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迷宮保険  作者: 井上啓二
第二章 保険屋 v.s. 探索者
33/659

ボーパルキャット★

挿絵(By みてみん)


 しゃなりしゃなりと優雅な足取りで、激発一歩手前の探索者たちの間に割って入っていった、“猫人族(フェルミス)” の女性。

 殺気立った空気などまるで柳に風のように受け流して、アッシュロードさんと対峙する、緋色の髪の女戦士さん――スカーレットさんと呼ばれた探索者の前に立ちました。


「ハイ、レティ」


 頭ひとつ以上高いスカーレットさんを見上げて、コケティッシュな笑顔を見せるドーラ?さん。


「ドーラか。邪魔しないでくれ。今はこの尊大な男と話してるんだ」


「お互いに剣に手を伸ばしておいて話もないもんだよ。“喧嘩と女は酒保の華”。でもそれは酒が入っていればこそさね。素面で剣を抜いたら、それはもう “いくさ” だろ」


 そして、もう一人にも。


「あんたもだよ、アッシュ。ガキじゃないんだから、いちいち悪ぶるのはやめな。自分がガキ扱いした相手と同じ土俵に立ってどうするんだい」


「……ぬが」


 と、ぐうの音も出ない様子のアッシュロードさん。

 いえ、それよりも――。

 アッシュ?

 なんですか、その妙に親しげな呼び方は。

 気になるんです!


「不服そうだね、レティ。あたしの仲裁じゃ気に入らないっていうのかい?」


 黄玉トパーズのようなドーラさんの瞳が、苛立たしげなスカーレットさんを見て、スッと細まりました。


「なんなら同じ “保険屋風情” のあたしが相手になろうか?」


 ……え? いつの間に?


 ドーラさんの手には、気づかないうちに床に突き刺さっていたはずの黒鉄色の短刀が握られていました。

 まるで、瞬きの隙を盗まれたような、コマ送りの間に忍び込まれたような、そんな芸当です。


「……わかった。今は退(しりぞ)こう。わたしもあんたと事を構える気はない」


「いい答えだ。 “善” の人間ってのはそうじゃなくちゃいけないよ」


「ちょ、ちょっと! いきなり出てきて勝手に話をまとめないで!」


「よせ、パーシャ。“ボーパルキャット” だ」


「ボーパルキャット……首狩り猫? なによ、それ」


「この城塞都市で最強の探索者――本物の “マスターニンジャ” のことだ」


「「――」」


 離れた場所で、わたしとパーシャが同時に息を飲みました。


 ボーパルキャット(首狩り猫)の異名を持つ、本物のマスターニンジャ。

 それは紛れもなく熟練者(マスタークラス)の忍者を意味するのでしょう。


 忍者……己の肉体を極限まで鍛え上げた、生身の戦闘機械。

 非人間的な 修練と戦い方により、“悪” の戒律の者しか就くことの許されない 上級職(エリートクラス) の中の上級職……。


 スカーレットさんは駆け出しのわたしから見ても、十分にネームド(レベル8以上)の実力を持つ探索者です。

 極上品の装備はもちろんのこと、膂力に溢れた体躯や、気魂に満ちた隙の無い身ごなしを見ても、それは明らかだと思われます。

 そんなスカーレットさんをして、城塞都市最強と言わしめる探索者。

 それが、この小柄な猫人族のドーラさん……なのです。


 ドーラさんは、スカーレットさんよりも頭四つ分以上低い、パーシャに視線を移しました。


「パーシャって言うのかい?」


「そ、そうよ」


この 朴念仁(アッシュロード)に食ってかかれる胆力は褒めてあげるよ。だけど、()()()()()()自分より弱い相手にしな。この男が “善人” でなかったら、あんた死んでたよ」


「こいつは “善人” なんかじゃない!」「俺は “善人” なんかじゃねえ!」


 そして『ガルルルルッッ!』と顔を付き合わせて睨み合う、パーシャとアッシュロードさん。

 見事に同じ土俵に立ってます……。

 鋭いです、ドーラさん……。


「それよりか、アッシュ。ちょっと顔貸しな」


「……あん?」


「今朝はあんたに話があってわざわざ来たんだ。ちょっと()()()()()もらうよ」


「あ、ああ」


 ドーラさんはそういうと、アッシュロードさんを伴って階段を上っていきました。


 ……………………。


 ……え?


◆◇◆


「やっぱり、あいつ極悪人よ! エバが借金返せなかったら娼館に叩き売る気なのよ!」


「そいつは……」


()()()()……なによ?」


「いや、極お定まりの話だと思ってな」


「はぁ?」


「そんなに睨むなよ。あくまで一般論としてだ」


 “獅子の泉亭” の一階。

 中央通路左側の “善” の区割りの一卓で、ジグさんが辟易とした顔でホビットの少女魔術師をいなしました。

 パーシャは相変わらず沸騰気味で、頭から湯気を立てています。

 円卓には二人の他にパーティリーダーのレットさんもいて、こちらもなにやら深刻そうな顔をしています。


 残りのメンバー、ドワーフの戦士の “カドモフ”さんと、エルフの僧侶の “フェリリル(フェル)” さんは、蘇生から一夜明けた今もベッドからは出られず、簡易寝台で安静にしています。

 蘇生直後は生命力(ヒットポイント) が1ポイントしかなく、簡易寝台で回復するのは一週間でわずか1ポイント。

 あと数日しなければ、動くことすらままなりません。

 宿……というか、街中での呪文や加護の行使は法律によって厳しく禁じられていて、探索者の聖職者が治療を行うことはできないのです。


(破るとどこからともなく衛兵さんが現れて、お城の地下牢に連れていかれてしまうのだとか)


 もちろんこれは、加護による治療によって莫大なお布施(利益)を得ている “カドルトス寺院” が政治力を行使したからであり、同様のことは、迷宮から持ち帰られる不確定品の鑑定を一手に担っている “ボルザッグ商店” にも言えることでした。

 したがって、僧侶が宿で仲間の治療をすることも、司教が酒場でアイテムの鑑定を行うのも御法度なのです。

 カドモフさんとフェルさんが動けるようになれば、迷宮に入ってフェルさんとわたしの加護で一気に回復させることができるのですが……。


「エバ」


「……」


「エバ」


「……」


「エバッ」


「え? あ、はい、なんでしょう?」


 何度かレットさんに名前を呼ばれて、ようやく我に返りました。


「どうした? 大丈夫か?」


「は、はい。大丈夫です」


「大丈夫なわけないでしょ! あとひと月以内に4,500 D.G.P. 返さないと大変なことになっちゃうんだから!」


「あはは……そうね」


 乾いた笑いが浮かびます。

 ごめんなさい、パーシャ。

 わたしが心ここにあらずだったのは、借金のことが気にかかっていたからではなく……。

 からではなく……。


「まったく、悪の君主だけでもお呼びじゃないのに、今度は悪の忍者だなんて。ふたりでコソコソなに悪巧みしてるのやら。悪の枢軸めぇ」


「悪巧みねぇ。むしろ男と女が “宿に上がった”だけじゃねえの。朝っぱらから」


「古来より悪巧みってのは、閨の中の睦言から始まるって相場が決まってるのよ」


 ガチャン、


「ご、ごめんなさい」


 パーシャとジグさんの会話に、思わず手にしていたタンブラーを滑らせてしまいました。

 ほとんど口をつけていなかった果実水が、テーブルの上に零れます。

 女給さんを呼んで布巾を頼みます。

 わ、わたし、なにをそんなに動揺しているのでしょうか。


「本当に平気か?」


「は、はい」


 レットさんの視線が痛いです。

 落ち着きなさい、わたし。


「すみません。本当に大丈夫です」


 浮かべた笑顔が自分でも弱々しいのがわかります……。

 いけません、いけません。

 パーティに加わったばかりだというのに、こんなことではいけません。


「エバ、君には何か方策があるのか? 4,500 D.G.P.といえば、俺たちみたいな駆け出しにはまだかなりの金額だが」


「いちおう、あることはあるのですが……」


 レットさんにうながされて、わたしは昨日ボルザッグさんに聞いた魔剣の話をしました。


「なるほどな、その “噛みつくもの(Biting)” とかいう 魔法の短剣(ショートソード)が手に入れば一挙に解決ってわけか」


「借金の分だけ前借りさせてもらうことにはなりますが……」


「それぐらいはお安いご用よ! ――でしょ?」


「ああ、俺は別に構わないぜ。エバには命を助けられた恩もあるしな」


 申しわけなさげなわたしに、パーシャとジグさんが快活に応諾してくれました。


「俺も構わない。カドモフとフェルも承知してくれるだろう。駄目なようなら俺が説得する」


 レットさんの頼もしい言葉に、再び『すみません』と恐縮しきりなわたしです……。


「ただ問題はその剣が三階に行かないと見つからないってことだな。三階まで潜るには7レベルが必要なんだろ」


「はい。地下二階以降は、麻痺(パラライズ)(ポイズン)といった攻撃を仕掛けてくる魔物が生息しているので。僧侶がそういった状態異常を治療できるようになるには、どうしてもそのレベルが必要なのです」


 麻痺を治す加護はレベル5で。

 毒を治療する加護はレベル7で、(女神さまや男神さまが認めてくだされば)それぞれ授かることになっています。


「俺たちはレベル4になったばかりだ。あと3レベル、どうにかして上げないとな」


 レットさんたちは遭難する前に “トモダチ(貴族の亡霊)” を数体倒していたので、今朝ほど目を覚ました際にレベルが上がったのです。

 これでこのパーティは、わたしを含めて全員がレベル4の探索者になったわけです。


「あの、こんなことをわたしが言うのも変かもしれませんが、無理はしないでください。今度またあんなことになってしまったら、借金を返すどころの話ではなくなってしまうので」


 レットさんを初めとして、このパーティの人はみんな “良い人” 過ぎて……。

 わたしに変な恩義を感じて、無茶をしないかそれが心配です。


(思い上がっているようで、すごく嫌なのですが)


「もちろんだ。俺もあんなことはもうごめんだからな。しばらくは一階で稼いで装備を整える。(ヘルム)もない前衛じゃどうにもならないからな。二階に下りるのも最低でもレベル5になって、毒消しを買えるようになってからだ」


「レベル5になれば全員が二回攻撃を修得して、パーシャは “焔爆(フレイム・ボム)” の呪文を覚えるからな。パーティの戦闘力が格段にあがる」


「そうよ。魔術師はね、レベル5からが本領発揮なの」


 レットさん、ジグさん、そしてパーシャ。みんな冷静かつ意気軒昂です。

 これならきっと、大丈夫でしょう。


「よーし、気張るよ! ガンガン強くなって、ガンガン稼いで、あいつからエバを取り戻すんだ!」


◆◇◆


 ……一方、その頃。


 パーシャが言った “あいつ” こと、グレイ・アッシュロードは、事務所 兼 自室のベッドの上で、城塞都市最強の忍者 ドーラ・ドラに押し倒されていた。



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― 新着の感想 ―
[一言] アイテム名や人名からWiz(特に2?)や派生作品へのリスペクトが見えて面白かったです。 マスターニンジャはベッドで“も”裸(?)と……
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