デルフト
「――行くよ! 召しませ、ホビット痛撃の呪文、いざ馳走!」
一〇〇パーセント、正念場。
窮地の中に勝機あり。
死中に活を求める、逆転の意思の籠もったパーシャ呪文が炸裂します。
自身の質量を強大な武器とするため、加速に加速を重ねていた “悪魔像”
まるで巨大なコンパスを使ったように、壁際ギリギリに正円を描いてい疾駆していた醜悪な石像が、不意にバランスを崩しました。
あのスピードです。
崩れた体勢を立て直す暇もなくレンガ造りの内壁に激突し、大気を揺るがす轟音と激しい粉塵を巻き上げました。
魔術師系第四位階の呪文、“暗黒” ――。
闇の精霊を使役し、対象の感覚野を阻害する支援魔法です。
人型や昆虫系の魔物なら、視覚を。
獣人や動物系などの臭いに敏感な魔物なら、嗅覚を。
軟体系の魔物なら、触覚を。
“鬼火” のような幽体の魔物のでさえ、他の生命体を感知する能力を著しく低下させ、結果として装甲値を上げて攻撃を命中しやすくします。
特筆すべきは、無効化できない点です。
例え魔法無効化能力が一〇〇パーセントの魔物でも、この呪文は耐呪できないのです。
この特性ゆえに、魔法に強い抵抗を示す魔族戦の切り札的呪文となっていました。
つまり――対魔族の戦術は、すでに確立されているのです。
しかしパーシャの呪文によって足をすくわれた “悪魔像” は、爆散するまでには至りませんでした。
高機動が仇となり、溜め込んでいた運動エネルギーの自爆によって大きなダメージを負ったようですが、それでも濛々と立ちこめる土埃の中から起き上がってみせたのです。
「見て、あいつ中身がない! 石像じゃなくて陶器人形だ! 見かけ倒しだよ!」
「――レットさん、これを!」
パーシャが叫ぶと同時に、わたしはレットさんに自分の戦棍を差し出しました。
「相手が陶器人形なら、剣よりも特効です!」
「借りる!」
レットさんは手にしていた段平を素早く鞘に戻すと、わたしから “粉砕するもの” の銘を持つ魔法の戦棍を受け取りました。
形状から名前から何から何まで、まさにあの “悪魔像” のために存在しているような武器です。
この武器をレットさんが手にしたときに、実質今回の戦いは終わったと見るべきでしょう。
練達の戦士が操る魔法の戦棍は、文字どおりダメージを負い動きの鈍っていた “悪魔像” を粉微塵に粉砕し、巨大な陶器の像ごと宿っていた悪魔の魂を滅ぼしたのです。
「――終わったな」
腰の後ろの鞘に短剣 を収めながら、ジグさんが言いました。
“悪魔像” は粉々に砕かれ、再び動き出すことも復活する気配もありません。
「ああ――ありがとう、エバ。助かった」
ジグさんの言葉にうなずきながら、レットさんがわたしに戦棍を返しました。
「手強かったような、呆気なかったような、判断に困る敵でしたね」
微笑むわたしに、レットさんも苦笑しています。
「――宝箱、宝箱! 宝箱はないの!」
そのために戦ったのよ! と言わんばかりに、パーシャが玄室中を駆け回っています。
「どれ、待ってろ」
「怪我をした人はいない? 治療するわ」
「……かすり傷だが、頼む」
「これぐらいなら “小癒” で、すぐに塞がるわ」
ジグさんがパーシャを手伝って玄室内を探り、フェルさんがカドモフさんの手当をします。
しばらくしてから、
「――ない! 宝箱がないわよ!」
パーシャの悲鳴染みた声が、玄室に響きました。
「……え? それじゃキーアイテムは?」
宝箱に収められてないなら、探し求めていたキーアイテムはいったいどこに?
「まさか、ここも外れ?」
カドモフさんの治療を終えたフェルさんが、美しく整った眉根を寄せました。
「そんなはずは……」
パーティに不穏な空気が流れたかけたとき、
「――おい、これを見てみろ」
“悪魔像” の残骸を調べていたジグさんが声を上げました。
皆が駆け寄り、彼がブーツの先で指し示す物に視線を落とします。
粉微塵に砕かれた、灰のような陶器の粉に埋もれていた物……。
それは……仄暗く輝く、黒い水晶玉でした。







