暗黒広間の会戦②★
それは確かに “転移” が発現した際に観測される魔法光だった。
光量子に分解され、ワームホールを抜けてきた転移対象が放つ輝き。
対象が再構成されればごく短時間で消え去るはずのその光が、いつまでも続いている。
(――なんだ、この魔法光は!?)
アッシュロードは網膜を灼く閃光から顔を背けながら驚愕した。
こんな転移は見たことがない。
これだけの時間魔法光が――再構成が続いていると言うことは、転移してきたのはよほどの大質量の物体か、あるいはそれに匹敵する人数――。
アッシュロードの予感は、直後に実証された。
眼球を溶かすほどの眩さが不意に消え去り、恐る恐る開けた目蓋の先に、数百人の緋色の僧衣をまとった男たちが出現していたからである。
どの男たちも、手に手に戦棍と盾を持った完全武装だ。
悪魔側の邪僧たちが、広間入り口の魔法封じの罠を飛び越えて、入場を果たしたのである。
「な、なんだこれは――!? いったい何が起こったというのだ!?」
激しい驚愕と狼狽。
泡を食う髭面の声も、アッシュロードには届かない。
この会戦の企画者の意識は、広間の東端に布陣した邪僧たちの背後の空間に釘付けになって――されていたからだ。
武装した三〇〇人余りの僧侶たちの背後に揺らぐ、“炎のような姿”
そこから発せられる圧倒的な妖気が、歴戦の古強者であるアッシュロードをして金縛りに陥れていたのである。
アッシュロードは戦慄した。
間違いない。
この “炎” こそ、邪僧どもを操る悪魔側の使徒だ。
邪僧どもを操っている魔族だ。
だが三〇〇人もの人間を同時に転移させるなど、並みの魔族に出来ることではない。
低位悪魔 はもちろん、高位悪魔でもそんな真似は不可能だ。
こんな芸当が出来るのは世界蛇か、あるいは熾天使の中でも神に近い力を持つとされる三翼の大天使だけだろう。
つまり坊主どもの背後にいるのは、神――魔王に匹敵する力を持った大悪魔なのである。
(間違いなく名前を持った一匹……いや、一柱だ)
魔族は真に力を持つ者でなければ、固有の名を持つことを許されない。
聖典では、その数は七二柱と言われている。
そのうち特に転移の能力に秀でた一柱が、地上に昇ったのだ。
アッシュロードの背後で、こちら側の使徒が揃ってガタガタと震えているのが、なによりの証である。
“十字軍” に、動揺が津波のように拡がった。
「――おい、突撃ラッパを吹け。今すぐ乱戦に持ち込まねえと “呪死”の一斉射で全滅するぞ」
アッシュロードは押し殺した有無を言わさぬ声で、髭面の指揮官に命じた。
こちらの加護は封じられている。
距離を置いたままでは、七面鳥撃ちだ。
今の俺たちは図体がデカいだけの飛べない鳥。
散弾銃で狙われる鈍重な鳥のように撃ち倒される。
「アッシュロード……アッシュロード……貴様っ! 貴様っ!」
今にも口から泡を噴いて卒倒しかねんばかりに、髭面のテンプル騎士がアッシュロードを睨んだ。
指揮官にしてみれば、この男の口車に乗せられて罠に嵌められたようなものである。
「急げ! 死にてえのか!」
「――ヒッ!」
再度今度は叩きつけられるように命じられ、ビクッと我に帰った指揮官はようやく突撃の指示を出した。
直管ラッパの野太い音が広間に鳴り響く。
ギリギリのタイミングだった。
もし先に “呪死”の一斉射が飛んでいたら、瞬時に多数の兵が即死し、天使側は為す術もなく壊乱状態に陥っていただろう。
“十字軍” は曲がりなりにも訓練を積んだ軍隊である。
軍隊の練度とは、つまるところに指揮官の指示に条件反射の如く従えるかどうかである。
これでもかと吹き鳴らされるラッパの音に、まず中級指揮官である騎士が怒声をあげて飛び出し、剣を手にした兵士たちがやはり狂乱染みた雄叫びをあげて続いた。
鼓笛兵が陣太鼓が打ち叩き、兵たちの士気を高める。
“呪死”の第一射が放たれたのは、この時だった。
緋色の僧衣をまとった邪僧たちから、一〇〇を超える呪いの言葉を投げつけられ間髪入れずに着弾。
うち半数以上が命中した。
バタバタと射倒される “十字軍”
だが篤信の兵団は怯まない。
一度戦いの狂気に火が着いてしまえば、弓で射られるのと違いはない。
“暗黒広間” は東西一〇区画。南北一〇区画の正方形をしている。
一区画は一〇メートル四方。
彼我の距離は、約八〇メートル。
重装の騎士でも、二〇秒も掛からず接敵できる。
その間に “呪死” の第二射が着弾し、やはり半数ほどが命中した。
第一射と合わせて一〇〇人以上の真紅の十字章をまとった騎士や兵士が即死した。
だが、そこまでだった。
“呪死”の祝詞は長い。
第三射が放たれる前に、天使側は怒号と共に悪魔側の陣列に突っ込んでいた。
瞬く間に敵味方入り乱れた乱戦となる。
その中に、髭面のテンプル騎士団総長の姿もあった。
視野が狭く、突然の異世界集団転移に対応できずにいる男だが、仮にも以前は世界でも指折りの有力な組織の長にまで上り詰めた男である。
この戦場に退路はなく、退却も潰走もあり得ないことぐらいは理解していた。
生き残るには勝利するしかなく、勝利するには敵を皆殺しにするしかない。
アッシュロードもその近くで、次々に現れる邪僧たちを左右の魔剣で斬り伏せていた。
どさくさに紛れて尻を捲りたくても、周囲を物狂い同士の殺し合いに囲まれてしまってそれどころではない。
しかも当初は互角だった戦力が、“呪死” の砲撃よって2:3程度まで拡がっていた。
さらには加護で負傷者を治療できる悪魔側と違って、天使側の治療は封じられている。
アッシュロードの周囲は、次第に緋色の僧衣をまとった僧侶たちだけになっていった。







