強制連結路、再び★
わたしは最初、その浮遊感にも似た目眩を転移地点に足を踏み入れたせいだと思いました。
しかし次の瞬間、わたしの身体は迷宮の床である厚い岩盤に吸い込まれ、物凄い勢いで流されていったのです。
(――違う、転移 じゃない! こ、これは強制連結路!)
第四層の床にして第三層の天井に穿たれた隧道を、わたしたちは見えない力の奔流にどこまでも押し流されていきます。
(ひ、ひえ~~~~! め、目が回ります~!)
まるで洗濯機に押し込まれて、スイッチを入れられたようです。
やがて、
ズボッ!
気を失いかけた時、唐突に床に開いた穴から吐き出されました。
再び刹那の浮遊感を味わい、直後にドサドサドサと全員が床の上に放り出されます。
転移地点に比べて、なんとも酷い扱いです。
「痛たた……っ」
(ゆ、床に開いた穴に落ちて、床に開いた穴から吐き出された……天井から落ちたのではなく?)
打ち付けたお尻を涙目でさすりながら、咄嗟に思いました。
「け、怪我はないか?」
レットさんが、やはり痛みと不快感に耐える声で問い掛けます。
「な、なんとかな」
「…………うむ」
ジグさんが頭を振りながら返事をし、カドモフさんが何度も強く目を瞑ってからようやく頷きました。
「あ、あたい、吐きそう……」
「ううっ……」
酷い二日酔いの様なパーシャの横で、それ以上に顔色の悪いのがフェルさんでした。
「だ、大丈夫ですか?」
「す、少し休めば大丈夫……」
フェルさんが額に手を当てて、気丈に振る舞います。
相当に辛そうです。
内耳は聴力を担当する蝸牛と、平衡感覚をつかさどる前庭で出来ています。
エルフは聴力に優れている分、影響が大きいのでしょう……。
「ここはどこだ? また二階に落とされたのか?」
「たぶん違うと思います……それなら上から落ちてきたはずですから」
ジグさんの疑問に答えながら、わたしはたった今自分たちが吐き出された迷宮の床を見ました。
そこはもう完全に塞がっていて、強制連結路の出口は見当たりません。
「パーシャ?」
「だ、大丈夫。復活した。待ってて、今唱えるから……」
「すまん、頼む」
「A-OK……A-OK……」
レットさんに促されて、パーシャがわたしから覚えた言葉を呟きつつ立ち上がります。
“座標” の呪文で現在位置を確認するのです。
やがて念視を終えて、パーシャが閉じていた目を開けました。
「“E1、N7” ――四階にいるよ」
やはり、同じ階層から同じ階層への強制移動だったのです。
「もう、それなら転移地点にしてよ。あたいたちは水洗トイレの排泄物じゃないてーの」
「例えようもないほどの嫌な例え、をありがとうございます……」
ぶぅぶぅと文句を垂れるパーシャに、わたしはゲッソリと答えました。
「中央から真西の未踏破区域に飛ばされたか」
「却って好都合だぜ。移動の手間が省けた」
三半規管の不調から復活したジグさんが口の端を上げて、レットさんを見ました。
レットさんはうなずきながら、視線をフェルさんに向けます。
「行けるか?」
「ええ、もう平気よ」
「パーシャ、帰路は分かるか?」
「う~ん……ここは飛び地だね。踏破済みの区画とは接してないよ」
飛び地――つまり未踏破区域の真ん中に飛ばされてしまったわけです。
「よし、まずは帰路の確保だ――パーシャ、踏破済みの玄室や回廊の方に誘導してくれ」
「了解」
仕切り直しです。
今いる場所は “くの字” 形に曲がった三区画の玄室で、この階層に多い構造です。
眩惑されないように、充分に注意しなければなりません。
パーシャが地図を描き込みながら、的確に誘導していきます。
「その岩壁が西の外璧だよ。方角を見失ったら、それで確認できる」
西の外璧ですから、左手を添えれば北を。
右手を添えれば、南を向いていることになるのです。
わたしたちはまず西の外壁沿いに北上し、地図の外縁を埋めていきました。
相変わらず狭い玄室同士が、回廊を挟まずに直接繋がっている構造が続きます。
玄室を六つ越えたところで、わたしたちは既知の回廊に到達しました。
帰路の確保に成功したわたしたちは、たった今通ってきた経路を引き返し、途中で見逃してきた脇道や扉などを調べていきました。
移動しては地図を描き、移動しては地図を描く――迷宮探索は本来、こういった単調な作業の繰り返しなのです。
そして時折発生する戦闘や発見に、いつしか悦びを見出すようになっていく。
……業の深い話です。
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結局強制連結路で飛ばされた一連の玄室群に、目ぼしい発見はありませんでした。
わたしたちは先ほど到達した既知の回廊まで戻り、次に探索する区域を定めます。
「――そこに扉があるでしょ? そっちにはまだ行ってないよ。その扉の先から、まだ行けてない中央西区域の残りの区画に行けるんじゃないかな」
パーシャが地図を睨みながら提案します。
地図の上で見ると、“毛糸玉” の西側の区域は、たった今踏破してきた強制連結路で飛ばされた区画以外に、まだ半分ほどが未踏破のままです。
この北の扉から、そちらに行けるのではないか――というわけです。
「躊躇する理由はない。行ってみよう」
レットさんが決断を下し、全員が頷きました。
ジグさんが扉に近づき、罠や扉の奥に魔物の気配がないか探ります。
微細な物音や、例え息を殺していても身体から発する悪意の気配を、盗賊の鋭敏な感覚で察知するのです。
やがてジグさんが頷き、わたしたちは扉を開けて中に入りました。
その瞬間、鼻腔一杯に広がる甘い匂い――。
――この匂い!
シュル……!
「――がっっ!?!?」
ハッとしたときにはすでに遅く、背後でくぐもった呻き声がしました!
振り返ると、頭上から伸びてきた “蔦” に絡め取られたパーシャが、高く吊されています!
「“動き回る蔓草” !」
「ぐ、がっ――!!!?」
パーシャが首に巻き付いた紐のような蔓草ごと、喉を掻きむしっています!
「まずいぞ! くくられてる!」
「待ってろ!」
「……っ!」
前衛の三人がすぐさま武器を抜いて、パーシャを吊している魔導植物に突進します!
ですが、その前に新たに七体もの “蔓草” が立ち塞がります!
普通の植物のように音もなく、もちろん呼吸の気配などもなく、獲物が通りかかるのをただひたすらに待っていたのです!
「くそっ! 邪魔だ、この葡萄野郎っ!」
「パーシャを放しなさい!」
ジグさんが怒号し、わたしも魔法の戦槌で一本を殴り付けますが、パーシャを|ストラングレーションしている《くくっている》木に近づくことはできません!
「……がっ……」
パーシャが口から泡を噴き、目が白目を剥きます!
「パーシャッ!!!」
「――下がって!」
そのとき凛とした声が響き、風が逆巻きました!







