聖女な ”悪巧み”
それはまさしく閃光だった。
半信半疑で出迎えていた “十字軍” の全員が、前腕をかざし、顔を背け、目を閉じる。
騎士たちがこの世界にきてから授かった “短明” の加護よりも、遙かに明るい。
それは、彼らの眼前に初めて使徒たちが現れたときよりもさらに眩かった。
“転移” の呪文特有の発光現象。
次の瞬間嘘のように閃光は消え去り、五人の武装した男女が、十字章のシンボルをまとった痩せぎすの男たちの前に現れた。
そのうちのひとり、猫背気味の黒衣の男が進み出る。
男の背後に積み上げられた緑色の巨大な物体を見る限り、ひとまず約束は守れたようだった。
◆◇◆
「――というわけなのですが……どうでしょうか?」
うかがいを立てられた主計長さんはキョトンとした様子で、
「そ、そうですね。今の物資の状況だと毎日は厳しいですかね」
目をパチクリさせ、困惑半分、申し訳なさ半分くらいの表情で答えました。
「も、もちろん、そうでしょう」
わたしは慌てて両手の平を主計長さんに向けて振りました。
いけません、いけません。
言葉が足りていませんでした。
主計長さんに誤解をさせてしまったようです。
「さすがに今の状況でそれは無理だと、わたしも思います。ですから……そうですね、七日に一度くらいならどうでしょう?」
「七日ですか? それらならなんとかなるかもしれません」
主計長さんの顔が明るくなりました。
「本当ですか?」
「ええ、“高いところにいるお友達” のお陰で、それぐらいなら賄えると思います」
「是非是非お願いします!」
わたしはパンッ! と両手を合わせると、輜重隊の指揮官さんに頭を下げました。
「そ、そんな畏れ多いです。頭を上げてください、聖女さま」
「いえいえ、無理を利いてもらうのですから」
いえいえ、いえいえ。
「トリニティさんには許可はいただいていますから。曰く、『主計長が良いというなら、わたしから否やはない』――とのことです」
「ははは、それならわたしにも否やはないです――それにしても、よくそんなことを思い付きましたね」
「待っていても、“猫の看板が掛かった扉” は現れそうにないですからね。ちょうど七日に一度ですし、自分たちでやってしまいましょう、というわけです」
「“猫の看板” ……?」
不思議そうな顔を浮かべる主計長さんに、わたしはデリシャスな笑みを返したのでした。
そして――。
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「どうしたの?」
「あのね、あのね、聖女様がカフェを開いたの! 美味しいお茶が飲めるんだって! それでこれから、みんなで飲みに行くの!」
「カフェ!? お茶!? 本当!?」
きゃーっ!
「――いらっしゃいませ。迷宮カフェ “湖畔亭” は本日オープンです。今はまだ “葡萄茶葉のお茶と乾し葡萄” のセットしかお出しできませんが、それでもよろしければごゆっくりどうぞ」
銀のトレーを身体の前に抱えて、お客様ににこやかにご挨拶。
そうなのです。
これがわたしの “悪巧み” の正体なのでした。
だって、せっかくこんな立派な “街” が出来上がりつつあるというのに、カフェや食堂の類いがないなんて寂しいではありませんか。
それはアッシュロードさんと一緒に湖岸からこの “街” の灯火を見たときに漠然と心に浮かび、そしてノエルさんが葡萄の葉からお茶を煮出すことを思い付いてからは、より明確な計画となった悪巧みでした。
幸い “|高いところにいるお友達” のお陰で、一週間に一度ならお店を開けるほどには、葡萄の実にも葉にも余裕が出来ていました。
作り始めた時期が最近なので、葡萄茶葉の配給はまだ始まっていません。
生産が軌道に乗る前の、いわば先行お試し品というわけです。
迷宮での生活には、外の世界でよりもずっと娯楽が……笑顔が必要なのです。
拠点の発展とは反対に、近ごろ騎士や従士の人たちの間でケンカ沙汰が多くなっていました。
それも場合によっては刃傷沙汰にまで発展しかねない、激しいものが。
広大とはいえ太陽の昇らない地下での長い生活で、皆にストレスがたまっていることは容易に想像がつきます。
ワインやお茶の生産が安定して気軽に楽しめるようになれば、それらを緩和する一助になるでしょう。
(……あの人にも岸辺でぽつねんと飲むよりも、片隅ででもいいからみんなと一緒に飲んでもらいたい)
“十字軍” に関わる一連の “悪巧み” の立案に続き、単身での交渉・契約の締結、さらには物資の受け渡しと、八面六臂の活躍をしたアッシュロードさんでしたが……それだけに疲労の色は濃く、仕事がないときはいつも岸辺に独り座って、ワインを飲んでいました。
その姿はとても楽しげと言えるものではなく、酔って誰かに絡むようなことは決してありませんでしたが、それが却って不安を煽るのです
「わたしはこの “湖畔亭” を昼間はカフェ。夜は “獅子の泉亭” のような酒場にしたいと思っています」
そういって、わたしはお客さんや、一緒に手伝ってくれているアンやその他のメイドさんを見渡しました。
「この “湖岸拠点” で厳しい生活を送る人たちの、憩いの場に――」
歓声が沸き、少しだけ皆の中からストレスが散じた気配がしました。
「あ、あの、わたしにも手伝わせてください」
「聖女様、わたしもお手伝いします!」
「あのね、あのね、わたしもわたしもです!」
「ありがとうございます。助かります」
わたしには救護所での仕事もありますし、なによりわたしは迷宮探索者です。
事態が落ち着いたら、また迷宮に潜らなければなりません。
今はジグさんやカドモフさんが、ヴァルレハさんやゼブラさんと一緒に、アッシュロードさんを手伝って “十字軍” への燃料の受け渡しをしているので、探索は休止しているのです。
「少しずつ積み上げていきましょう――みんなで」
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「――よぉ、アッシュロード! こんなところで寂しく飲んでんじゃねーよ!」
「一緒に飲もう」
「……いや、俺は」
「……ドワーフの酒は飲めぬと言うのか?」
「そうじゃなくて……サンフォード、おまえは “善” だろ。酒場で俺とは同席できねえはずだぞ」
「ここは迷宮だ。善悪混成は許されている」
「そいつは屁理屈ってもんだろ」
「屁理屈だって理屈のうちだ」
「…… “善”のいうセリフかよ」
「「「細けえことはいいんだよ。オラ、飲めーーーっっっ!!!」」」
「うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp」
クスクスッ――。
…………ありがとう、男子。
★迷宮カフェ “湖畔亭” オープン記念セット。
“動き回る蔓草” の葉茶。
“動き回る蔓草” の乾し葡萄。
お砂糖とミルクがないので、甘みは乾し葡萄で。
ポリフェノールがたっぷりの身体にとてもよいお茶ですよ。







