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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
332/658

決着

「 「―― “対滅アカシック・アナイアレイター” の三連撃!?!?!?!?」」


 熾天使(ガブリエル)猫人(ドーラ)が、かざした両腕の陰から同時に叫んだ。

 目前でぶつかり合うふたつの純力(エネルギー)のうち、一方の輝きが倍々に強まり、もはや直視どころか、腕をかざし目を閉じてさえ眼球を溶かされるようだ。

 それでもふたりは戦いの結末を見届けようと、歯を食いしばり目を見開く。


 聖銀の鎧をまとった騎士が放った最大最強の破壊呪文は、左右の篭手(ガントレット)と騎士本人が唱えたものを合わせて三射にも及んだ。

 規模こそ違えど、宇宙開闢(ビッグバン)と同種のエネルギーの三連撃。

 それは一切の呵責のない、無慈悲なまでの攻撃であった。


 黄金の鎧をまとった大天使は、今こそハッキリと思い出した。

 負の感情を、胸の奥の心の底に閉じ込めていた恐怖という名の感情を、ハッキリと思い出した。


 敗北の恐怖。

 否定の恐怖。

 消滅の恐怖。


 否。それよりも何よりも、目の前に立ち塞がる存在への恐怖。

 人間にして人間ならざる者。

 女神の寵愛を受け、現れし者。

 天使も悪魔も覆滅する、弾劾者にして断罪者―― “運命の騎士ナイト・オブ・ディスティニー

 明らかに自分よりも()()()()()()に大天使は――ミカエルはハッキリと恐怖した。

 天使よりもさらに高次元の存在であるニルダニスの庇護を受ける者に、より低次元の自分が勝てる道理がないのだ。

 オモチャの人形が、人間に勝てないのと同じであった。

 人形が認識できない時間や空間を、人間は理解し把握することができる。

 それは奇しくも人間と天使の関係であった。

 怖れは、畏れに。

 ミカエルの胸は、人間が天使を前にしたときに抱くのと同じ思いに押し潰された。


 ()()()()()


 黄金の兜に覆われたミカエル瞳から、涙が溢れ出た。

 戦意が萎え、心が折れた。

 脚甲(グリーヴ)鉄靴(サバトン)の奥で両の足がブルブルと震え、ついに腰砕けになる。

 大人と子供の差。

 己に三倍する力に、大天使は屈した。

 大天使はようやく学んだ。

 敗北には、否定には、消滅には――死には、誇りも矜持もないのだということを。

 そして、学んだときにはもう手遅れなのだということを。

 すべてが遅かった。


 何万という神敵を葬ってきた剣が刃こぼれ、細り、折れ消し飛んだ。

 金色に輝く装甲がひび割れ、砕け、誇りとする鎧が粒子に還元した。

 天界の長にして神の軍団の指揮官である大天使(アークエンジェル)ミカエルは、最期の瞬間を生まれ出でたその時の姿で迎えた。


「――駄目ぇええええっっっっっっ!!!」


 ガブリエルが絶叫する!

 弟を失う! 失ってしまう!

 理解はしていた!

 覚悟はしていた!

 納得もしていた!

 だが、決して受け入れることはできない!

 そんな恐怖や悲しみ、絶対に、絶対に嫌!


 天使降臨の輝きなど、足元にも及ばない閃光が爆発した。

 それはまさしく、宇宙開闢(かいびゃく)の光景であった。


 ドーラは大天使の死と共に、世界が滅びることを悟った。

 弟の死に取り乱したガブリエルが、触媒とした質量から光速力の二乗で解放される純力(エネルギー)を抑えこめるとは思えない。

 “龍の文鎮(岩山の迷宮)” は跡形もなく消し飛び、自分も、下層の拠点にいる娘も、仲間も、すべて消滅する。

 あとに残るのは甦った “魔王” のみ。

 だが、それならそれで構わない。

 自分も一緒に逝けるなら、それならそれで構わない。

 誰も知る者のいない世界にひとり取り残されるぐらいなら、その方がずっといい。

 探索者最強のマスターニンジャは、奇妙な満足感を覚えつつ消滅をまった。


 ………………………………………………………………。

 ………………………………。

 ………………。

 …………。

 ……。


「……?」


 一向に訪れない消失(ロスト)に、ドーラは怖々と目蓋を上げた。

 閃光が消えていることを確認すると、眼前にかざしていた両の(かいな)を下ろす。

 死はあまりにも速やかで慈悲深く、意識()を持ち去ることすら忘れてしまったのだろうか?


 だが、違った。

 ドーラは生きいていた。

 ドーラだけでなく、彼女を庇って立つガブリエルも、他のふたりも。


「な、なんだい、あれは……?」


 アッシュロードと――ミカエルの中間に、それは浮かんでいた。

 両掌に載るほどの大きさの水晶玉。

 ライスライトたちが、四層の “悪魔像(デルフト)” を倒して入手した水晶と似ていたが、放たれる輝きは明るく受ける印象は真逆だった。


「……対生成(物質変換)?」


 ガブリエルが呆然と呟いた。

 熾天使の眼前で、対消滅の膨大なエネルギーから新たな物質が生まれていた。


「……はじめに “空虚” あり。

 空虚 “力” を育む苗床となる。

 育まれし力 次第に強まりて 爆ぜり。

 爆ぜた力 “時” と “場所” を生む。

 生まれ出でた時と場所 ついに “女神” と “男神” を誕生さす。

 誕生せし女神と男神 つがいて “世界” をつくる。

 故にこの世界のはじまりは “空虚(アカーシャ)”にあり。

 故にこの世界は “アカシニア” と呼ばる」


 魂を抜かれたようなドーラの口から、古い言い伝えが零れた。

 まさしく……それは宇宙開闢の再現だった。


 勝者である聖銀の鎧をまとった騎士が、打ち負かした大天使に近づいた。


「まって、アッシュロ――」


 割って入ろうとするガブリエルの腕を、ドーラがつかんだ。

 翼を翻して振り返った熾天使に、猫人のくノ一がわずかに顔を左右にする。

 これは儀式だ。

 勝者には敗者を自由にする権利がある。

 邪魔することはできない。

 邪魔をすれば、これまでの戦いを否定することになる。

 敗者は受け入れなければならない。

 そうでなければ、何が何だかわからなくなってしまう。

 これは(ことわり)なのだ。


 ガブリエルは唇を噛んだ。

 彼女は理解していた。

 受け入れなければならないと。

 この苦しみを、悲しみを、痛みを受け入れなければならないと。


 全てを剥ぎ取られ生まれ出でたままの姿に剥かれたミカエルは、一対の翼で顔を、もう一対の翼で身体を隠し、残る一対の翼をしな垂れさせ、細かく震えていた。

 甲冑の鳴る音が近づいてくる。

 勝者による敗者への、弾劾の……断罪の儀式が始まるのだ。


「――坊主」


 重ねた二枚の翼越しに、頭上から声が響いた。


「まだガキのオメエに今年で三七(アラフォー)の俺が、とっておきを教えてやる。とっておきだ。女は撲つな。蹴るな。年上は敬え。だから女で年上の()()は、何よりも大事にしろ。何よりもだ」


 ミカエルは戸惑った。

 この男はいま何をしているのだ?

 勝者であるこの人間は、いったい何を言っているのだ?

 敗者である自分は、いったいどうすれば、どう反応すればよいのだ?


「わかったか?」


「……」


「わかったかっ?」


 ミカエルは慌ててうなずき、翼がコクコクッ! と揺れた。

 頭上の気配が消え、足音が遠ざかる。

 勝者による儀式は、それで終わりだった。


 大天使は恐る恐る翼を広げ、視界を開いた。

 一二~一三歳程の神々しいまでに美しい少年の目に、漆黒の鎧を着た男の背中が映った。

 強靱でありながら柔軟性も合わせ持つ魔法の装甲は、男の猫背に合わせて曲がっている。

 ミカエルの瞳が驚愕に見開かれた。

 少年天使にも、ようやく見えたのだ。

 男の背中にある、六対の……一二枚の翼が。 

 男は周囲に浮かぶ五つの武具に向かって、さっさと還れとばかりに、ピッピッ! と手を振った。

 主のツレない仕草に、伝説の武具たちが拗ねたように揺れる。

 男は気づいていないようだ。

 母性の集合意識であるニルダニスが造り出した鎧もまた、女性の意識を持っていることに。

 それでも武具たちは最後に恭しい輝きを放ち、定められた場所に還っていった。

 大天使は再び翼で顔を隠し……さめざめと泣いた。


 ドーラは……またしても呆れた。

 呆れる以外に()()()()()()

 これまでにもこの男には散々呆れさせられてきたが、その中でも間違いなく、文句なく最大。

 この男、天界の長である大天使を打ち負かした挙げ句、こともあろうに()()までしてのけた。

 もはや開いた口が塞がらない。

 そして当の本人は、こちらに近づくでもなく、不機嫌な顔で頭を掻いている。

 どうやら、柄にもなく子供に説教を垂れてしまった()()()()()()に困っているようだった。

 だから誰よりも男を知るドーラは、笑ってやった。

 大袈裟に腹をよじりながら、涙を零して笑ってやった。

 男がますます嫌な顔をし、それがやがて苦笑に変わった。

 ようやく男の爪先が、ふたりのパーティメンバーに向かった。


 その瞬間――。


「「アッシュ!!?」」


 糸の切れた操り人形のように倒れたアッシュロードに、ドーラとガブリエルの悲鳴が重なった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 予想、外れましたw グレイは対滅を自分に撃って相殺するんじゃないかと予想してました。 人の強さを見せつけるならそれで良いと思ってたので。 グレイ、連れなさすぎですw ちゃんとかまってあげて…
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