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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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彷徨のエピローグ

「……無事か?」


 いつも仏頂面で、いつも台詞を口にする……わたしの保険屋さん。


「……あんまり無事ではないかも……だってアッシュロードさんの()()()が見えて……」


 アッシュロードさん……もしかして、わたしよりも先に死んじゃいました?

 水浴びとかしてて、足とか滑らせちゃって、ブクブクと溺れちゃいました……?

 あなたなら、そんなお間抜けな最期がありそうでなさそうで、やっぱりありそうで……。

 ス……っと、わたしに向かって伸びてくる、アッシュロードさんの右手。


「……?」


 ビシッ! と、デコピン。


「――痛っ!」


「……無事か?」


「無事です! 無事です! あなたもわたしも、ちゃんと生きています!」


 額を押さえて、涙目で訴えます!

 やっぱりこの人酷い! 超酷い!


「……グレイ……ッ!」


 フェルさんがよろぼうようにアッシュロードさんにすがりつき、すすり泣き、そして噎び泣きました。


「ああ……グレイッ! グレイッ!」


「……フェル」


 アッシュロードさんは戸惑いながらも、優しげに見える動作でフェルさんの背中をさすってあげています。

 むぅ、なんなのです、この待遇の差は!?

 エルフ、ズルい! 超ズルい!


「――ライスライト、こいつを飲め!」


 ビキビキッ! とした顔で睨んでいたわたしに、アッシュロードさんが腰に下げていた皮袋を放ってくれました。

 水牛の皮で作った、水筒です。


「お、お水は嬉しいですが、それよりもですね、待遇と不平等の改善と是正を――」


「文句はあとで聞いてやる。いいから飲め」


「もうっ!」


 ぶぅ、ブゥ、Boo!

 不本意極まりなく、はなはだ面白くないですが、喉がからからに乾ききっているのも確かです。

 わたしは水袋の中身を、怒り任せにガブガブと飲みました。

 もうガブガブと親の敵のように飲みました。


「――!?」


 清涼な液体が喉を通り過ぎた瞬間、身体から渇きと疲れが吹き飛び、霧散しました!

 これは、“小癒(ライト・キュア)” の水薬(ポーション)!?

 いえ、それよりも、もっとずっと――。


「おまえたちも飲め。腹は膨れないが拠点までは我慢できる」


 驚くわたしを尻目に、アッシュロードさんは腰に吊っていた別の水袋を、レットさんとパーシャにそれぞれ放りました。

 わたしの飲んでいる物を含めて、三つも持ってきてくれたのです。


「お、おっちゃん、幽霊じゃない? “解呪(ディスペル)” の必要はない?」


「疲労で自慢の頭がボケちまったのか? 得意の観察眼はどうした」


「だ、だって、あたいの知ってるおっちゃんは、水の上は歩けない……歩いたら聖典に出てくる “救世主” だよ……」


「ああ、そうよ! 救世主よ! グレイは()()()()救世主よ!」


 パーシャの何気ない言葉に、フェルさんが突然の強反応。


 ビシャッ!


「きゃっ! ――ちょっと何するのよ!」


 いきなり皮袋の水をぶっかけられたフェルさんが、わたしを睨み付けます。


()()()です。()()()()()にあなたもこれを飲んでください」


 ドスの効いた声と殺気の充満した笑顔で、フェルさんに不思議な水の入った水袋を差し出します。

 フェルさんは、『ぐぬぬぬーーっ!』といった顔でわたしを睨んでいましたが、それでも飢渇には耐えられません。

 引ったくるように水袋を掴むと、エルフらしからぬ粗野な動作で口の端から零しながらゴクゴクと飲みました。

 レットさんはカドモフさんと、ジグさんはパーシャと、それぞれ水袋を飲み回しています。

 表情からは見る見ると疲労の色が抜け、動作には活力が充ちていきました。


「アッシュロードさん、このお水は……? それにどうやって湖を……」


「詳しいことはあとで話してやる。今はそれよりも――」


 アッシュロードさんはそういうと、口の中で小さく祝詞を唱えました。

 対岸の拠点に向かって挙げた右手に灯された、“短明(ライト)” の加護。


「全員、ここから少し離れろ」


 わたしたちは言われるままに後ずさり、小島の水打ち際に空間を作りました。

 アッシュロードさんが “短明” の加護を打ち消した数十秒後、目も眩む閃光が岸辺に走りました。

 腕をかざし闇になれた瞳を閉じて、顔を背けます。


「ここの座標は測量済みだ」


 そんなアッシュロードさんの呟きが聞こえた直後、嘘のように光が消え去りました。

 恐る恐る目を開けて、視線を向けてみると……。

 そこには、小柄な一見するとローティーンような童顔の女性と、対照的に知的な美しさを湛えた大人の女性が立っていました。


「大変だったようだな」


「お疲れさま」


 “転移(テレポート)” の呪文でやってきたトリニティさんとヴァルレハさんが、労いの言葉を掛けてくれました。

 そしてわたしたちはふたりの “転移” で、湖岸拠点レイクサイド・キャンプに連れ帰られたのです。



 こうして……わたしたちは、長く苦しい迷宮の彷徨から解放されました。

 “フレンドシップ7” 結成以来最大の危機は、文字どおり七人目の仲間たちによって土壇場で救われたのです……。



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― 新着の感想 ―
[一言] まずは帰還、おめでとうございます。 今はただ、その疲れた体を癒やすことだけを考えてください。 と言うか、トリニティってロリだったんですかw 童顔だとは書いてありましたが、其処までだったとは…
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