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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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報告と分配

「俺たちが体験したのは、ザッとこんなところだ――補足があるなら頼む」


 トリニティさんへの報告を済ませたレットさんが、他のメンバーに視線をやりました。

 誰も何も言いません。

 レットさんの説明は要領を得ていて過不足なく、しいて付け加えることはありませんでした。


「――以上だ」


 わたしたちの反応を見て、レットさんが報告を終えました。

 対策本部(最高責任者のトリニティさんは文官の立場なので、表面的には司令部ではなくこう呼ばれています)には、トリニティさんとわたしたち “フレンドシップ7” の他に、アッシュロードさんとドーラさん。ボッシュさん。“緋色の矢” の皆さん。現在はトリニティさんの補佐官であるハンナさん。そして各近衛小隊の隊長の方たちが集められていました。


「……なんとも、吟遊詩人に歌われるような大冒険をしてきたものだな」


 広い執務机の上で手を組み、口元を押しつけて話を聞いていたトリニティさんが、ようやく言葉を発しました。

 レットさんの報告が始まってからここまで、ずっと無言だったのです。


「いや、ご苦労だった。結果論だが、おまえたちはただ一度の探索で第二階層のほぼすべてを踏破し、そのうえ第四階層の過半を探索したことになる。第二階層の半分が第四階層からでなければ下りられない二重構造の区域(エリア)だとするなら、これは驚嘆に値する成果だ」


 そしてトリニティさんは両手を解いて顔を上げ、


「よくやってくれた。そして――よく戻ってきてくれた」


 晴れ晴れと安堵の表情を浮かべて、わたしたちを労ってくれました。


「そんじゃ報告も終わったところで、ご褒美と行こうじゃないのさ」


 パンッと手を打って、ドーラさんが快活に言いました。


「そうだな――報酬といっては語弊があるが、おまえたちに渡しておきたい物がある。いくつかはおまえたち自身が持ち帰った品だ。危険な品かもしれないので、すまないが眠っている間に鑑定させてもらった。これらは当然おまえたちの戦利品だが、他にもあってな――アッシュ」


「ああ――がきんちょ」


 トリニティさんに話を振られたアッシュロードさんが、パーシャに向かって何かを放りました。


「わわっ!」


 慌てた様子で、それでもパーシャはナイスキャッチ。


「いきなり危ないじゃ――な、なによ、これ! すごく奇麗!」


 手の中の品を見るなり、パーシャが目を輝かせました。

 それは美しい象牙造りの柄を持つ、短刀(ダガー)でした。


「“象牙の短刀ダガー・オブ・アイボリー” と呼ばれる、“(グッド)”の戒律の者にしか使えない魔法の短刀だ。アッシュたちが五階で見つけた品だが、ふたりには使えないのでな」


 トリニティさんが笑みを含んだ声で説明してくれました。

 パーシャは目を輝かせて、初めて目にする魔法の武器に魅入っています。


「美しいだけではないぞ。切れ味だけなら通常の短刀の二倍。攻撃力は魔法強化のされていない(ロングソード)に匹敵する。戦士や盗賊には使い出がない品だが、魔術師が護身用に持つには充分すぎるだろう」


「……凄い、あたい前からこんな短刀を持つのが夢だったんだ……」


 恍惚とした表情で呟くパーシャ。


「他にも戦棍(メイス)鎖帷子(ホバーク)の+1が見つかった――誰が持つ?」


「そいつは僧侶向きだな」


「わたしには、以前トリニティさんから頂いた品がありますから」


 ジグさんの視線を受けて、わたしはフェルさんを見ました。


「――では、フェリリル。このふたつはおまえに」


「あ、ありがとう」


 フェルさんは輝く武器と防具を受け取り、やはりうっとりとした表情を浮かべています。


「……凄く軽いわ……魔法の武具を持つのは初めてよ」


「あとは、“ミスリル製の篭手(ガントレット)” と “竜属(ドラゴン)の牙で作った首飾り” がある。篭手の方は驚くことに盗賊も装備できる、ミスリルは軽いからな。首飾りの方は職業を問わず装備できるうえに、装甲値(アーマークラス)が2も下がる逸品だ」


「それは二つともジグが持つべきだろう」


「……うむ。戦士には他に代わりの品がある」


 トリニティさんの説明を聞き、レットさんとカドモフさんが即座に辞退しました。


「いいのか?」


「ああ。この先、そんな薄い装備で前衛に立つのは危険すぎる。前々からおまえを硬くするのが、パーティの装備を整える上での最優先だと思っていた」


「ありがてぇ。そんじゃ遠慮なく使わせてもらうぜ」


「あとは段平(ブロードソード)の+1が出たが――おまえたちふたりには必要なさそうだな」


 レットさんとカドモフさんが頷いてみせます。

 両人ともすでに、同程度の魔剣と魔斧を持っているのです。


「今回は、戦士向けの品が少なくてな……」


 そういって、トリニティさんが申し訳なさげな顔をレットさんたちに向けました。


「仕方がない。重量のある品はみな打ち捨ててきてしまった。板金鎧(プレート・アーマー)を担いで迷宮は彷徨えない」


「宝を諦められない者は命を縮める。懸命な判断だな」


「――決めた! あんたの()は今日から “ぶっ刺すもの(スティンガー)” だよ!」


 うっとりと新しい愛刀を見つめていたパーシャが、唐突に叫びました。


「なんとも物騒な(めい)だな」


「なにいってんの。ホビット伝説の名剣、“つらぬくもの(スティング)” を知らないの? その名剣を超える願いを込めたのよ。これしかないよ――うん!」


 呆れ顔のジグさんもなんのその、パーシャは “ぶっ刺すもの” をキラリと抜き放って掲げると、


「この銘に恥じない武勲を上げよ、“ぶっ刺すもの(スティンガー)” !」


 高らかに言い放ちました。


「――ねえ、速く探索に行こうよ! ジグも新しい装備の具合を確かめたいでしょ!」


「~おいおい、少し落ち着けよ。まさかその短刀で前衛に立つ気じゃないだろうな。まだ戻ったばかりだぜ。もう少し休ませてくれ」


「ジグリッドの言うとおりだ。体力的には回復しても精神的な疲労はすぐには抜けない。“フレンドシップ7” にはしばらく休んでもらう。代わりに “善”の階層(フロア)は “緋色の矢” に探索してもらおう。今回の事件で痛感した。片方のパーティだけに迷宮の知識を偏らせたくはない」


「そういうことだ。現状ではいざという時すぐに助けに向かえないからな。わたしたちも迷宮を知っておく必要がある」


 トリニティさんが穏やかに(はや)るパーシャをなだめ、スカーレットさんが頷いてみせます。


「……ふあぁい」


「まあ、そう気落ちするな。拠点(ここ)でもやってもらいたいことがあるのだ。だがその前に――ハンナ」


「はい」


 残念そうに肩を落としたパーシャに微笑むと、トリニティさんは背後に待機していたハンナさんに顔を向けました。

 ハンナさんは進み出ると、わたしたちに両掌大の水晶玉を差し出しました。


「大変な冒険を潜り抜けたあとです。レベルが上がっていてもおかしくはないでしょう」


 この水晶玉には、探索者ギルドですでに何度もお世話になっています。

 探索者の能力値を判定する、魔道具(マジックアイテム)です。

 元々は帝国軍と魔術アカデミーが共同で開発した品なので、陣中に携帯されていてもおかしくはありません。

 いつもの隊列順に判定してもらうことにして、ジグさん、レットさん、カドモフさんと、次々にレベルが上がっていることが判明しました。


「次はエバさんですね」


「は、はい」


 わたしはドキドキしながら、水晶玉に手を乗せました。

 いつもながら、この瞬間は心臓に悪いです。

 だってこれ、適性検査とか試験みたいなものですから。


「ん~~~」


「……ゴ、ゴクリ」


「――あ、おめでとうございます。エバさんも上がっていますね。レベル11です。生命力(ヒットポイント)が6増えて、新しい加護も四つすべて授かっていますよ」


「やった! やった、やった!」


 思わずガッツポーズです!

 生命力が増えたのももちろん嬉しいですが、それよりもなによりも、新しい加護をすべて授かったというのが大々々歓喜です!

 なぜなら――。


「“神癒(ゴッド・ヒール)” 、覚えたか」


「はい! 覚えました!」


 声を掛けてくれたアッシュロードさんに、満面の笑顔で再びガッツポーズ。

 そうです! そうなのです!

 レベル11になると、聖職者系第六位階に属する “神癒(ゴッド・ヒール)” を授かれるのです!

 その効果は絶大で、生命力1の瀕死の状態からでも即座に全快できるのは言うに及ばず、石化・麻痺・毒・恐慌などの死と灰以外のあらゆる状態(ステータス)異常からも瞬時に回復させるという、まさに “神の癒し”の呼び名に恥じない、究極の癒やしの加護!

 この加護を授かった聖職者は、ある意味最高位階の蘇生の加護 “魂還 “を授かった聖職者よりも尊敬されるという、それはもう凄い凄い加護なのです!


「これでおまえたちも、あの “妖獣(THE THING)” と殺り合えるな。だが油断するな。温存してもたった四回しか使えねんだからな」


「はい!」


 わたしたちがこの迷宮に召喚された理由。

 この迷宮から、石化能力を持つあの外来()()を駆逐するには、石化を癒せるこの加護が絶対に必要なのです。


「まあ、フェルもいるから、もっと回数は増えるだろうが」


「クスッ、ですね」


「よっしゃー! お預けなーーーし!」


 パーシャの歓喜の声が天幕に響きます。

 お預けなし――どうやら彼女もレベル11で覚えるすべての呪文を習得できたようです。


「エバ! あたいも新しい呪文を全部覚えたよ!」


「お~、よくやった、よくやった」


「これでヴァルレハたちが探索に出ている間、おまえらで “薪” が作れるな」


「「……へ?」」


「なぜおまえらよりも腕が立つ “緋色の矢” が、ずっと拠点待機だったと思ってるんだ? “酸滅オキシジェン・デストロイ” を使えるのが、トリニティを除けばヴァルレハだけだからだ。拠点への燃料の供給を絶やすわけにはいかないからな」


 ヴァルレハさんが発明した、フリーズドライ製法による “動き回る海藻(クロリーング・ケルプ)” の()()()には、真空状態を作り出す “酸滅” の呪文が不可欠なのです。


「だが、これで “緋色の矢” とおまえたちを、状況に応じて交代で潜らせることができる。選択肢(オプション)が増えたってわけだ」


「「な、なるほど」」


「よーし、ヴァルレハとノエルからやり方を教わって、HQ(ハイクォリティ)な燃料をじゃんじゃん作ってやろうよ! 普通の三倍くらい良く燃えて、三倍くらい長持ちするやつ!」


「せ、せめて三割増しにしてください」


 やる気満々少々暴走気味のパーシャに、わたしが『あははは……』と怖々した笑みを浮かべたとき、


 ……ガチャン!


 迷宮の固い岩盤に、何か重く硬い物が落ちる音が響きました。

 驚いて振り向くと視線の先に、水晶玉から手を上げて、真っ青な顔で後ずさるフェルさんの姿がありました。



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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、フェルは神癒覚えなかったんですね……。 絶望は察するに余りあります。 けどその程度でエバ達がフェルを見捨てたり蔑んだりするわけないじゃないですか。 ショックだろうけど、自信を持ってほし…
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