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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
34/659

無用の長物

 ……一方、その頃。


 パーシャが言った “あいつ” こと、グレイ・アッシュロードは、事務所兼自室のベッドの上で、城塞都市最強の忍者ドーラ・ドラに押し倒されていた。

 喉元に、件の黒光りする短刀を突き付けられて。


「さて、アッシュ。この落とし前、どうつけてくれるんだい?」


「この落とし前……って、どの落とし前だ?」


 アッシュロードは両手を挙げて、寄り目でその短刀―― “苦無” と呼ばれる型の “手裏剣” を見ながら訊ねた。

 脂汗がこめかみを伝う。


「おや、心当たりが多すぎてわからないのかい」


 愉快げに、そして嗜虐的(サディスティック)に笑うドーラ。


「ヒント……もらえる?」


「そうさねぇ。あんたがわたしに働いた不義理は両手の指じゃ足りないからねぇ」


「そんなには…………ねえだろ」


「取りあえず、昨日あんたが迷宮から連れ帰った連中のことなんてどうさ」


「……いたのか?」


 舌なめずりするようなドーラに、アッシュロードがかなり()()()()確認する。


「それがいたんだよねぇ。残念なことに」


「……どっちだ?」


「エルフの僧侶」


「……おい、なんで “善”の、しかもエルフの僧侶が、おまえみたいな悪徳保険屋の客なんだ?」


「おやおや、ご挨拶じゃないか。さすが “善人” のアッシュロードさんは言うことが違うねぇ」


 ぐぬぬぬ……!


 といった形相のアッシュロード。


「あの時はキャンペーン期間中だったんだよ。なんと契約料が最初の一ヶ月は半額っていう」


「あ、汚ったね! そういうのありか?」


「ありなんだよ。それが商売ってもんだろ。そのせっかく初月半額の身銭を切ってまで契約した客を、あんたがかっさらったってわけさ。理解できたかい?」


「まて、俺はそのエルフには指一本触れてないぞ。俺は俺の契約した娘を助けに行っただけで、あとの連中は勝手に付いてきただけだ。そのエルフだって連中が担いできたんだ」


「そんな屁理屈がとおると思ってるのかい?」


「の、喉をゴロゴロ鳴らすな……」


「おや、これは失礼。獲物を前に舌なめずりは三流のすることだもんねぇ」


 小さなざらつく舌で、ペロリと唇を舐めるドーラ・ドラ。


「……わかった。それで俺は何をすればいい」


 溜め息ひとつ。

 観念するアッシュロード。

 長い付き合いである。

 ドーラが言い訳の通じる相手でないのはよくわかってる。

 それに “保険屋は他の保険屋の邪魔をしない” という、どの職業にもある当たり前の仁義を、(結果として)破ってしまったのは自分だ。

 それにしても……まさか、この()()()の客だったとは。


「話が早い男は好きだよ、アッシュ」


 ドーラが体重を感じさせない所作で、フワッとアッシュロードの上から離れる。

 ようやくアッシュロードは上半身を起こした。

 喉に手を当てて、やれやれといった様子で首を振る。


「なにも難しい話じゃないよ。しばらくあんたにあたしの仕事を肩代わりしてほしいのさ」


 ベッドの端に腰掛けた同業者を、再びしゃなりと立ったドーラが見下ろした。


「あん?」


「“死人占い師の杖ロッド・オブ・ネクロマンシー”」


 意味が分からん……といったアッシュロードの機先を制するドーラ。


「先日、あたしのが壊れちまってねぇ。ボッタクリの店に新しいのを買いに行ったら、どういうわけか在庫切れで難儀してるのさ」


 “死人占い師の杖” とはキャンプ中に使用すると “探霊(ディティクト・ソウル)” の加護と同じ効果を発揮する魔道具(マジックアイテム)だ。


 “探霊” は、迷宮内にいる遭難者の位置を生死を問わず知ることができる加護だが、いかんせん精度が悪く “北西・北東・南西・南東” の大まかな区域(エリア)でしかわからない。


(さすがに “どの階層にいるか” だけは正確に探知するが)


 そもそも自分たちのパーティが遭難したときに使うのは、“座標(コーディネイト)” の呪文である。

 基本的にこの迷宮に潜る探索者たちにとって、自分たち以外のパーティはライバルであり、これは利他的な性格を持つ “善”の戒律(属性)を持つ者とて同様だ。

 他人のパーティが迷宮で遭難しようが、好き好んで助けに赴いたりはしない。


(二つ以上のパーティが互助的にメンバーを融通し合い、他のパーティが遭難した場合は救助することを約定とした “クラン” を結成している場合は別だが)


 不測の事態が起こって、迷宮内でパーティがバラバラになってしまった場合などに使えなくもないが……その場合は、もはや遭難状態にあると言ってよく、なによりも己の生存を優先させるべきだろう。

 したがって、多くの探索者にとって “探霊” の加護の利用価値は低く、そのかさばる形状から “死人占い師の杖” は、二重の意味で “無用の長物” と言われていた。


(いちおう不死系(アンデッド)の魔物の攻撃を緩和・減殺させる効果もあったが、不死系のもっとも怖ろしい特殊能力吸精(エナジードレイン) への抵抗力はない)


 まったくもって所持すべき理由の見つからない品であった。

 ただし――商売として(好き好んで)死体の回収を行っている、“保険屋” は別である。

 アッシュロードのように自前で加護を願える者はともかく、ドーラのような生粋の前衛職で保険屋を営む者には、逆に必須のアイテムだった。

 加えてこの “死人占い師の杖” は、ここ “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” では発見されない。

 発見されるのはリーンガミル聖王国”にある、“龍の文鎮” と呼ばれる岩山の迷宮のみである。

 アカシニアの全土に物流網を構築している “ボルザッグ商店” だからこそ、このトレバーンの城塞都市でも取引が可能な品であった。


「あの杖が壊れたのか……使い方が荒かったんじゃねえのか? “大甲虫(ボーリングビートル)” をぶん殴ったとか」


 “死人占い師の杖” は秘められた魔力を解放しても壊れる可能性の低い品だが、それでも()()()ではない。


「鈍器は性に合わなくてねぇ。なんせ猫だから」


「それで俺に “杖” の代わりになれと……」


「そういうことさ。拒否権はないよ」


 アッシュロードはベッドに腰掛けたまま、ガックリと肩を落とした。

 どうも最近、“女難の相” が出ている気がする。

 あいつだ。

 あの娘と関わるようになってから、どうにも調子が狂いっぱなしだ。

 なぜだ。俺は何も()()()()()()()()()のに。


「んじゃ、あたしのクライアントから遭難者が出たら迎えにくる。出来るだけ酒場から動くんじゃないよ」


「……俺の客から遭難者が出たら?」


「もちろん、あたしのが優先さ。まあ、帰り道なら一緒に捜してあげるよ。猫の目は暗い迷宮でこそ生きるものだからね」


 ドーラはそう言い残すと、話は終わりだとばかりに部屋から出て行きかけた。

 そして、何かを思い出したようにドアの前で振り返り、


「それはそうとアッシュ。あたしと重ね餅したくせにさっきは全然反応しなかったけど、もしかしてあんたの()()は “無用の長物” なのかい?」


「……なっ」


 好色な瞳で自分の下腹部を見つめるどら猫に、アッシュロードが絶句する。

 ――マスターニンジャに手裏剣を突き付けられて()()()()られる男が、この世に何人いるってんだ!


◆◇◆


「そのまま、ゆっくりでいいですから。慎重に」


 迷宮、地下一階。

 その入り口の直下。

 わたしは縄梯子を下りてくるエルフの僧侶のフェルさんを見上げて、声を掛けます。

 蘇生直後で生命力(ヒットポイント)がギリギリの状態のフェルさんです。

 迷宮のある “(Edge of)外れ(Town)” まで歩いてくるだけでも相当に辛そうでした。

 今も万が一足を踏み外しても大丈夫なように、腰に命綱を括り付けて、上でジグさんが確保しています。

 レットさんは、わたしの背中を守るように(ロングソード)を抜いて、辺りを警戒していました。

 パーシャもその側で、いつでも呪文を唱えられるように精神を集中させています。

 もちろんキャンプを張ってはいますが、だからといってただ下りてくる仲間を見上げているだけ――とはいきません。

 やがてフェルさんの細い身体が、わたしの腕の中に下りてきました。


「はぁ、はぁ、はぁ……ありがとう」


 力のない笑顔を浮かべて、お礼を言ってくれるフェルさん。

 一面に実った収穫直前の麦穂のような明るい山吹色の髪をした、本当に奇麗な女性です。


「すぐに癒やしの加護を願いますから」


 わたしはフェルさんの細腰から命綱を解くと、すぐに “小癒(ライト・キュア)” の加護を願う祝詞を唱えました。

 生き返ったばかりのフェルさんとカドモフさんに、無理を押して迷宮まできてもらったのは、もうパーティに金銭的な余裕がないからです。

 一番安価な簡易寝台とはいえ、二人合わせて迷宮金貨一五〇〇枚もの蘇生費用を支払ったあとでは、宿泊も限界に来てしまったのです。


 わたしが使える五回の “小癒” でまずフェルさんを回復させて、元気になったフェルさんが、今度はカドモフさんを回復させる。

 減った精神力(マジックポイント)は無料の馬小屋で寝て回復させる。

 そして明日には迷宮での探索(ハック&スラッシュ)を再開する。

 第一位階のすべての加護を使い切ると、フェルさんの生命力が全快しました。


「ありがとう。楽になったわ」


 その笑顔は先ほどのように弱々しくはありません。


「今度はわたしの番ね」


「お願いします」


 わたしは後をフェルさんに頼むと、腰に吊していた 戦棍(メイス)を手に、辺りの警戒に加わりました。

 少ししてドワーフの戦士のカドモフさんが、やはり腰に命綱をつけて下りてきました。

 フェルさんが誘導し、すぐに “小癒”の加護の嘆願が始まりました。

 その数、わたしと同じ五回。

 “聖女” の恩寵でチート(ズル)しているわたしと違って、フェルさんは信仰心は本物なのです。

 これでカドモフさんも元気になりました。


(さあ、これから、ここから――仕切り直しです!)


 わたしは幾度となく自分を窮地に追い込んだ迷宮の闇に向かって、心の中で宣言(コール)しました。



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