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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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迷宮経済

「どうしたんだい、まるで戦だよ」


 唐突に背後で始まった闘争に、ドーラが呆気に取られ立ち止まった。

 見慣れぬ緋色の祭服をまとった怪僧の一団と、白いサーコートを波打たせた騎士たちが猛然と斬り結んでいる。

 騎士たちの白地のサーコートには真紅の十字章が染め抜かれていて、邪僧たちの返り血を浴びてなお、迷宮の闇に残像を残して鮮やかに映えた。


「アッシュ、あのシンボルは――」


「ああ、“十字軍(クルセイダー)” だ」


 この迷宮の支配者(ダンジョンマスター)である “真龍(ラージ・ブレス)” によって召喚された、異世界の騎士たち。

 異教徒からの聖地の奪還と防衛を目的に誕生した、篤信の軍隊。

 わけても真紅の十字架は、“テンプル(神殿)騎士団” と呼ばれる修道士と騎士という対照的な両者が、信仰によって結びついた修道騎士団だ。

 アッシュロードとドーラは第三層で、この “テンプル騎士団の総長(クルセイダーロード)” だった男と遭遇し、その存在を知った。


(他にもいたとはな……一体全体、この迷宮はどうなってやがる?)


「どうやら敵対してるようだね」


 黒い(こしら)えの曲剣を逆手に構えて、油断なくドーラが言った。


「そうらしいな」


 アッシュロードは眼前で繰り広げられる血臭(ちくさ)むせぶ戦いに顔を顰めた。

 どちらも自分たちの信仰する神の名を叫びながら、狂気に憑かれた表情で剣や戦棍を振るっている。

 互いに互いを異教徒と断定し容赦なく殺戮する様は、まさしく “狂信者” それだ。


「目移りする奴が出てくる前に離れるぞ」


 もっけの幸いとばかりに、アッシュロードがドーラをうながす。

 “呪死(デス)” を連発してくる邪僧の集団など、まともに相手にできるか。

 連中の気がそれている隙に、ケツを捲るにしかず――だ。


(だが……しばらくしたら戻ってこなければならねえだろうな)


 身を翻しながら、アッシュロードは思った。

 情報がまるで足りなかった。

 状況は一気に混沌とした。

 この階層(フロア)には “狂信者” の集団がふたつ存在し、相争っている。

 これまでの迷宮探索のセオリーだけでは、この階の攻略は困難になった。


(まったく、予想の斜め上をいく()()()()()()()だ)


 アッシュロードの悪い方の予感は当たり、やはり帳尻は付いたのだった。



 ふたりはひとまず “邪神の神殿” から離れ、回廊と広間で構成された不定形の空間に戻った。

 東西北それぞれに扉が点在している。

 神殿は東の扉の先にある。

 南の扉からきたので、残る扉は北と西だ。

 アッシュロードとドーラは、北に向かった。

 だが、そちらには東西に並んだ二×二区画(ブロック)の玄室があるだけで、どこにも抜けることが出来なかった。

 気落ちする必要はない。これで区域(エリア)外縁(アウトライン)がまた埋まったのだ。

 ふたりは引き返し、残された西に足を向けた。


 西にはこれまでの区域と違い、長めの回廊が続いていた。

 回廊の終端にあった扉を抜けると玄室があり、占有している魔物と遭遇した。

 “コモドドラゴン” と呼ばれる、竜属(ドラゴン)の亜種だ。

 竜と言うよりも巨大なトカゲのような魔物だが、竜属に連なるだけあってやっかいなことに竜息(ブレス)がある。

 この竜息(ブレス)は炎ではなく、“毒巨人(ポイゾンジャイアント)” と同種の毒息で、広範囲に即効性の毒ガスをまき散らす毒息ブレスだった。


 数は六匹。

 モンスターレベルは6とネームド(レベル7)以下であるため、アッシュロードが “滅消の指輪” を行使して一瞬で塵に変えた。

 魔力を使い果たしてガラ(BROKEN)クタ( ITEM)にならなかったことに、内心ホッとする。

 壊れにくいとはいっても永久品ではなく、補充が利かない現状では魔力が尽きてしまったらそれっきりだ。


「……補充か」


「補充?」


 ボソリと呟いたアッシュロードに、ドーラが怪訝な顔を向けた。


「いったい連中は、どうやってここでの生活を成り立たせてるんだろうな」


 先ほど遭遇したふたつの狂信者の集団。

 一〇〇〇人もの生活者を抱える “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” ほどではないだろうが、それでもそれなりの人数がいるはずだ。

 地下迷宮という閉鎖空間で、どのように集団での生活――生存を成り立たせているのか。


「そうさねぇ。取りあえず食い物だけなら、なんとかなるだろうけどねぇ」


 “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン

 “コカトリス”

 たった今塵に変えた “コモドドラゴン” も、肉は臭く毒抜きも必要だが食べられないことはない。

 実際腹を満たすだけなら、新参者のアッシュロードたちもどうにかなっているのだ。

 考えたくはないが、最悪 “みすぼらしい男” のように共食いをするまで堕ちている可能性もある。

 敵の肉なら同胞のものよりも食しやすいだろう。


 しかし、“人はパンのみにて生くるものに非ず” ――だ。

 食だけ確保できても、それでは獣と変わらない。

 閉ざされた空間で集団が存続するために必要な物資は多岐にわたる。

 煮炊きに必要な燃料に始まり、最低限の調理器具に食器。

 衣類に寝具。

 果ては武器や防具に至るまで。

 そういった物はどうやって調達しているのだ?

 自分たちは閉じ込められてから日が浅く、今はまだ持ち込めた品でなんとかやりくりしているが、それも早晩限界がくるだろう。

 迷宮内強襲&強奪(ハック&スラッシュ)だけでは、経済は回らない。

 消費だけで生産のない社会など、成り立つはずがないのだ。


「ボッシュやヴァルレハのような特異な人材が、連中にいるとも思えないしねぇ」


 ドーラも小首を捻ったが、“悪巧み” に長けた相棒でも考え至らない事柄が思い浮かぶわけもない。

 彼女の頭脳は、そういったことを考えるためには出来ていないのだ。

 逆にその答えに辿り着ければ、自分たちの生存の一助になるかもしれない。


「まあ、今考えても浮かばないってことは、今考えても浮かばない()なのさ。それよりも目先の問題を片付けようじゃないのさ」


 ドーラの快活な言葉に、アッシュロードは黙ってうなずいた。

 この先何を為すにしても、迷宮の全容は知っておかなければならない。

 ふたりはそれからいくつかの玄室を探索し、行き止まりを確認しては引き返した。

 そして……。


「ほう……これはまた、見るからに何かありそうな場所じゃないかい」


 足を踏み入れた玄室の構造に、猫人(ねこびと)のくノ一の瞳孔がスッと細くなった。

 そこは五つの区画(ブロック)を十字の形に並べた玄室だった。


「回転床に気をつけろ」


 後からアッシュロードが忠告する。

 この手の構造の玄室や回廊で大いにありがちなのが、十字の中心に置かれた回転床だ。

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の迷宮” の三階には、階層中にこの罠がちりばめられていて、多くの探索者を迷わせ命を奪った。


「取りあえず東から調べてみるとするかね」


 ふたりは玄室の南にある扉から入ってきた。

 ドーラが東を選んだのは、単に一番地図が埋まっている方角だったからだ。

 外縁が描けたら、今度はその内側を埋めるのがふたりの流儀である。


 玄室中央に達しても、何も感じない。

 回転床は作動したことを、罠に掛かった獲物に察知させないのである。

 東西南北それぞれに扉があるので、扉の位置から方角を割り出すことも出来ない。

 ドーラが南東の壁に目印の傷文字を刻んだ。

 右に折れ一区画進むと、すぐにアッシュロードが “示位の指輪(コーディネイトリング)” を使って現在位置を確認する。


「座標に狂いはない。回転床はないか、偶然東に向いたかのどちらだろう」


 ドーラが東の扉に近づき、慎重に危険の有無を探った。

 異常なし。

 扉の奥は一×一の玄室で、何の発見もなかった。

 これで残るは、西と北だ。

 ふたりは引き返し、今度は左右どちらに折れることなく真っ直ぐに玄室の中央を突っ切った。


「位置は正常だ――どうやら回転床はないようだな」


 再び “示位の指輪” で座標を確認したアッシュロードが、小さく息を吐いた。


「妙だね、なにかありそうな()()がしたんだけど」


 どうも腑に落ちないね……と呟きながらドーラが西の扉を調べようと近づいた瞬間、突然肌を引き千切るような突風が吹き荒れ、古強者の探索者を弾き飛ばした。



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[一言] 君主危うきに近寄らず、ですねw
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