立て札★
「―― “警報” と同じかっ!」
新たに這いずり現れた “巨大ヒル” の群れを前に、ジグさんが吐き捨てました。
“警報” は宝箱に仕掛けられている罠のひとつで、作動させるとけたたましい音を鳴らして付近の魔物を呼び寄せます。
警報音には魔力が籠もっていて一〇〇パーセント新手が現れるので、連戦せざるを得なくなるのです。
より強力な魔物が現れることもあり、もし直前の戦闘でパーティが消耗していた場合には非常に危険な罠となります。
「音の代わりに明滅する光で呼び寄せるってわけね――まるで誘蛾灯だわ」
不気味に明滅する立て札の横で、フェルさんが魔法の戦棍を構えました。
「こいつらを倒したら、いったん退こう。消耗戦には――」
レットさんがそう言ったとき、
バタンッ!
わたしたちが入ってきた北の扉が開き、ゾロゾロと葡萄の大群が入ってきました。
その数、少なく見積もってもざっと二〇本以上。
「ちょっ! 玄室の外からも呼び寄せてるわけ!?」
「レットさん、ここで戦っている間に取り囲まれてしまいます! 立て札から離れましょう!」
頭を抱えるパーシャを無視して、わたしはレットさんに進言しました。
葡萄―― “動き回る蔓草” の後からも、“コモドドラゴン” や “破滅の甲虫” といった毒息や麻痺を持ったやっかいな魔物が、陸続と玄室に進入してきます。
この立て札が魔物を呼び寄せているなら、すぐに離れなければ!
「――パーシャ!」
「数が多すぎる! 北へ強行突破するなら呪文を使い切る覚悟がいるよ!」
「北には戻れん! 南だ!」
即座にレットさんが判断を下します!
「南からも来てるぞ!」
「そっちの方がまだ少ない!」
パーシャの呪文は命綱です!
後先考えない “ガンガン行こうぜ!” 的な行動は採れません!
レットさんはいったん退いて距離を取り、呼吸と態勢を整えるつもりなのです!
今のわたしたちは、主導権を奪われているのです!
レットさんの指示を受け、全員が南に向かって逃走しました。
ここは四×四区画の広い玄室で、四隅が一×一区画分張り出した太めの十字形をしています。
その四隅と南側の内壁に扉があるのです。
南からも魔物は現れますが、北ほどではありません。
先行する前衛の三人がそれぞれ魔法の武器で斬って捨てながら、血路を開きます。
「――なんじゃこりゃあっ!?」
先陣を切り南の扉に向かって突き進んでいたジグさんが、逼迫した声を上げました。
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
「またですか!?」
眼前に現れたのは、またも魔物を呼び寄せる不親切な立て札です!
「……ここだけではないぞ! よく見てみろ、そこら中に看板だらけだ!」
テンパりつつあるわたしの前で、冷静に視野を確保しているカドモフさんが指摘しました。
ハッとして周囲を見回すと、カドモフさんの言うとおり玄室のそこかしこに同様の立て札が立てられていました。
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
明滅を繰り返す立て札。
そして松明の炎に呼び寄せられる “蛾” のように、魔物の気配が近づいてきます。
「――遭遇 !」
最後尾で警戒していたフェルさんが叫びました。
後方から追いすがってきた一群に、ついに捕捉されてしまったのです。
「“小鬼呪術師” ×5
“小鬼亜種” ×4
“小鬼雑兵” ×7!」
“認知” の効果で即座に敵の正体を見破り、警告を発するフェルさん。
中央アカシニアでは “オーク” と呼ばれ、リーンガミル聖王国を含む西方アカシニアでは “ゴブリン” と呼称される “小鬼” たちです。
前回散々酷い目に遭わされたわたしたちの天敵が、またしても現れたのです。
「やむを得ん――パーシャ、使え!」
「あいっ――召しませ、ホビット神速の詠唱、いざ唱えん!」
小気味く即答すると、パーシャが切り札の詠唱を始めました。
数が多い上に、危険な “焔爆” を唱えてくる “呪術師” が五匹もいます。
出し惜しみをしている場合ではありません。
ほぼ同時に “呪術師” たちも呪文を唱え始めました。
案の定 “焔爆” の呪文が、若干ズレながらも五重に詠唱されます。
わたしとフェルさんは、もちろん “静寂” の加護を嘆願――したりはしません。
“フレンドシップ7” の魔術師は、彼女なのですから。
パーシャが “小鬼呪術師” が唱えているよりも倍も長い呪文を半分程度の時間で唱え上げると、一瞬の硬直のあと “小鬼” たちがサラサラと崩れ去りました。
口の中に、辺りに生成された有毒物質の嫌な味が広がります。
何度見ても恐ろしい光景です。
“滅消” の呪文は、空気中に不死属 を除いくネームド未満のすべての魔物を分解する、猛毒の微粒子を発生させるのです。
「今だ!」
わたしたちは息つく暇も惜しんで南の扉を押し開け、わずかな間隙に身体をこじ入れました。
「わたしが閉ざすわ!」
最後に隙間を抜けてきたフェルさんが体当たりをして扉を閉め、“神璧” を施します。
「はぁ、はぁ――いいわ、これで少しは時間が稼げるはず」
「「「「「……」」」」」
おそらくは額の汗を拭って一息吐いたフェルさんの言葉も、わたしを含む他の五人には届きませんでした。
「どうしたの――えっ!?」
扉から振り返ったフェルさんが、わたしたちの見ている物に気づいて絶句しました。
「……レットさん」
「……ああ、俺たちは繰り返している」
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
“兄弟よ、気をつけたまえよ”
危機から逃れるために、さらなる危機を招いてしまう。
玄室中に立てられた無数の立て札が、同じ過ちを繰り返すわたしたちを嘲笑うように見つめていました。







