少女たちの宴
時刻は、おそらくお昼を少し回ったくらいでしょうか。
わたしたちは対策本部の天幕を辞して、しばらく使っていなかった “パーティの篝火” に戻っていました。
わたしたちが迷宮を彷徨っていた間も、アンが少しずつ整備をしてくれていたらしく、焚き火は小さいながらも立派な竈に変っていました。
ボッシュさんが煉瓦状に形成した石を切り出してくれたそうで、それを使って組み上げたのだそうです。
フェルさんとアッシュロードさんは、まだ戻ってきません。
なんというか……いろいろな意味で心配です。気になるんです。
しかし、様子を見に行くことはさすがに出来ません。
こんなわたしにも、理性・倫理観・プライド・友情・仁義・暗黙の淑女協定? ――などといったものがあり、感情のままに動くことはできないのです。
だからこそ、ならばこその葛藤です。
それ故の煩悶です。
(が、我慢です。エバ・ライスライト。初めてこの迷宮に召喚されたときを思い出しなさい。あなただって、フェルさんやハンナさんに、お目こぼしをしてもらったではありませんか。持ちつ持たれつ、相身互い。ここが我慢の地下迷宮です)
「あのふたり、やっちゃってるかも」
「ふびゃーっ!」
パ、パーシャ、あ、あなた、今それを言いますか!
今ここで、わたしに向かってそれを言いますか!
あなたに武士の情けはないのですか!
女の仁義は!
「さ、さ、さ、さすがに、それはないのではない……でしょうか……?」
ギギギギッ……と、引きつりまくった顔でパーシャに訂正を促します。
「いーや、あるね! おっちゃんオヤジだし! スケベだし! ノンベだし! 水虫だし!」
「お、おっちゃんとオヤジは同じです! スケベ……かもしれませんが、同時に酷く奥手でもあります! ちょっとやそっとモーションかけたぐらいでは、全然なびいてくれない人です! 大酒飲みなのは、この際関係ありません!」
水虫なのは、もっと関係ありません!
そもそも、水虫ではありません!
「なにいってんの! 弱った女の心の隙間に忍び込んで弄ぶのは、男の常套手段でしょ! フェルもフェルで脇がガバガバに甘い娘だし! 隙だらけだし!」
「それは画一的な物の見方というものです! ステレオタイプです! 判子絵です! パーシャの、パーシャの耳年増!」
「言ったわね!」
「言いました!」
「「ガルルルルルルッッッッ!!!」」
「あ~、おふたりさん。お取り込みの最中なんだが、戻ってきたぜ」
「「――え?」」
その声に、おでこをぶつけて睨み合っていたパーシャともども、我に返りました。
ずっと居心地悪げだったジグさん(レッドさんとカドモフさんもです。す、すみません)が顎をしゃくる向こうから、フェルさんがこちらに歩いてきます。
「ごめんなさい。突然飛び出しちゃって」
そして恥ずかしげに謝ると、火の近くに腰を下ろしました。
「い、いえ……オカエリナサイ」
「エバ」
「は、はい!」
「わたしは今回 “神癒” を授かれなかったけど、その分他の方法でパーティに貢献するわ。だから石化の治療はお願いね」
「は、はい! そ、それはもちろん!」
そ、それはもちろんなのですが――な、なんなのですか!? そのスッキリほっこりした顔は!?
「フェル! なによ、そのスッキリほっこりした顔は!?」
パーシャ! よくぞ言ってくれました!
泣き腫らした目をしていますが、それだけにサッパリしすぎた笑顔が眩しいのです!
「あ、あんたまさか――やったわね! おっちゃんと! そうでしょう!? そうなんでしょう!?」
パーシャ! よくぞ聞いてくれました! この耳年増!
でもやってはいません! いるわけがありません!
「……え? ば、馬鹿。そんなわけないでしょ」
フェルさんは頬に手を当てて、しっとりと顔を赤らめました。
「嘘! その顔! その余裕! その自信! ぜったいやってる!」
やってません! やってません! 絶対にやってません!
でも、その顔! その余裕! その自信はなんなのですか、フェルさん!
「グレイとは、ただ話をしただけよ。お陰で今の自分がやるべきことがわかったわ」
「な、なによ、今の自分がやることって!」
「パーシャ。わたしはこれから回復と治療はエバに任かせて、攻撃の加護であなたを補助する」
フェルさんの発言に、パーシャやわたしだけでなく、レットさんやジグさん。カドモフさんも、表情を改めました。
「この迷宮は魔物の数が多いわ。この先、あなたの負担はますます重くなる。だから少しでもわたしに、あなたの負担を軽くさせて」
「……フェル」
「もちろん回復や防御をすべてエバに任かせるつもりじゃないわよ。比重を攻撃寄りにするというだけ――わたしはあくまで聖職者だから」
フェルさんがそういって、やはり恥ずかしげに微笑みました。
「レット、それでいいかしら?」
「あ、ああ。ありがたい申し出だ。むしろ俺の方から提案すべき立ち回りだ」
「ふふっ、やっぱりリーダーね」
「?」
「全部グレイの意見なの。『俺がリーダーだったら、こうしてくれるとありがたい』……って」
しっ……とり。
「や、や、や、やってる! 絶対やってる! その顔は絶対やってる!」
パーシャが後ずさりながら、フェルさんを指差します!
その通りです、パーシャ!
やっています! これは絶対やっています!
誰がなんと言おうと、これは絶対にやっています!
あのグレイ・アッシュロードのドチクショーーーーーーーッッッ!!!!
「そんな仁義にもとることはしないわ――ただ」
……ゴクリ、
「た、ただ……?」
「愛してるとは伝えたけど」
「「「「「な、なんだってーーーーーーっ!!!!?」」」」」
「返事はもらってないけどね」
ペロッと小さな舌を出すフェルさん。
(((((か、可愛い)))))
なんという、あざと可愛さ!
エルフずるい! 超ズルい!
災い転じて福と成しましたね、フェルさん!
でも……。
仕方……ないですよね。
人を好きになる気持ちは、誰にも止められませんもの。
誰かを愛しているから。
誰かが愛してくれていると思っているから。
こんな灰と隣り合わせの迷宮でも、どうにかやっていけるのです。
それにフェルさんだって、いろいろと溜めていたものがあるでしょう……。
わたしがサマンサさんに吐露することで救われたのと同じように、フェルさんにとっては、その相手がアッシュロードさんだったのです。
非難することなんて出来ません。
「……ふぅ」
わたしは吸い込んでいた息を、深く吐き出しました。
そして……。
「一点、返されましたね」
「当然よ。まだまだ負けるつもりはないもの」
「わたしもです」
嫉妬や、焦燥感や、コンプレックスは消せるものではありません。
でも上手に飼い慣らして、折り合いをつけていくことはできます。
騒ついた気持ちは、今この時まで。
これから先には持っていきません。
ここは迷宮。
余分な感情が望まぬ未来を招く場所。
そしてわたしたちは、迷宮探索者なのです。
…………………………………えっ?
『誰か忘れてないか?』――ですか?
…………そうなのです。
何か溜め込んでいる人は、わたしやフェルさんだけではないのです。
「……不公平だわ」
この時、“湖岸拠点” の一角で、探索者ギルド一の才媛と謳われているあの人が、沸々と怒りを滾らせていたのです。







