ティーパーティー
「「「……」」」
“フレッドシップ7” のアドレスに集まった三姉妹が、黙然と竈の炎を見つめています……。
当初はただの焚き火だったものが、やがて石塊を積み上げた簡便な竈になり、その後ボッシュさんから煉瓦状に切り出された石をいただいたことで、今では立派な竈になっています。
竈を組んだのは、パーティ専従のメイドさんであるアン・アップルトンです。
そのアンも、三姉妹の――わたしやフェルさんやハンナさんの側にいます。
アンだけでなく、レットさんを始めとするパーティのみんなや、“緋色の矢” の皆さんも一緒でした。
皆が皆一様に黙り込み、重苦しい空気が漂っています。
「アン、すまないが喉が渇いた。みんなに白湯をくれないか?」
「あ、はい。気がつきませんで、もうしわけありませんでした」
レットさんに言われて、アンが慌てて立ち上がります。
「君も飲むといい」
「ありがとうございます」
以前なら恐縮してとにかく遠慮していたアンですが、今ではレットさんの気遣いも素直に受け入れられるようになっています。
「お茶が残っていればよかったのですが……お湯ですみません」
「――あ、ちょっと待って。よかったらこれを試してみて」
そういって “緋色の矢” の回復役であるノエルさんが、アンに何かを差し出しました。
「これはなんです? ――えっ、これってまさか!?」
「ふふっ、そう。“動き回る蔓草” の葉っぱを乾燥させたものよ。お茶の代わりになるんじゃないかと思って、燃料にはしないで取っておいたの」
「なになに、お茶が飲めるの!?」
ノエルさんの言葉に、パーシャが目を輝かせて反応しました。
「“中癒” を一回施して発酵もさせてあるわ。味の方は保証できないけど」
ノエルさんが微笑みます。
「それでもお茶はお茶だよ! ――みんな、お茶だよ、お茶! お茶を淹れよう! ここで雁首そろえて暗い顔してたって、おっちゃんの交渉が上手く行くとは限らない! むしろ変な気を送って失敗させちゃうかも!」
だから、お茶だ! お茶を淹れよう! ――と、パーシャが躍り上がるように言いました。
この世界でも “お茶(主に発酵させた紅茶です)” は多くの人に楽しまれていて、親善訪問団にも持ち込まれていました。
迷宮での生活が長引きお茶の葉はとっくに切らしてしまっていますが、幸いにして茶道具はそのままです。
お茶の代用になるものがあれば、すぐにでも淹れることができるのです。
アンとパーシャがふたりして、お茶を淹れ始めました。
ノエルさんは微笑を浮かべたまま自分の席に戻り、その様子を見守っています。
「お茶の葉はこれぐらいでいいでしょうか?」
「う~ん、ちょっと少なくない? ケチケチしないでもっとドバドバ入れちゃおうよ」
「でも、あんまり多すぎると渋くなってしまうかも……」
そんな会話が聞こえてきたと思ったら、辺りにえも言われぬ良い香りが漂い始めました。
それはまさしく葡萄の――ワインの香りでした。
「良い香り」
「ええ、本当に」
一番上のお姉さんと真ん中のお姉さんの顔が綻びます。
「これは期待できそうですね」
アッシュロードさんが拠点を出て “十字軍” との交渉に向かって以来、ずっと強ばっていたわたしの顔にも、久方ぶりの笑顔が浮かびました。
「これが上手くいったら、茶の自給自足も出来るかもしれないな」
「ノエルは茶道楽だからなぁ」
「……ノエルのお手柄だ」
スカーレットさん、ミーナさん、そしてゼブラさんが、同様に緊張の解けた表情で言いました。
「燃料化の作業をしてるとき、ずっともったいないと思ってたの。それでこっそり――ね」
ノエルさんの頬が、葡萄の実のように赤らみます。
もし、スカーレットさんの言うとおりお茶の自給自足が可能で、さらにある程度の量が確保できるなら、わたしにも試してみたいことがあります。
それはアッシュロードさんと一緒に湖岸からこの “街” の灯火を見たときから、わたしの胸に漠然と浮かんでいる悪巧みでした。
(本当に出来たらいいな……)
「出来た!」
「どれどれ、俺が味見をしてやるぜ」
ジグさんが自分の錫製のカップをズイッと差し出しました。
丈夫な金属製のカップは、迷宮や野外で活動する人たちの必需品なのです。
「偉そうに」
「はい、どうぞ」
悪態を吐くパーシャにクスクスッと笑いながら、アンがジグさんのカップにお茶を注ぎました。
「おおう、こいつは良い匂いだ。どれ、お味の方は――」
若干芝居がかった口調でいうと、ズズッとひと啜りするジグさん。
「ど、どう?」「ど、どうですか?」
パーシャとアンが同時に訊ねます。
「この茶もどきだが――」
ジグさんが口から離したばかりのカップに、人差し指を向けました。
「すげー、美味い!」
「「きゃーーっ!!」」
手を取り合ってピョンピョン跳ねる、パーシャ&アン。
それからは、みんなで久しぶりのお茶会です。
「――ほんと、美味しい!」
「ええ、美味しいわ!」
ハンナさんとフェルさんが一口口に含むなり、パッと華やいだ笑顔を浮かべました。
「葡萄の味と香りが……美味しい」
葡萄の香り……それは取りも直さず、ワインの香り。
目蓋に浮かぶのは、竜をもしのぐ長い生涯を、ただひたすらに、ひたむきに、ひとりの女性を愛し続けた男性の姿です。
そしてその男性の姿が、いま上層で命懸けの交渉に当たっているあの人と重なりました。
一言相手の機嫌を損じれば自分の首が飛ぶ、危険極まりない取引。
でもあの人のことだから、そんな素振りなんておくびにも出さないで。
飄々と――いえ、きっと大胆不敵に “十字軍” の幹部と渡り合っているでしょう。
もしかしたら大胆不敵すぎて、相手を怒らせてしまっているかも。
オートスキルの発動です。
「……大いにあるあるですね」
不意に喉の奥で笑い出したわたしを、ハンナさんやフェルさんが不思議そうに見ています。
「――おっちゃん、早く戻ってこないと、あんたの分のお茶なくなっちゃうんだから! 美味しい美味しいお茶なんだからぁ!」
パーシャが顔を上げると、遙か頭上に向かって叫びました。
何だかんだ言っても、パーシャも心配なのです。心配してくれているのです。
だから絶対に、絶対に――。
そのとき、一陣の風が頬を撫でたかと思うと、突然視界の隅に眩い閃光が走りました。
思わず顔背け、同時に心に安堵と喜びが広がります。
閃光が治まると、わたしたち三姉妹はパッと顔を上げて帰還の広場に立つふたつの人影に向かって走り出し、
ドサドサドサドサッッッ!!!
天に向かって吠えたのです。
「「「――ガブッッッ!!!」」」
と。







