新・迷宮街デート
「アッシュロードさん、わたしとデートをしましょう!」
「…………ぁ?」
「ですから、デートです!」
チクタク、チクタク、チクタク、チクタク――チ~ン♪
「……ちょっと待て、何がどうなって、どういう理屈でそうなる?」
しばしの沈黙のあと、無表情に困惑したアッシュロードさんが訊ねました。
「あなたは今、とても疲れています」
「……ああ、疲れているな」
「その疲労は肉体的なものもありますが、精神的な疲れがより大きいと思われます」
「……ああ、そうかもしれねえな」
「精神的疲れにはリフレッシュが必要であり、リフレッシュするには遊びに行くのが一番です。そしてあなたは男の子、わたしは女の子。男の子と女の子が遊びに出掛ける=これすなわちデートです」
ここ大事ですよ~。テストに出ますよ~。
「そもそも論ですが、わたしたちが知り合ってもう随分と経ちます。こんなにも近しい間柄になったというのに、あなたは一向にデートに誘ってくれません。男の子として、これは非常にノーグッドと言わざるを得ないでしょう。根性なしです。甲斐性なしです。故にここらで一発あなたも決める必要があると考える次第です――反論をどうぞ」
「……う~……あ~……う~……」
「反論はないようですね」
((((((凄い! 有無を言わさぬ、怒濤の手番! 説得力はまるでありませんが、熱量だけは凄いです、聖女さま!))))))
「……その疲れは、自分のアドレスで毛布にくるまっていても取れませんよ、アッシュロードさん」
わたしの瞳に宿る真剣な思いを見て取ったアッシュロードさんが、根負けしたようにうなだれました。
「……遊びに行くってったって、こんなところでどうするってんだ?」
「すべては想像力次第と教えてくれたのは、あなたではありませんか。ここは言い出しっぺのわたしに任せてください」
ドンと、年相応――よりも、最近少し大きくなってきたのではないかと自負している胸を叩きます。
「…………好きにしろ」
「はいっ! 好きにしますっ!」
((((((おおおーーーっ! お流石です、聖女さまっ!))))))
侍女さんやお客さまからどよめきが起こる中、わたしとアッシュロードさんの初デートが決まったのでした。
ただ今の決まり手。寄り切り。寄り切って、ライスライトの勝ち。
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そんなわけで、デートの当日です。
「お弁当♪ お弁当♪ ふにゃららほ~♪」
わたしは自分のアドレスの竈で、お弁当作りの真っ最中でした。
灼けたフライパンの上ではこの日のために取っておいた鶏肉が、ジュージューと食欲をそそる匂いを立てています。
美味で知られる “コカトリス” の、それもモモ肉です。
弾ける脂の音は鼓膜から、香ばしい匂いは鼻腔から、それぞれ食欲神経を刺激して口の中は唾でいっぱい、まさに『ふにゃららほ~♪』です。
魔物のお肉なので、芯までよく火を通す必要があります。
なので聖職者系第一位階の守りの加護 “祝福” を施して、外側が焦げすぎないようにじっくり焼かなければなりません。
(いわゆる “迷宮焼き” と呼ばれる焼き方ですね♪)
熟練の感覚で脂の弾ける音の変化を聞き取ると、一瞬の躊躇もなく木製のレードルで、ジャッ! と豪快に “迷宮ソース” を掛けちゃいます。
昆布出汁とワインビネガーと魚醤を、絶妙の配分でブレンドした凄いソースです。
途端に、それまでの食欲をそそる匂いが殺人的な匂いにまで跳ね上がり、思わず目眩を覚えてしまったほどです。
しかし、ここで倒れるわけにはいきません。
エバ・ライスライトのこれまでは、すべて今日この日のためにあったのですから。
気力を振り絞って両足を踏ん張ると、バッ! とフライパンを竈から上げます。
「上手に焼けました~♪」
しかし、ここで気をゆるめていけません。
戦いは勝ったと思った瞬間が一番危険なのです。
ここでお肉を落としてしまいでもしたら、わたしの魂は消失です。
慎重かつ迅速に、錫製の小箱に入れます。
迷宮に持っていく丈夫なお弁当箱が欲しくて、城塞都市にいた頃に買ったものです。
本来の用途とは違うのでタレ物を入れるのには適さないのですが、今日は切った張ったをするわけではないので問題はないでしょう。
さあ、これで準備万端整いました。
あとは “細工は流々仕上げをご覧じろ” ――です。
わたしはエプロンを外すと、後ろに控えていてくれたアンを振り返ります。
「それではアン、よろしくお願いします」
「は、はい。これを散らせばいいのですね?」
「はい、カチカチとやってください」
「わ、わかりました――そ、それでは失礼します」
事前に頼んでいたとおりに、アンはわたしに向かって火打ち石と火打ち金をカチカチと打ちました。
「――よし! それでは行ってきます!」
「い、いってらっしゃいまし。ぶ、武運長久? をお祈りしております」
火口石を手に困惑顔のアンを残して、わたしはアドレスを出ました。
背中には遊び道具の詰まった背嚢を背負い、腰のベルトはこれまた諸々の道具が詰まった雑嚢が通されています。
同じ探索者同士、アッシュロードさんに割り振られているアドレスはすぐ近くです。
「アッシュロ~ドくん♪ 遊びましょ~♪」
アドレスに到着すると、朗らかに呼び掛けます。
「……なんだ、それは」
玄関を開けて出てきた――わけでは、もちろんありません。
独りで使っているアドレスでわたしを待っていたアッシュロードさんが、脱力した顔を浮かべています。
「気分の問題です❤」
「……気分ね」
「はい♪」
ボリボリボリボリ、と頭を掻くアッシュロードさん。
ですが反対の手には、わたしが頼んでおいた品がちゃんと握られています。
「おお、ちゃんと用意してくれていましたか。ありがとうございます」
「……釣りならこないだしただろう」
二本の釣り竿を手にため息を漏らすアッシュロードさん。
「だからですよ。あの時わたしは、とてもとてもと~っても楽しかったのです。あの感動をわたしはもう一度味わいたいのです」
「……まぁ、あんなんでよければいつでも」
「はいぃぃ? 今なんて言いました?」
「安い女だと言ったんだ」
「あ、それはノーグッドです。より格調高くリーズナブルな女と呼んでください。安い女では文字どおり安っぽさが漂ってしまいますが、リーズナブルだとお買い得感がでます」
「………………行くべ」
「はい♪」
「ふにゃあ! ――う、腕を組むな!」
「お断りします♪」
デートなのですから♪
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デートスポットの岸辺に着くと、わたしは後ろ髪引かれる思いでアッシュロードさんから離れました。
そして近くに散らばっている石塊を集めて簡便な竈を造り、背嚢に詰めてきた乾燥燃料を置いて火を熾します。
それから少し離れた淡水域で水を汲み、鉄鍋を火に掛けます。
鉄鍋の中には葡萄酒を満たした錫製のカップを置いて、のんべさんのためにホットワインを作ってあげます。
代わりにのんべさんは、釣り針に生き餌を付けてくれています。
ミミズの類いは大の苦手なので大変助かりました。
ホットワインが出来たら、わたしの分の葡萄茶を淹れて、Let's Fishing! です。
アッシュロードさんと並んで手頃な岩の上にチョコンと腰を下ろし、湖水に釣り竿を垂らします。
地底湖からの風は冷たいですが、焚き火の炎は暖かく防寒着もあるので寒くはありません(ついでに “恒楯” の加護も掛けてあります)。
「――うんうん、楽しい、楽しい♪ お魚が掛かるのを待ってるだけなのに、なんでこんなに楽しいでしょう」
熱い葡萄茶を啜りながらの夜釣り?は最高です♪
「ライスライト、ひとつおめえにとっておきを教えてやる」
「? とっておきですか」
「ああ、とっておきだ。俺たちは今ただ釣竿垂らして待ってるんじゃねぇ。俺たちは今攻めてるんだ」
「攻めている!? なるほど、深い! 深いです! アッシュロードさん!」
なんという深い言葉でしょう!
ストンときました! ええ、来ましたとも!
さすが太公望さんです!
「攻めるぞ、ライスライト」
「はい!」
うんうん、楽しい、楽しい♪
しかし、そんな至福の時は長くは続きませんでした。
なぜなら水打ち際を向こうから、ふたりのお姉さんが歩いてきたからです。







