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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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鶏肉と葡萄

「……状況を整理しよう。つまりあの()()()()は、おまえたちの言う脳天気な――」


 そこまで言ってトリニティさんは口を閉ざし、視線だけを天幕の天井に向けました。


「――コホン、おまえたちの言う純真無垢な天使の贈り物というわけだな?」


「まぁ、そういうことさね。差し入れか、餞別かはわからないけどね」


 ドーラさんがクスクスと笑ってうなずきます。


「それにしても “天使の贈り物” とは、またいい響きだねぇ」


「~わたしはこれでもおまえたちの友人であり、理解者であるつもりだ。しかしそんなわたしでも、正直今回はどう反応してよいのか分からんぞ」


 トリニティさんがため息を吐きながら顔を横に振るという、見ようによっては器用な真似をしてみせました。


「天使に――それも最高位の “熾天使(セラフィム)” に()()()()とは、喜ぶべきなのか、それとも畏れるべきなのか。まだ悪魔と契約してきたと言われた方が腑に落ちる」


「ハッハッハッ! この男が変わり者の娘に好かれる体質なのはよく分かってるだろう。あの熾天使は変わり者も変わり者だったからね。見事に()()()()()()のさ」


「「「「…………はぁ」」」」


 と再びトリニティさんがため息をつき、変わり者の三姉妹が唱和します。

 ここは “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” のほぼ中央に位置する、対策本部の天幕。

 今は主要な関係者が集められ、今回の探索の報告が行われていたのですが……。


 頭痛が痛いです……。


 この人がドーラさんの言うとおり、一部の女性限定ですが無自覚ジゴロの才能を持っていることは重々承知しています(ええ、わたしもそのひとりですから)。

 でも、よりにもよって天使を()()するとはどういうことですか?

 それはもしかして堕天使を創ってしまったということですか?

 分かってはいましたが、この人は、本当に、誰にも増して、つくづく、頭の先から尾てい骨の先まで……罰当たりな人です。


「な、なんだよ?」


「呆れているのです。トリニティさんではありませんが、悪魔と迷宮保険の契約をしてきたと言われた方がまだ信じられます」


「お、俺は別になんにもしてねえぞ。あいつは元々天使のくせに人間が好きな変わり種だったんだ。俺がたまたま、あいつの家出した兄貴に似てたもんだから、それで――」


「それで?」


「話してるうちに……目が “シイタケ “になっちまった」


「~そのときの情景が、目に浮かぶようです」


 わたしがため息を吐いて顔を振ったとき(――あ、わたしにも出来ました)、


「あのぉ……」


 輜重隊を預かる主計長さんが、遠慮がちに手を挙げました。


「お話中もうしわけないのですが、それであの()()()()は、輜重隊の方でいただいてしまっても構わないのでしょうか?」


「アッシュ?」


「好きにしてくれ。あんなもん、俺とドーラだけで食い切れるもんじゃねえからな」


 主計長さんにうかがいを立てられたトリニティさんに視線を向けられ、アッシュロードさんが肩をすくめました。

 その様子を見て、わたしの横にいたパーシャが指を鳴らしてステップを踏みました。


「今さら食っちゃなんねえなんて言ったら、暴動が起きちまう」


 それはそうでしょう。

 “コカトリス” の肉も “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” の実も、パーシャだけでなく、この拠点で生活するすべての人の大好物です。

 今になってお預けでは納得しないどころか、首脳部自らが反乱の種を撒くようなものです。

 なんといっても、食事はここでの生活でほぼ唯一の娯楽なのですから。


「でも “コカトリスの肉” に “ストラングラー・ヴァインの実” だなんて、あたいたちの好物がわかってるじゃない。その天使って、男の趣味が悪いこと以外は割といい奴かもね」


「あたしが話して聞かせちまったからねぇ。『コカトリスの焼き鳥とストラングラー・ヴァインのワインは絶品だ』って。そしたら――」


 パムッ、


「“それは美味しそうね!” ――ときたもんさ」


 パーシャの言葉に、ドーラさんが天使さんの真似なのでしょう。

 柔らかく手を合わせて、キラキラした “シイタケ目” で感動してみせました。


「そのワインなんだが、今度こそ飲めるんだろうな? 前みたく女子(女ども)に没収された挙げ句、全部(ビネガー)にされちまうなんてことはないんだろうな?」


 アッシュロードさんが訊ねました。

 飲兵衛(のんべ)さん故でしょうか? 妙に真剣な表情です。


「酢はまだ残っていますから、今度はワインのままでも大丈夫だと思いますけど……」


 主計長さんが、チラチラとわたしを見ながら歯切れ悪く答えます。

 前回、男子の悪巧みを木っ端微塵に粉砕してしまった学級委員のわたしとしては、苦笑してうなずくしかありません。


「すぐに取りかかってくれ。樽詰めが終わったら俺が加護を施す」


 やはり真剣な表情で、主計長さんとやり取りをするアッシュロードさん。

 ずっと飲んでなかったから、そこまでお酒に飢えていたのでしょうか?

 密造酒、少しでも残しておいてあげればよかったです。

 なんだか悪いことをしてしまいました……。


「……俺ぁ、酒飲んだ方が頭がよくなるからな」


 わたしの申しわけなさげな視線に気づいたアッシュロードさんが、ムスッと呟きます。


「……頭?」


「アッシュが “()()悪巧み” を捻り出すには、酒が必要なのさ。だからこれは、あたしら全員にとっても最重要な問題なのさね」


 冗談めかした物言いですが、ドーラさんも真剣な面持ちです。

 そんなドーラさんの様子を見て、トリニティさんも表情を改めます。


「本題に入ろうか――アッシュ」


「最初に言っておく……五層の状況は、激しく面倒臭え」


 トリニティさんにうながされたアッシュロードさんが、激しく面倒くさそうな顔で言いました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 流石に酒を取るのは酷かったですよね。 女性陣から風呂を取り上げるようなものでしたから。 今度はどんな理由で飲めないのか、楽しみです(酷
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