こちらも悪辣
パーシャが慎重なうえにも慎重な足取りで、彼女にしか見えない “罠の隙間” を進んでいきます。
後に続くわたしたちは、言われたとおり出来る限り身体を縮こまらせて、彼女が踏んだ場所だけに足を下ろしていきました。
(……これは本当に綱渡りですね)
パーシャの身長は九〇センチメートル。
歩幅もそれに準じたものです。
彼女よりも身長の高いわたしたちには、そろりそろりと少しずつ歩を進めるしかありません。
その様子は、まるでおっかなびっくり綱渡りをしているようです。
しかもこの綱はうねうねと曲がりくねっていて、歩幅が狭い分、ともすれば体勢を崩してしまいそうでした。
「今から通るところ、幅がすごく狭い。横歩きで」
先頭を行くパーシャが、手本を見せるように横を向きました。
細いのは足下だけではありません。
玄室中に林立する立て札を中心に、床から天井までパーシャにしか見えない壁がそそり立っているのです。
触れれば即座に警報が鳴って、たちどころに魔物を呼び寄せる、まるで剥き出しの痛覚のような壁が。
「かに歩きの方が却って歩きやすいぜ」
二番手を行くジグさんが、“へっ” と少しだけ緊張がやわらいだ顔になりました。
「か、身体の幅を気にしないでいいですからね」
た、確かに身体を窮屈に縮める必要がないので、歩きやすい気はします。
(平均台が苦手なわたしは、それでも十分ギクシャクした動きですが……)
「……俺はあまり変わらんぞ」
「カドモフさんは、“どすこい型” ですから……」
「ドワーフに縦横比の話をするのは酷ってものだ」
カドモフさんの呟きに、わたしとレットさんが応じたとき、
「「集中してるんだから、笑わせないで!」」
隊列の先頭と最後尾で、それぞれ声が上がりました。
見えない隘路を先導するパーシャはもちろんですが、殿を務めるフェルさんも、魔物が群がり押し破ろうとしている入り口の扉に聴覚を集中しているのです。
「音が変わったわ! “神璧” の効力が弱まってきた!」
フェルさんが鋭く警告しました。
魔物が扉を乱打しいている音に変化があったようですが、わたしにはまるでわかりません。
「どのくらい持ちそうだ!?」
「もってあと一分! もっと短いかも!」
魔物が乱入してくれば、当然かに歩きで見えない綱渡りなどしている余裕はありません。
逃げるにしても戦うにしても “立て札” の探知範囲に入ってしまい、新たな魔物を呼び寄せてしまいます。
「パーシャ! クイックだ!」
フェルさんに確認をとるや否や、レットさんが先頭に向かって叫びました。
「それがここで出す指示!?」
「ここで出さなきゃいつ出すんだ!」
パーシャが叫び返し、ジグさんがさらに叫び返します。
「大丈夫だ! おまえなら出来る!」
「あ・り・が・と・う!」
クワッ! と一言一句明瞭嫌味に答えると、パーシャはギヤを一段上げました。
これまでの慎重重視から素早さ重視に切り替え、本物の蟹になったような動きで
彼女にしか見えない細道を突き進みます。
いつも思うのですが、集中しているときの彼女は――ホビット凄い! 超凄い!
ですがパーシャの細道は、わたしたちの険路です。
パーシャの踏んだ場所をジグさんが記憶し、ジグさんが踏んだ場所をレットさんが記憶し、カドモフさん、わたし、フェルさんと襷をリレーするようにつないでいきます。
(いえ、これは襷リレーというよりも、むしろ伝言ゲームです!)
伝言ゲームがそうであるように、少しずつ踏む場所がズレていきます。
わたしやフェルさんの番になると、もはや一歩進むごとに運頼み。
多点線女神の御慈悲を願うより他なくなってしまいました。
人並み外れて運が低いわたしには、まったく酷道・険道です。
(なにクソ――不運なにするものぞ! 幸運は自分の力で引き寄せてこその幸運です! 運がないなら、そのぶん足掻くまでです!)
前を行くカドモフさんの足跡を、寸分違わず可能な限り迅速に踏みしめていきます。
(集中! 集中! 運がないから、そのぶん集中!)
「――着いた!」
そしてついに先頭のパーシャが、終着点と思われる扉の前にたどり着きました。
そこは直前の玄室と同様に、四隅に張り出した一×一区画の小部屋の入り口でした。
「よくやった!」
ジグさんが快哉を叫んで、ひらりとパーシャの横に到ります。
続いてレットさん、カドモフさんが無事に到達。
さあ、わたしの番です!
(来い来い! 幸運よ、来い! 絶対に来い! 来い来い来い!)
強く念じて、カドモフさんが最後に踏んだ場所に足を下ろします。
それから最後まで油断することなく、先に到達している仲間たちの間に身体を滑り込ませました。
「や、やりました!」
総身からドッと汗が噴き出ます。
これで命が懸かってないなら、本当に楽しいアトラクションでしょうに。
ヘナヘナとその場に座り込みたくなるのをこらえながら、思わざるを得ません。
そんなわたしの横に、こちらは優雅ともいえる動作でフェルさんが到着しました。
まったく “エルフずるい、超ズルい” です。
――バンッ!
頭の中に最近の口癖が浮かんだとき、玄室の北の入り口が乱暴に破られて、魔物の大群が押し入ってきました。
「扉に入れ!」
レットさんが怒鳴り、またしても息つく間もなく全員が次の扉の奥に駆け込みました。
「今度はわたしが!」
わたしはレットさんとジグさんが肩をぶつけて閉ざした扉に手をかざし、間髪入れず “神璧” の加護を施しました。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!
加護が効果を発揮するや否や、向こう側から激しい乱打音が響きました。
「“警報” と同じだ! 殲滅するまでどこまでも追ってきやがる!」
「だからって、今更あの数とは戦えないわ!」
「“対滅” が使えたら! あんな奴らまとめて吹っ飛ばしてやるのに!」
「無い物ねだりをしていても始まりません! 先へ!」
ジグさん、フェルさん、パーシャを急き立てます。
一×一四方の狭い玄室の南にはさらに扉があり、そこから逃れられます。
「急げ!」
南の扉を開け、わたしたちは走りました。
出現した二×一の玄室、南西の西の扉を今度は抜けます。
「二×二の玄室! 南と西に扉! どっちだ!?」
「南だ! できるだけ追っ手から離れろ!」
即座に状況を把握したジグさんが確認を取り、レットさんが即断します。
しかし――。
扉を開けると、そこにはカウンターで新しい “立て札” が待ち受けていました。
開放した瞬間、すでに探知範囲に入っているので回避のしようがありません。
明滅し出す、警告文。
「悪辣っ! ――でももう慣れたよ!」
「挟撃される前に “滅消” で消せ!」
不敵に言い放つパーシャに、レットさんの指示が飛びます。
グズグズしていては、追っ手と新手にサンドウィッチにされてしまいます。
現れた魔物の群れに、お返しとばかりにパーシャのカウンターが炸裂し、わたしたちはさらに南にある扉を開けました。
立て札。
「「「「「「悪辣!!!」」」」」」
そこからは本当に悪辣でした。
扉を開けるたびに新たな “立て札” が現れ、“滅消” はすぐに底を突いてしまいました。
立て札につぐ立て札。
突破につぐ突破。
パーシャは残る呪文を総動員し、フェルさんもまた “烈風” や “焔柱” の加護を連発しました。
そうして、パーシャだけでなくフェルさんまでもが攻撃魔法を使い切ったとき……。
わたしたちの目の前に、天井から垂れ下がる縄梯子が現れたのです。







