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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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雪辱

「……そうだ。ここだ」


 扉を開けて中に入ると、やがてジグさんがポツリと呟きました。

 そこは一×二の狭い玄室で、六人の視線の先には第二層(二階)へと下りる縄梯子が垂れ下がっています。

 扉を開ける前に気配を入念に探っているので、危険はありません。

 玄室にいるのは、わたしたちだけです。


 あの時と、同じように……。


 わたしたちは前回の “大長征” の際、一方通行の扉と多数の魔物に追い詰められ、一時的に第二層からこの玄室に待避したのです。

 そして、その直後にまた別の魔物と遭遇して……。


「……あの時、ここで “座標(コーディネイト)” を使っておけば、あんな苦労はしなかったのになぁ」


 広げた地図の上に、パーシャが深い吐息を落としました。


「そうすれば “昏睡(ディープ・スリープ)” から覚めたあと、すぐに戻れたのに」


「疲労で集中力が散漫になっていたのよ。生命力(ヒットポイント)精神力(マジックポイント)と違って、ハッキリとした数値に表われるものじゃないから……」


 フェルさんが、こちらは小さく嘆息します。


「良い方に考えましょう。わたしたちは失敗に負けることなく生還し、糧とすることが出来るのです。迷宮探索者としてはどんな戦利品にも勝る、本当に得がたい経験でした」


 わたしたちはパーティ結成以来最大の危機を乗り越え、レベルも上がり、装備も充実しました。

 なにより、これまで知らなかった迷宮の怖ろしさの “一端” を、肌に染み透るほどに経験できたことは、今後のわたしたちのとって何よりの財産となるでしょう。


「エバの言うとおりだ。結果的に、二重構造区域(エリア)を含む第二層のほぼ全てを踏破できたのだからな」


 そう言うと、レットさんは視線をパーシャに向けました。


「確認は済んだか、パーシャ」


「うん。ヴァルレハの地図に間違いはないよ」


 パーシャはうなずくと、地図を丁寧に巻いて懐にしまい込みました。

 今日の探索の目的は、わたしたちが休養中に “緋色の矢” の皆さんが踏破し地図に記した区画を、自分たちの目で確認することです。

 模写に書き損じはないか、そもそもの原本に間違いないか。

 探索者は自分たちの目で見た迷宮と、自分たちの地図係(マッパー)が描いた地図しか信用しません。

 ヴァルレハさんが優れた地図係であることはわかっていますが、これはもうわたしたちの習性としか言い様がありません。


「――よし、次だ。“毛糸玉” に行くぞ」


 レットさんが出発を指示します。

 次はこの階層(フロア)の中心付近に存在する、わたしたちが “毛糸玉” と呼ぶ玄室群の確認です。

 前回は “ゴブリン(オーク)” の大群に追われて一目散に駆け抜けたため、細部が未確認なままなのです。


「…… “緋色の矢” も、あそこの探索は不充分だと言っていた」


「“動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” と “コカトリス” に出会っちまったら、そら還るしかないわな」


 ボソリと呟いたカドモフさんに、ジグさんがおかしげに笑いました。

 スカーレットさんたちは “毛糸玉” を探索中に、“動き回る蔓草” と “コカトリス” に連続で遭遇し、これを撃退しました。

 どちらもネームド(レベル7)以下の魔物ですから、“コカトリス” の石化にさえ注意すれば、 全員が熟練者(マスタークラス)のスカーレットたちの敵ではありません。

 敵ではないのですが……。


「葡萄はともかく、美味で知られる “コカトリスの肉” ですもの。打ち捨てていくにはちょっと勇気がいるわ」


 フェルさんも苦笑します。


「それがトリニティさんの指示ですから。あの人は何よりも()()を重視する方です。一〇〇〇人の衣食住を満たしたうえで、余力があれば探索を進める考えなのでしょう」


 トリニティさんは、“大アカシニア神聖統一帝国” の筆頭国務大臣 兼 財務大臣。

 言うなれば、世界最大の帝国の兵站責任者です。

 まず人々の生存を確保し生活を安定させることが、思考の根底なのです。

 食料の確保は、その最優先事項といって間違いありません。


「素人は作戦を語り、玄人は兵站を語る――ですよ」


 得意げにいったわたしに、パーシャが『ほぇ~』とした顔を浮かべます。


「あんたって、たまに深いこというよね(覚えておこう。良い言葉だわ)」


 ま、まぁ、すべてお父さんの受け売りなのですが……。


「――ま、あたいはまだ “転移(テレポート)” は使えないからね。()()()()()も捨てていくしかないんだけどさ」


((((((……もったいない……))))))


 わたしたちは心中に、とてもとても激しい葛藤を抱きながら先を目指します。

 まったく “毛糸玉” とは言い得て妙で、この階層の中央部は連続する小さな玄室が、中心に向かって固まっているような構造をしています。

 玄室には当然占有(ねぐらに)している魔物がいることが多く、それらを殲滅しながら探索していく必要がありました。

 前回は文字どおり、蹴散らし蹴散らし脇目も振らずに突破していったため、玄室の細部までは調べていません。

 今日は隅々まですべて確認していきます。

 そして一〇室目の玄室での戦闘に勝利し、その片隅を調べたとき、不意に目眩にも似た浮遊感に襲われました。


(――転移地点(テレポイント)!)


 さあ、いよいよ 迷宮が牙を剥いてきたようです。



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― 新着の感想 ―
[一言] 情報と兵站が戦で一番重要ですからね。 それが揃った時が反撃のときですね。
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