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迷宮保険  作者: 井上啓二
第一章 ”駆け出し聖女” と ”闇落ち君主”
27/659

今際の時★

 死者の魂を喰らって発光するという、ヒカリゴケ。

 天井や壁、床の()()()()に群生する習性があるため、迷宮をまるで線画の様に浮かび上がらせる。

 その薄らぼんやりとした微光に現れた、すべての光を呑み込む “漆黒の正方形”


 暗黒回廊(ダークゾーン)の入り口。


 その漆黒の正方形を前に、男たちはいました。

 迷宮に潜り始めたばかりの探索者にとって、もっとも出会いたくない相手。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


 “みすぼらしい男(ならず者)” たち。

 “野盗(ブッュワッカー)

 そして迷宮の闇に呑まれた、元 探索者(アドベンチャラー) ―― “無頼漢(ローグ)

 そういった “ならず者” たちの集団が、暗黒回廊の手前で、わたしたちを()め付けています。

 “トモダチの部屋” を獣人の群れが包囲しているの見て、ここで待ち構えていたのでしょう。

 運良く囲みを突破してきたわたしたちを、獲物にするために。


 ……これこそ、まさしく “前門の虎、後門の狼” です。


「ひの、ふの……はん、ちょうど一〇人か。盛大なお出迎えだな。俺たちも偉くなったもんだ」


 ジグさんが吐き捨てました。

 そして担いできたエルフの僧侶の遺体を、丁重に床に下ろします。


「“野盗” が五()に、“無頼漢” も五か。相手にするにはいい数だ」


 レットさんも視線を “みすぼらしい男” たちから逸らすことなく、ドワーフの戦士の遺体を下ろします。

 相手にするにはいい数。

 それは、ここで “死に花を咲かせる” にはいい数……という意味だと思われます。


 レットさんもジグさんも “小癒(ライトキュア)” の加護を受けたとは言っても、生命力(ヒットポイント)は一桁後半です。

 魔術師のパーシャも同じくらい。

 わたしは20ポイント以上ありますが、武器を扱う自分の能力を考えれば、とても十分とは言えない値です。


「すまないな。せっかく大切にしていた魔道具(スマホ)を犠牲にしたのに。無駄になってしまったみたいだ」


 レットさんがかげりのある微笑を浮かべました。


「いえ、後悔はしたくなかったですから。やれることは全部やって、それでダメなら……」


 答えたわたしの微笑みも、きっと同じだったでしょう。


(そうだよね、隼人くん……)


「エバ、パーシャ。もし望むなら、俺が」


 (ロングソード)の切っ先を “みすぼらしい男” たちに向けながら、レットさんが言いました。


「ああ、女の探索者はこういう時、悲惨だからな」


  短剣(ショートソード) を逆手に構えながら、ジグさんもうなずきます。


「わたしは……最後まであがいてみたいと思います」


 レットさんたちの言いたいことはわかります。


 でも……。


 あの時、わたしはあっという間に死んでしまった。

 最初の一撃で胸を貫かれて、それでお終い。

 その後リンダが受けた苦しみや絶望は、想像するしかない。

 ここで楽な道を選んだら、リンダに “それ見たことか” と思われてしまう。

 仲間を置いて先に死んでしまう、“常に自分が可愛い人間” だと。


 それは嫌です。絶対に。


 わたしは自分勝手な人間かもしれないけど、でもそこまで自分勝手じゃない。

 だから戦棍(メイス)(ラージシールド)を手に一歩前に踏み出し、レットさんやジグさんと肩を並べました。


「あたいも――あたいも最後までやる。だって諦めたらそこで終わりだから」


 どこかで聞いたことのあるパーシャのセリフに、思わず顔がほころびます。


「いいパーティだ。カドモフとフェルにも君を会わせたかった。エバ」


「生きて帰れたら紹介してください」


「ああ、約束だ」


 そして、それが撃剣の合図でした。

 前列に展開していた五人の “無頼漢(ローグ)” が、一斉に襲い掛かってきたのです。

 全員が口の端から涎を垂らし、下卑た笑みを浮かべ、その眼球は黄色く濁っています。

 伸び放題に伸びた髪と髭。

 手にしている赤錆びの浮いた曲刀が、嫌悪感をいや増します。

  装甲値(アーマークラス)の低い レットさんとわたしがふたり。

 ジグさんがひとりを迎え撃ちました。


「……うっ!」


 あっという間に、わたしは 戦棍を持つ右腕を浅く切り裂かれました。

 不用意に振るった一撃を受けられ、その隙を別の一人に突かれたのです。

 鎖帷子(チェインメイル)で覆われていない前腕部から、血が零れています。

 ほんと、わたしって下手くそです。

 狂気に憑かれているとは言っても、“無頼漢” たちは戦い慣れています。

 “犬面の獣人(コボルド)” や “オーク(ゴブリン)” を相手取った時のようにはいきません。

 あれよ、あれよと言う間に、わたしは壁際に追い詰められてしまいました。


 わたしは “盾” を身体の前面に構えて身を守ります。

 相手の攻撃を盾受けして、その隙を突く。

 一対一なら効果的なその戦い方が、ふたり相手では上手くいきません。

 その()()()を突かれてしまうのです。


「はぁ、はぁ、はぁ……!」


  戦棍と盾を持つ両手が、まるで鉛のようです。

 

 どうにかしてひとり。ひとり倒すの。

 そうすれば一対一に持ち込める。

 そうすれば――。


 わたしはふたりの “無頼漢” の攻撃を必死に盾で防ぎながら、なんとか活路を見出そうと足掻きます。

 どうせ逃げられないのです。

 壁際に追い詰められたことは、逆によかったのかも。

 背中に回り込まれる心配がありません。


「召しませ、ホビット自慢の名刀ここにあり!」


 パーシャが盾受けされて動きが止まった “無頼漢” に、横合いから猛然と突きかかりました。

 ホビット自慢の短刀(ダガー)が、鎧をまとっていない “無頼漢” の太腿に深々と突き刺さります。


「――GuGAaaa!!!」


 突然襲ってきた激痛に、“無頼漢” が曲刀の平でパーシャの横面を強かに打ちました。

 吹き飛ばされたパーシャは、そのまま壁に叩きつけられピクリともしません。


「パーシャ!?」


 わたしは生まれて初めて、強い殺意を覚えました。


「よくもっ!」


 わたしは殺意と怒りにまかせて戦棍を振り上げると、めったやたらに太腿に傷を負った “無頼漢” を打ち据えました。


「このっ! このっ! このっ、このっ!」


 頭と言わず、肩と言わず、腕と言わず、これでもかこれでもかと戦棍で殴り続けます。

 人は怒りに我を忘れると、こんなに簡単にも人を傷つけることが、殺すことができるのです。

 もし生き残ることができれば、いずれそれついて強い感情がどっとおしよせてくるでしょうが……やはり、それはないようです。

 冷静さを失ってすでに息絶えた “無頼漢” を殴り続けていたわたしに、もうひとりが組み付き、床に引き倒しました。

 あ……っと思ったときには、頬を拳で殴られ、意識が半分飛んでしまいました。

 戦棍は遠くに転がっていて、手を伸ばしましたが届きません。


 朦朧(もうろう)とする頭で視線を巡らすと、やはりレットさんが床に打ち倒されて後ろ手に抑えつけられていました。

 それでもレットさんはひとりを斬り捨てたようです。

 ジグさんも同様でしたが、ジグさんを組み伏せている “無頼漢” はかなりの手傷を負っていて、生命力(ヒットポイント) さえ万全なら、きっとジグさんが圧倒していたでしょう。


 手練れのレットさんたちが殺されずに済んでいるのは、ふたりの目の前でわたしとパーシャを嬲るつもりだからのようです。

 レットさんとジグさんに、仲間の女が凌辱されて泣き叫ぶ姿を見せつける気なのでしょう。

 悪趣味、ここに極まれりです。


 誰が、そこまでサービスしてあげるものですか。

 堅く目を閉じて、今際の時の来るその時まで、呻き声ひとつ立てる気はありません。

 きっとパーシャも同じ気持ちのはずです。

 パーシャは今はもう意識を取り戻していて、“野盗” のひとりにのし掛かられながら、キッと壁の一点を見つめています。


 半壊して呪文も加護も尽きたパーティが、一〇人の “みすぼらしい男(ならず者)” を相手に、それでもふたりを打ち倒したのです。

 健闘したと、善戦したといっても、いいのではないでしょうか。

 臨時に組んだとは言え、わたしたちのパーティはきっと良いパーティでした。


 男たちが目配せをして、おぞましい気配が漂います。

 いよいよ、その時が来たようです。

 最後に、最後に何を見ようかな……。

 目を固く閉じるその前に、何を見ようかな。

 パーシャにしようかな。

 でも、愛らしい彼女が顔を強ばらせているのは見たくないかな。


 結局いい考えが浮かばず、わたしは男たちの背後にある、暗黒回廊の入り口を見つめました。

 回廊に突然浮かび上がる、一区画(ブロック)四方の漆黒の正方形 。

 一度くらいは入ってみたかったかもしれません。

 不思議と穏やかな感慨を抱いて見つめていると、その漆黒の正方形が、ぬっと人の形に盛り上がりました。

 

 目の錯覚でしょうか?

 いえ、そうではありません。

 確かに暗黒回廊からまたひとり、“みすぼらしい男” が現れたのです。

 この男たちの首領でしょうか?

 手下たちが捕らえた獲物を吟味しに……味見しに来た?


 そして、わたしの口から零れる忍び笑い。

 それは徐々に大きくなって、手が自由ならお腹に手を当てての大笑いになっていたでしょう。

 パーシャが、レットさんが、ジグさんが、そしてわたしたちを拘束している不潔な男たちまでもが、ギョッとした様子でこちらを見ます。

 きっと恐怖と絶望のあまり、気がふれてしまったと思ったのでしょう。

 でもわたしは本当に、心の底から可笑しかったのです。

 嬉しかったのです。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()” を見て。


 そして、わたしは叫びます。


「目を閉じて、口を半開きにしてください!」


 直後、薄目に開いた網膜を灼く眩い(ほむら)が、天井高く立ち昇りました。

 四人の “野盗” の足元から、噴きあがる猛炎の立柱。

 聖職者系第五位階に属する、中規模集団(グループ) 攻撃魔法。


 “焔柱ファイヤー・カラム” の加護。


 突如として目の前に現れた、炎のパルテノン神殿。

 その焔柱を縫って、左右の手に大小の剣を煌めかせたアッシュロードさんが、電光石火の身ごなしで斬り込んできました。

  ネームド(レベル8)にも満たない、せいぜいが “初心者狩り” を生業としている “ならず者” に、反応できる速さではありません。


 初撃のロングソードの一突きで、わたしにのし掛かっていた “無頼漢” が、脳漿を飛び散らせて絶息。

 床に組み伏せられていたわたしの顔の横で、頭を半分失った姿でピクピクと痙攣しました。

 さらに剣光一閃。

 左手に握っていた短剣(ショートソード)が銀色の光を放って、パーシャの上にいた “野盗” の喉を串刺しにします。

 呆気に取られた表情のまま喉を押さえた “野盗” は、口からコポコポと血の泡が噴き零して、膝から崩れ落ちました。


 その後も戦いにはなりません。

 レットさんとジグさんを組み伏せていた “無頼漢” は、それぞれ一刀ずつで頭と胴が離れ離れになりました。

 圧倒的なまでの力量(レベル)の差です。

 アッシュロードさんの実力を知っているわたしでさえ息を飲む強さなのですから、パーシャやレットさんは茫然自失といった感じです。

 今の今まで死を確実と覚悟していたのに、瞬きをしている間もなく状況が急転直下に好転して、助かってしまったのですから。


「……無事か?」


 アッシュロードさんは左右の剣に血振りをくれて鞘に収めると、倒れたままのわたしに手を差し伸べました。


「な、なんとか……」


 その手を握ると、アッシュロードさんがぐいっと引き起こします。

 わたしは助け起こされたのはいいものの、足がもつれてそのままアッシュロードさんに倒れかかってしまいました。


「す、すみません」


 慌てて顔を上げて、アッシュロードさんを見上げます。

 手入れのされていないボサボサの長髪。

 何日も剃っていないだろう、ピンピンと伸びた貧相な無精ヒゲ。

 覇気の欠片も感じさせない三白眼……。

 わたしの保険屋さんが、戸惑った顔で見ています。


「ごめん……なさい……」


 ポロリ……と涙が零れたその次の瞬間、

 不意に、どうしようもないほどの様々な想いが溢れかえってきました。

 今まで抑えに抑えてきた、ありとあらゆる感情。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 言いつけを守らなくてごめんなさい!

 こんなところまで来てしまってごめんなさい!

 手間を掛けさせてしまってごめんなさい!

 生きたまま助けてもらってごめんなさい!

 ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!


 わぁ、わぁ、とアッシュロードさんの胸で泣きじゃくるわたし。

 これでもか、これでもか、と大泣きするわたし。

 もうなにもかもが、ひっちゃかめっちゃかのバッケンレコードで、止めようがありません。


「なによ、やっぱり好きなんじゃない」


 パーシャが呆れたように言いました。

 ちがうの、そうじゃなくて。そうじゃなくて。そうじゃないけど、そうじゃなくて。


「「「「――GaRurururururuッッッ!!!」」」」


 その時、回廊の北から獣染みた、いえ獣のそのものの咆哮が轟き、大量の乱雑な足音と共に、“犬面の獣人(コボルド)” と “オーク(ゴブリン)” の集団がこちらに向かって押し寄せてきました!

 その数、少なくても三〇匹以上!


「あいつら、追い掛けてきた!」


 パーシャが飛び上がって悲鳴をあげます。


「エバッ! それからあなたも! 逃げるぞ!」


 レットさんが、わたしとアッシュロードさんに叩きつけるように怒鳴りました。


「ああ、それがいい。さすがのあんたも、あの数じゃどうしようもないだろ?」


 そういったジグさんの肩には、すでにエルフの僧侶の遺体が担がれています。

 盗賊だけあって、手際の良さは折紙付きのようです。

 アッシュロードさんは何も言わず、わたしの肩に怖々と置いていた左手を離して、面倒臭げに猛追してきた獣人たちの群れにかざしました。

 そして、口の中で何か一言呟きます。

 その途端に、何の前触れもなくそこまで迫っていた獣人たちが動きを止め、次の瞬間 ()()()()()()()()()()()()()

 左手に嵌めていた魔法の指輪が恐るべき魔力を発揮して、“犬面の獣人” や “小鬼(オーク)” の群れを一匹残らず “塵” にしてしまったのです。


「……帰るぞ」


 もう興味はないといった風に、アッシュロードさんが踵を返して暗黒回廊に向かいます。


「「「「……」」」」


 後には、今度こそ本当に呆気に取られたわたしたちが、ただただ立ち尽くしていました。



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