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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
334/660

とある食事の黙示録

 はむはむはむ、と咀嚼に勤しみ、ゴクンと嚥下。

 それからまた、はむはむはむ、と咀嚼に勤しみ、


「――おかわりください」


 と、空になった木皿を、給仕をしてくれているアンに差し出します。


 おはようございます。

 食事の最中のご挨拶、失礼します。

 何だかお久しぶりの、エバ・ライスライトです。

 わたしは今、“湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” の自分たちのアドレスで、他のみんなと朝ごはんを食べています。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 アンがよそってくれた鶏の水炊きを受け取ると、昆布出汁とワインビネガーと魚醤を絶妙な配分で混ぜた特製のタレに浸けて、再びはむはむと食べはじめます。

 うんうん、美味しい、美味しい。

 朝から鶏の水炊きなんて、まったく贅沢です。

 ですが迷宮ではデンプン質が手に入らないので、食事がタンパク質に偏るのは致し方ないことでもあります。

 血糖値が上がらないので、お肉だけでお腹を膨らませるというのはこれはこれで大変だったりするのですが、それこそ贅沢というものでしょう。

 今日はこれから大変忙しくなるので、しっかり食べておかなければなりません。


「……朝から元気よね、あんた」


 朝から全然元気ではないパーシャが、口に加えた木製のスプーンをピン……ピンと跳ね上げながら呟きました。

 見ているこっちまでテンションが下がってしまう、見事なまでのやる気のなさです。


「あなたは元気がなさそうですね、パーシャ。昨夜はよく眠れなかったのですか?」


「……眠れたよ。眠れたけど、こうも毎日探索がないんじゃ気合いが入らないよ」


 ピン……ピン。


「そうはいっても、最上層への道が拓けない以上、仕方がないではありませんか」


 苦笑混じりに慰めますが、それで “火の玉パーシャ” の異名をとる彼女の鬱屈が晴れることはありません。

 パーシャは書斎で本に囲まれながら真理を追究する魔術師ではなく、生死を賭けた戦いの中で知識と業を磨く実践型の魔術師なのです。

 そんな迷宮魔術師の申し子のようなパーシャが、今の状況に腐ってしまう気持ちも理解できます。


「……やっぱり、五階の “ふたつの神殿” に見落としがあるんじゃないの?」


 ピン……ピン。


「~ねえよ。おっさんやドーラだけじゃなく、俺やカドモフ、ヴァルレハやゼブラで調べ尽くしたんだぞ」


 覇気の欠片もないパーシャの言葉に、ジグさんがウンザリとした様子で答えました。

 これまでにも何度となく繰り返されてきた会話だからです。


 アッシュロードさんが心血を注いでこぎ着けた、あの “暗黒広間の会戦” から二週間あまり……わたしたちの探索は行き詰まっていました。

 迷宮の探索は、残すところ最上層のみというところまできていたのですが、その最上層である第六層に足を踏み入れることが出来ないでいるのです。


「でも “邪神の神殿” で見つかった “炎の杖ロッド・オブ・フレイム” のお陰で、四階の “立て札地帯” は迂回(ショートカット)できるようになったじゃない。一歩前進したわよ」


 フェルさんが同様に、やはり苦笑を浮かべて言いました。

 “炎の杖” というのは、五層にある――あった悪魔側の神殿、通称 “邪神の神殿” で見つかったキーアイテム(パスポート)です。


 “暗黒広間の会戦” の後、ふたつの狂信者の集団はほぼ壊滅状態に陥りました。

 会戦に参加した双方の主力部隊は、互いに主である “天使(エンジェルス)” と “大悪魔(アークデーモン)” が去ったあと、暗闇の戻った広間から出られずに全滅しました。

 会戦の最中は去っていた魔物たちが再び現れ、闇の中から襲い掛かったのです。

 ねぐらを荒らされたうえに、広間は血臭で充満していました。

 魔物たちは猛り狂って、生き残っていた騎士や兵士や僧侶に牙を剥いたことでしょう。


 天使側も悪魔側も神殿に残っていたのはわずかな留守部隊のみであり、これらはその後の探索でアッシュロードさんたちに同行したヴァルレハさんの呪文で簡単に一掃されました。

 アッシュロードさんにドーラさん、ヴァルレハさんにゼブラさん、そしてカドモフさんとジグさん――五層の最後の探索は、万が一に備えて臨時のフル編成のパーティで行われたのです。


「そりゃ、あの遭遇(エンカウント)地獄を回避できるようになったのはいいよ。でも、その先の縄梯子が登れないんじゃさぁ……そこが肝心なのにさぁ」


 ピン……ピン。


 “邪神の神殿” の最奥に祀られていた異形の像。

 その像に握られていた “炎の杖” こそが、開く度に燃えるような熱風でわたしたちを拒んできた、四層の “熱風の扉” を通るためのキーアイテムだったのです。

 扉の奥には、最上層への縄梯子の直前に飛ぶことが出来る転移地点(テレポイント)があり、悪辣な “立て札地帯” を迂回することが可能になったのです。

 そういった意味では、フェルさんの言葉どおり一歩前進したわけですが……。


「おっちゃんたちが見つけた “光面の水晶クリスタル・オブ・ライトサイド” が、てっきり縄梯子のキーアイテムだと思ったんだけどなぁ」


「そうね、わたしたちが見つけた “暗黒面の水晶クリスタル・オブ・ダークサイド” といい、あの水晶玉はいったいなんなのかしら?」


 今度はパーシャに同意したフェルさんが首を傾げます。

 “光面の水晶” は、アッシュロードさんたちが “天使” を倒して入手したもの。

 “暗黒面の水晶” は、わたしたちが “陶器の悪魔像(デルフト)” を倒して入手したものです。

 “暗黒面の水晶” では四層から六層へは登れなかったので、パーシャの言うとおりてっきり “光面の水晶” で登れるようになると思っていたのですが、結果は……でした。


五階(悪の階)で見つけた杖が善の四階(善の階)の扉を開けたんだ。五階で見つけた水晶が四階の縄梯子の許可証だと思うのは人情ってもんだろうよ」


「実際、二階で見つけた “空の護符” が、 五階の “突風の扉” のキーアイテムだったわけだしな。規則性を見てしまうのも仕方がない」


 ジグさんの言葉を補足するように、レットさんが続けました。

 あの “大長征” の際にグレイ・エルフの魔術師ポトルさんから授かった “空の護符” は、五層にある “突風の扉” のキーアイテムだったのです。

 気がついたのはトリニティさんでした。

 “炎の杖” を鑑定した際に炎属性への強い耐性を見て取ったトリニティさんは、この杖が “熱風の扉” を通るための鍵ではないかと考えたのです。

 またそうであるなら、同様に風属性(特に冷気)に耐性にある “空の護符” が、“突風の扉” を潜るための鍵ではないかとも予想しました。

 善と悪のパーティで持ち物を交換し試してみたところ、果たしてその予想は正しかったのです。


「規則性かぁ……確かにそのとおりだよ。ちぐはぐなんだよねぇ、なんか。迷宮支配者(ダンジョンマスター)のくせみたいなのが見えてこない」


 ピン……ピン。


「……所詮は蛇の考えることだ」


「「「「「……」」」」」


 カドモフさんが身も蓋も底もないオチをつけて、結局その話も朝ごはんもそこで終わりになりました。


「ごちそうさまでした――皆さん、探索は確かに行き詰まってしまった感がありますが、突破口は思いがけないところから開けるものです。それがいつになるかはわかりませんが、それまではリアル都市開発シミュレーションゲームを楽しもうではありませんか!」


 リアル迷宮探索ゲームが行き詰まっても、わたしたちにはこの “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” を、ますます栄える “迷宮街” にするという別のゲームがあるのです。

 ひとつ粒で二度美味しい。

 ひとつの迷宮で二度楽しめる――ああ、これこそ贅沢というものです!


「なんだか妙にウキウキしているわね……怪しいわ」


 ジロリ、とフェルさんが探るような視線をわたしに向けました。

 むむむっ、やはりあなたの目は誤魔化せませんか。

 ふっ、それでこそわたしのライバルです。

 仕方ありませんね~、言っちゃいましょうかしらね~。どうしましょうかね~。

 ええい、言ってしまいましょう!


「実はわたし、今日()()()()()()()るんです」


「予約?」


「はい。湖畔亭でわたしを指名してくれるように、アッシュロードさんと約束してるんです」


「「「「「「キャバクラかよ!」」」」」」



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― 新着の感想 ―
[一言] 二重に投稿されています。
[一言] あの水晶、キーアイテムだったんですか。 ミカエルと戦って、対滅3発撃って、物質創造しないと手に入らないんですよね。 世界龍、鬼畜過ぎませんかw
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