あいつらとあいつら
(……なんであいつらが、あいつらといるんだい?)
視線の先、“邪神の神殿” の大門につながる玄室から出てきた人影を見て、ドーラが囁いた。
ひっついている相棒にしか聞こえない声量である。
(……さあな)
囁き返すアッシュロードの両眼は、頭にターバンを巻いた男たちに釘付けになっていた。
海賊。
第一層の北東区域に築かれた “要塞” を根城に、リーンガミル聖王国近海を荒らし回っていた略奪者集団。
ダンジョンマスターによって迷宮が閉ざされたあとも、一〇〇人単位の規模で生きながらえていた屈強な男たち。
そしてその首領は、“妖獣” に同化されていてた……。
(あの爆発で、まさか生き残りがいたとはな……)
(掃討戦をやったわけじゃなかったからね。こっちはこっちでそれどころじゃなかったし……おおかた食料調達にでも出てたんだろうさ)
なんらかの事情で要塞を出ていて、難を逃れたのかもしれない。
その後は掘っ建て小屋区域にでも隠れ潜んで、ネズミの骨でもしゃぶっていたのだろう。
自分たちのねぐらを吹き飛ばした仇敵に見られているとは露程も思わないらしく、痩せぎすの海賊たちが六人、おっかなびっくり周囲を警戒しながら縄梯子のある南に向かっていく。
(あの様子だと “妖獣” は憑いちゃいねえな)
(そうさね、あのビビり具合は人間そのものさね)
“妖獣” に同化されると、怒りや恐れといったあらゆる感情がなくなる。
異星からの外来種である “妖獣” に、感情がないからだ。
(……なんとなくだが、わかってきたかもしれねぇ)
(? なにがだい?)
(あの狂信者どもが、こんな迷宮深くに拠点を維持できていた……その理由がだ)
(まさか、あの海賊どもと共闘してるっていうのかい?)
相棒の言わんとすることに気づき、ドーラが先回りをした。
(共闘……とまではいかねえかもしれねえが、協力、あるいは取引関係があったのかもしれねえな)
あえて過去形で話す相棒に、ドーラはうなずいてみせた。
(なるほどねぇ……海賊どもが “ 外” で略奪してきた品をあの坊主どもに商ってたってわけかい。代価は差し詰め “高位階の加護” ってところかしらね)
海賊ども聖職者は、駆け出しに毛が生えたレベルでしかなかった。
それに比べて邪僧どもは、“呪死” の加護を唱えてくることから見てもネームドの中~高位の聖職者である。
その加護は十分に商品価値があり、取引材料になる。
(それで、どうするね?)
(とっ捕まえて確かめる)
(そうこなくちゃね)
ドーラは愉快げにシッシッシッと声に出さずに笑うと、
(あたしひとりで十分さね。あんたはそこで見張っといてくれ)
音もなく回廊の陰から出た。
忍者にして、猫。
猫にして、忍者。
およそ “忍びの者” として、このくノ一ほど天賦の才を持つ者はいない。
彼女が本気で隠身の術を駆使すれば、たとえ熟練者の前衛職でも気配を察することは不可能だろう。
まして “陸に上がった河童” 同然の迷宮の海賊など、何をか言わんやだ。
さらに徒手空拳での戦闘は、忍者の真骨頂である。
ドーラは海賊たちの視野と意識双方の死角から忍びより、瞬く間に当て身を食わせて六人全員を昏倒させた。
くノ一の魔法のように鮮やかな手並みに、アッシュロードは口笛を吹きかけ、慌てて自制した。
そして、この猫人が敵でなくて、つくづくよかったとも思った。
ドーラが親指を立て、アッシュロードもまた周囲を警戒しながら回廊の陰から出た。
「一番偉そうなのだけかっさらうぞ」
「他のは?」
「ほっとけ。どうせその辺の魔物が始末してくれる」
「まったく、物臭な “悪” だねぇ」
アッシュロードは六人の中で一番豪奢な衣装の海賊、おそらくは “海賊船の船長” を肩に担ぎ上げると、すかさずその場を離れた。
九区画ほど進み占有者のいない一×一の玄室に入ると、白目を剥いている海賊に蹴りを入れて覚醒させた。
目覚めるなり状況の急変に恐慌状態に陥りかけた海賊に、魔剣の切っ先を突きつけて強引に黙らせると、尋問を始める。おまえの都合など知ったことじゃない。
海賊はブルブルと震えながら、訊かれた以上のことまで洗いざらい白状した。
果たして、アッシュロードの予想したとおりだった。
海賊たちは件の邪僧たちと取引関係にあったのだ。
海賊たちが外界で略奪してきた物資を提供する代わりに、邪僧たちは治療や蘇生を請け負い、場合によっては助勢して略奪に加わるなどしていたらしい。
だが “真龍” が迷宮を閉ざしたことで海賊行為が出来なくなってからは、物資の融通がつかなくなり関係は自然に途絶えた。
さらには “リーンガミル親善訪問団” の出現によって根拠地であった “要塞” までもが壊滅。
この海賊たちは食料調達に出ていたため難を逃れたものの、困窮し一縷の望みを託して邪僧たちに庇護を求めたが、けんもほろろに追い返されたそうだ。
もちろん、ふたりの古強者探索者は同情などしない。
これまで海上や沿岸部での略奪行為で、男を殺し、女を犯し、子供を奴隷として売り飛ばしてきたのだ。
帳尻が合ったに過ぎない。
海賊はなおも話し続ける。
話している限りは命が長らえると思っているのだろう。
だが、これ以上の情報は得られないと判断したアッシュロードが目配せをし、せめてもの慈悲とばかりにドーラが一閃でその頸を刎ねた。
海賊の頭は話しを続けている顔のまま玄室に隅に転がっていき、壁にぶつかってとまった。
“フレッドシップ7” には出来ない芸当だ。
ドーラはまたひとつ命を啜った魔剣を鞘に収めると、黙り込んでいるアッシュロードの横顔を見つめた。
ドーラはこの顔をよく知っていた。
頭の中で猛烈な勢いで “悪巧み” が巡らされている時の顔だ。
当面の課題は、狂ったように “呪死”を唱えてくる狂った坊主どもを如何にして排除し、“邪神の神殿” の内部を探索するか――である。
熾天使の助力が得られない以上、力押しするのは危険が大きすぎた。
拠点からトリニティをはじめとする助っ人を連れてきたとしても、それは変わらない。
人数が増えた分 “呪死” の標的が散るだけで、死人が出る危険に変わりはない。
強欲坊主のいないこの迷宮で、そんな危ない橋は渡れないのだ。
やがて、身じろぎのなかったアッシュロードに動きがあった。
「妙案が浮かんだのかい?」
ドーラは彼女一流の舌なめずり、ざらつく舌で平らな鼻先を舐めた。







