はわたしとデートしているのですよ!


「ふんっ!」


 え? なんでそこでフェルさんが、『ふんっ!』なのですか?


「ハンナやエバとはデートするくせに、わたしとはしてくれないのね! ふんっ!」


 プイッ!


「……」


 さらにしょぼくれてしまう老犬。

 だから、今日はわたしとデートしているのですよ!


 そもそもこの位置関係からして気に入りません! 大いに気に入りません!

 ハンナさんはアッシュロードさんの右に、フェルさんは左にちゃっかり座ってしまっています!

 なぜ今日のデート相手であるわたしが、アッシュロードさんの正面(それも焚き火を挟んで)なのですか!

 これはいけません!

 これはノーグッドです!

 わたしはなんだか腹が立ってきました!

 いえ、先ほどから立っていましたが、ますます立ってきました!


(もー怒った! 怒っちゃいました! わたし、久しぶりに本気で怒っちゃいました!)


 わたしはツイっと立ち上がると、ツカツカツカッとアッシュロードさんの後ろに回り込み、バフッ!と背中から抱きつきました!


「ふにゃあぁ!!?!」


 と、くびり殺されるような情けない声を上げる犬の背中に、ムニュムニュとこれでもかと()()()()()()()()をしてあげます!


「ラ、ライスライト!?」


「……黙れ、小僧」


 わたしは妖艶(アダルティ)に耳元で囁くと、フッ……と吐息を吹きかけます。


「ふにゃあぁ!!?!」


「「ああ、ズルいっ!」」


「ふふんっ! もはや先手必勝ですっ! わたしは昭和の女ではなく令和の女です! 男の人の幸せだけを願って身を退くような、演歌(ヤワ)な女ではありません!」


 わたしは、わたしが幸せになるために生きているのです!


「「この恋愛ターミネーター!」」


 ふたりして非難の声を上げると、負けじとハンナさんは右から、フェルさんは左からアッシュロードさんに抱きつきました。

 ()()を頭にふたつずつ年の離れた三姉妹に取り合いをされて、年老いたグレートデンは完全にグロッギーです。


 押しくら饅頭! 押されて泣くな!



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― 新着の感想 ―
[一言] まあラブコメ回ですね。 こうやってごちゃごちゃにするのが、グレイにとって一番良いかもしれませんね。
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