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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
247/659

頭文字P

 ……カラン、


 爪先が、何かを蹴飛ばしました。

 ()()()それが、厚く積もった床の埃に、跡を付けながら転がります。


「どうしたの?」


「…… “(スタッフ)” です」


 訊ねられたフェルさんに、顔を向けることなく答えました。

 それは奇妙な符合でした。

 “紫衣の魔女(アンドリーナ)の肖像画” に欠けていた、細長い杖状の物がいきなり目の前に現われたのです。

 杖自身、埃に塗れているのに、ぼんやりと銀色の光を放って存在感を示していました。

 光沢ではなく、杖自身が発光しているのです。

 不思議な光を放つ “杖” を見て、パーティの全員が同じ思いを抱いたでしょう。


 『もしかして』……と。


 これが探していたキーアイテム(パスポート)でしょうか?

 わたしは手を伸ばし掛け、


「――触っちゃ駄目!」


 パーシャの鋭い叱責に、ハッと引っ込めました。


「呪われてるかもしれない。いきなり触っちゃ駄目だよ」


 そ、そうでした。

 本当に集中力が切れています。

 わたしは、コツンと自分の頭を叩きました。


司教(ビショップ)がいないから、詳しいことはわからなけど……」


 背負い袋から戦利品を包むための防水布を取り出すと、パーシャが杖に被せました。

 直接手を触れないように、慎重に拾い上げます。


「ど、どうですか?」


「今のところ、なんともないみたい」


 ふぅ……と息を吐くパーシャの額に、珠の汗が浮かんでいます。


「とにかく持っていこう。これが “鍵” かどうかはわからないけど……」


 パーシャは呟くようにいうと、防水布に包んだ “杖” を背負い袋に括り付けました。


「他にもないか探してみよう。慎重にな」


 レットさんが続行を指示し、書斎と思しき玄室の捜索が再開されました。

 一歩ごとに埃が立ち込める中、それからしばらく家捜しが続けられましたが、これといった発見はありませんでした。

 わかったことはひとつだけ。

 それはこの書斎の主の頭文字が “P” ということだけです。

 見つかった日記や手紙には、必ず “P” という署名があったのです。


「…… “P”」


 フェルさんが呟きながら、小首を捻ります。


“Andrine(アンドリーナ)” の綴りに “P” はないわよね」


「ファミリー……ネームでしょうか?」


「それは今考えても仕方ないだろ……」


 ため息交じりに反応したジグさんに、フェルさんとわたしも力なく同意するしかありません……。


「肖像画の玄室まで戻るぞ……休息を摂るにしても、こんな埃っぽいところはごめんだ」


 レットさんの声も、明らかに忍耐力が薄れてきています。

 わたしたちは重い足取りで書斎から、そして研究室から出ました。

 それから再び長い回廊を北上し、“魔女の肖像画” のある玄室を目指します。

 それは……まさしく彷徨でした……。

 わたしたちはまるで迷宮の “オデュッセウス(ユリシーズ)” です……。

 一〇年にも及んだ “トロイア戦争” が終わったあと、英雄 “オデュッセウス” を待っていたのは、さらに長く過酷な漂流の日々でした……。


(……大丈夫……大丈夫……例えこれが “オデュッセイア” でも大丈夫……だって “オデュッセウス” は最後は故郷に辿り着いて、愛する妻と再会できたのですから……だから大丈夫……)


 わたしは繰返し自分に暗示をかけながら、両足を動かし続けました……。

 迷宮支配者である “真龍(ラージブレス)” の慈悲でしょうか。

 徘徊する魔物ワンダリングモンスターに遭遇することなく、“消灯の罠” の回廊に隠された玄室に辿りつくことが出来ました。

 この北が、“魔女の肖像画” の飾られた玄室なのです。


「……少し休もう。“トモダチ” の類が現われるかもしれない。この状態じゃ危険だ」


 レットさんの言葉に、全員が糸の切れた操人形のようにその場に座り込みました。

 “トモダチ” ……懐かしい響きです。

 確かにキーアイテムが間違っていた場合、肖像画から “固定モンスター” が現われないとは限りません……。

 全員が疲労困憊でした……。

 “悪魔(フィーンド)” との戦いが、大きくわたしたちを消耗させてしまったのです……。


(……還る……絶対に還る……絶対に……)


 (カビ)(こけ)と堆積した湿った埃の臭いに包まれて……わたしの意識は遠のいていきました……。



 目を覚ますと、少しだけ気分が良くなっていました。

 わたしたちはこうして、疲れては休み、疲れては休みを繰り返して、希望を手繰り寄せ、生ににじり寄っていくしかないのです。


「――準備はいいか?」


「ああ」


「……うむ」


「いいよ」


「いつでも」


「はい」


「――よし、行くぞ」


 一×一区画(ブロック)の北側の扉を開け、わたしたちは同じ広さの “肖像画の間” を再訪しました。

 前回同様、魔物の気配はありません。

 正面、北の内壁に掲げられた大きく豪奢な額縁の中から、紫の衣をまとった美女がたおやかに微笑んでいます。


「――パーシャ」


「うん」


 レットさんに促されて、パーシャが進み出ます。

 すでに背嚢に括り付けていた “銀色の杖” は外され、防水布越しに彼女の手に握られています。


「気をつけてください」


「……ありがと」


 わたしに向かってニコッと微笑むと、パーシャがひとつ息を吐き、そして肖像画に向かって杖を掲げました。

 すると杖から漏れていた銀色の光が徐々に強まり、ついには目も眩む光芒を周囲に放ち始めました。

 五秒――一〇秒!

 瞳が銀光に灼かれないように、目を閉じ、顔を背け、輝きが治まるのを待ちます!


 やがて……。


 時間を巻き戻すかの如く、杖から放たれていた光が弱まりだしました。

 網膜を灼くようだった銀色の光は刺すような刺激に変り、それも次第に弱まっていき、最後は柔らかくも鈍い元の輝きに戻りました。

 誰もが、パーシャの持つ杖を見つめています。


「……何も変ってない?」


 パーシャが呆然と手中の杖に向かって呟きました。

 杖は肖像画に向かって掲げる前、激しく輝き出す前と何も変らなく見えました。


(……そんなはずは……)


 わたしはハッとして、肖像画を振り返りました。


「――いえ、見てください」


 全員の視線が、杖から肖像画へと移ります。

 額縁の中の美女は変ることなく、妖艶にも静淑にも見える微笑みを浮かべています。

 膝の上に、銀色に輝く杖を握って……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 初手司教ってあまりやらないみたいですが、私はやってます。 成長遅いですが、眠りの呪文唱えてればそれなりに戦闘の役に立ちますし、宝箱のアイテムすぐ鑑定できるってメリットもありますから。
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