聖女の癒し
「――さ、早く、早く! 早くお店に来てくださいな! 今日はわたしを指名してくれるって約束ではありませんか!」
「指名って……キャバクラかよ」
「キャバクラではなく、異世界(迷宮)メイドカフェです」
わたしはアッシュロードさんをグイグイと引っ張って、カフェに戻りました。
アッシュロードさんは抵抗することもなく、本当に老いた大型犬のようになされるがままです。
もういっそのこと、このまま家に連れて帰って、お風呂に入れて、ご飯を食べさせて、そのまま家族にしてしまいたいくらいです。
カフェに戻ると、ギョッとした顔の侍女さんやお客さんの間を抜けて、アッシュロードさんを開いている席に座らせます。
「お帰りなさいませ、ご主人様❤ ご注文はお決まりですか?」
「……葡萄酒」
「申し訳ございません。お酒の提供は夜になって酒場の営業が始まってからなのです。代わりに日替わりソテーなどはいかがでしょう? 最近ちゃんと食べてますか? 頬が痩けてきてますよ?」
「……じゃ、それ」
「焼き加減はウェルダンのみですが、よろしいですか? なにぶんここは迷宮なので、よく火を通さなければなりませんので」
「……ああ」
「ソースは迷宮ソースがオススメですよ。昆布出汁とワインビネガーと魚醤を絶妙の配分でブレンドした “湖畔亭” 独自の特別なソースです」
「……ああ」
「かしこまりました~♪」
わたしは、やはりぼんやりと虚脱しているアッシュロードさんを残して、厨房に向かいました。
戸惑っているアンや侍女さん、それに他のお客さんに、『ごめんなさい』と目だけで謝ります。
誰もが一回り小さくなってしまっているアッシュロードさんを見て、気づかない振りをしてくれました。
ソテーが焼き上がると、わたしはすぐにトレーに乗せてアッシュロードさんの席に運びました。
「お待たせしました♪ 鉄板が熱いですから気をつけてくださいね」
熱々のソテーが載る木皿を見て、アッシュロードさんが怪訝な顔をします。
「気分の問題です❤」
ニカッと笑ってサムズアップ!
アッシュロードさんは何か言いたそうでしたが、言葉見つからないのか単に億劫なのか、それ以上何も言わずにソテーを切り分け始めました。
香ばしい匂いが漂い、白い湯気が立ち昇ります。
わたしはどっこいしょ、とアッシュロードさんの隣に腰を下ろします。
「おい」
「あら、わたしを指名してくれたのではないのですか?」
「……だから、キャバクラかよ」
「気分の問題です❤」
「~~~」
ますます脱力してしまったアッシュロードさんは、それでも口に運んだソテーをボソボソと噛み始めました。
「お味はどうです?」
「……うん、美味ぇ」
あまり美味しそうには見えませんが、それはいつものことです。
「……こいつはコカトリスか?」
「いえ、大蛇です」
「……そうか」
相変わらずの貧乏舌ですが、ある意味それは幸せなことかもしれません。
あ、でも手料理を作ってあげたときにもそれでは困りますね。
やはり、これは改善の余地ありです。
「サービスの葡萄茶も一緒にどうぞ」
「……うん」
アッシュロードさんは勧められるがままに、ソテーの横に置かれている錫製のティーカップに手を伸ばしました。
そして温かくないことに気づき、再び怪訝な顔をします。
「どうぞ、サービスの葡萄茶です」
「……すまね」
アッシュロードさんはそういうと、ティーカップに並々と注がれた葡萄酒に口を付けました。
「いえいえ」
「……うん、美味え」
「アッシュロードはん、おひとつどうどす?」
「……今度は花街かよ」
「まぁ、酒も召し上がらず、もうお床ですか? 気の早いお人どす」
「……ひとりでやってろ」
「もう、アッシュロードはんのいけず~」
延々と続くわたしの一人漫才?に、さすがのアッシュロードさんも苦笑しています。
「……だいぶ、お疲れのようですね」
「……五階の探索が終わって、気が抜けちまったんだろ」
表情を改めたわたしの言葉に、アッシュロードさんはぼんやりと答えました。
「燃え尽き症候群ですか?」
「……そんなとこだろ」
アッシュロードさんのバイオリズムが低下しているのは明らかです。
五層に割拠していたふたつの狂信者集団を共倒れさせるという大仕事を、計画の立案から実行までほとんどひとりでやってのけたのです。
他の人は少しだけ手伝ったに過ぎず、疲れるのは当たり前で、特に精神的な消耗が著しいのでしょう。
人間は心身ともに深く疲労してしまうと、回復にとても時間が掛かります。
特に心の疲れはやっかいです。
現代日本の知識があるわたしには、鬱病の怖さがわかるのです。
さらにこの人には孤独癖があり、放っておけばひとりで抱え込んだままになってしまいます。
独りは気が楽で時として救いのようにも感じますが、決してそうではありません
なんとか上手くリフレッシュさせてあげなければならないのです。
なので――。
「アッシュロードさん、わたしとデートをしましょう!」
((((((――お流石です、聖女さま!))))))







