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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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悪魔

 ――バンッ!


 目配せで “突入!” の意思を確認しあうと、ジグさんが積年の蜘蛛の巣と埃にまみれた扉を蹴破りました。

 おそらくはなんらかの魔法が施されていたのでしょう。

 長い年月 “開かずの間” だったにも関わらず、埃塗れの蝶番(ちょうつがい)はまるで油を差した直後のように(きし)みなく動作し、両開きの扉は弾かれたように開きました。

 全員が武器を手に、一気に乱入します。

 扉の奥は――広い玄室でした。


 占有者(魔物)は……いない?

 いえ、そんなことはありません――ありえません!


 すぐに玄室内の温度が急激に下がり、吐く息が真っ白になりました。

 この感覚は――!


「気をつけてください! 幽霊(ゴースト)がいます!」


 わたしが鋭く警告を発するや否や、周囲の宙空に白く透ける靄のような人影が浮かび上がり、むせび泣きながら飛び回り始めました。

 首筋から背筋にかけて産毛が逆立ちます。

 怖気を震うとは、まさにこのことです。

 数は――四()


「コイツらが番人か!」


 ジグさんが魔法の短剣(ショートソード)を逆手に構えながら、周囲を飛び交っている半透明の――眼窩の落ちくぼんだ老人の霊たちに吐き捨てます。


「……いや、まだいるぞ!」


 カドモフさんが、こちらも魔法の戦斧(バトルアックス)を身体に引き寄せながら、玄室の奥を睨みました。

 屈強なドワーフ戦士(ファイター)の声に呼応するように玄室の闇から現われたのは、迷宮の暗黒に溶け込む、黒く焼け焦げた鎧をまとった骸骨戦士スケルトン・ウォーリアー――。


「―― “悪魔(フィーンド)”!」


 フェルさんが嫌悪感も露わに叫びます。

 フィーンドとはデーモンと同じ意味を持つ言葉ですが、“怪物百科モンスターズ・マニュアル” では、特にこの黒く焼け焦げた鎧をまとっている種族を指していいます。

 魔族だけあって魔法の無効化能力を持ち、魔術師系と聖職者系の呪文と加護を共に第三位階まで操る強敵――難敵です。

 それが、実に五体も現われたのです。


「“悪魔” ×5!

 “幽霊” ×4!」


「フェルさんは、“幽霊” を!」


「了解!」


 本来ならフェルさんと倍掛け(ユニゾン)で無効化能力の高い “悪魔” の魔法を封じたいところですが―― “幽霊” は “幽霊” で、触れた者の精気(レベル)を吸い取る吸精(エナジードレイン)があり、大変危険です。

 ここは、わたしひとりでやるしかありません!


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――!」

「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――!」


 わたしとフェルさんが、“静寂(サイレンス)” と “解呪(ディスペル)” の祝詞を同時に唱え始めます。

 その祝詞が半分も紡がれないうちに、五体の “悪魔” たちの中心で紅蓮の焔が炸裂しました!

 パーシャ神速の “焔嵐(ファイア・ストーム)” です!

 彼女に残された呪文の中でも最強の攻撃呪文ですが、今は出し惜しみしているときではありません!

 三体が猛炎の嵐に包まれて悶え苦しみ、残り二体が耐呪(レジスト)に成功して、平然と呪文の詠唱を開始しました。


「―― “静寂(サイレンス)”!」


 通ってください、わたしの加護!


 1、2――2!? 

 二体! 三体に耐呪された!

 何をやっているのですか、わたし!


「呪文を封じたのは放っておけ!」


 レットさんが叫び、カドモフさんやジグさんと共に、呪文の詠唱を続けている三体に斬り掛かりました。

 タイミングと段取り、そして何よりも魔法が通るかどうかの運。

 しかし、呪文を封じられた二体の “悪魔” が三人の前に壁となって立ち塞がります。


(いけない! このままでは “焔爆(フレイム・ボム)” が三発も!)


 わたしはすぐに二度目の “静寂” の嘆願を始めましたが、“悪魔” たちの詠唱を追い越すことは、無論不可能です!


「――哀れな魂の迷い子たちよ、どうか女神の御胸に抱かれ安息を―― “解呪”!」


 その時フェルさんの祈祷が完了し、四人の幽霊のうち三人が天に召されました。

 悲痛な死を迎えた末に、現世に未練と恨みを持って漂っていた御霊が、女神の慈愛によって安らぎを得たのです。

 ですが、よほど現世への執着が強いのでしょう。

 残るひとりが天に昇ることを拒否して、心臓が凍りつくような叫び声を上げて前衛の三に抱きついてきました!


「あと()()()!」


 フェルさんが叫んで再度 “解呪” を始めますが、こちらも一度は “幽霊” の攻撃を受けなければなりません!

 “静寂” も “解呪” も抵抗されてしまえば、何の痛痒も与えることは出来ないのです!

 レットさんが、パーシャの “焔嵐” でダメージを負っていた “悪魔” を魔法の段平(ブロードソード)で斬り倒し、その奥で呪文の詠唱を続ける別の個体に突き進みます!

 カドモフさんも低い重心からの戦斧の強振で、相手取っていた “悪魔” を横一文字に両断しました!

 そしてふたりが壁役の “悪魔” を斬り倒すや否や、間を縫って駆けるジグさん!

 誰の頭にあるのも、“悪魔” たちの呪文の詠唱を阻止することだけです!


 ですが――先んじたのは “悪魔” たちでした!

 三体の “悪魔” の詠唱がほぼ同時に完成し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この悪魔は “鎧”に擬態しているのです!

 “鎧” こそが本体なのです!


 わたしの二度目の “静寂” が完成するよりも速く、ジグさんやレットさんが斬り掛かるよりも速く、“悪魔(フィーンド)” たちの呪文が完成しました。

 “焔爆” の真っ赤な炎が、パーティの視界を覆い尽くしました。

 反射的に、わたしは左手に装備している “鉄の盾” を全面にかざして、その陰に身体を縮こまらせました!

 わたしたちの身体には、“恒楯コンティニュアル・シールド” の加護によって、皮膚の外側にさらに不可視の障壁が張られています!

 この障壁には革鎧(レザーアーマー)を一着余分に着込んでいるのと同程度の防御効果があり、“焔爆” くらいの熱量ならどうにか直接の熱傷を負わずに済むのですが――それでも衝撃波までは吸収しきれません!

 火の玉(ファイアーボール)が爆ぜ、高熱をともなった衝撃波がわたしを吹き飛ばします!


(――ぐううううっ!!!)


 玄室の壁際まで吹き飛ばされ、わたしは苦痛に呻きました。

 一発でこの威力です!

 これがあと二発も来たら――!


(パ、パーシャ!)


 わたしは全身の痛みに顔を顰めながら身体を起こすと、視界の隅に転がっていったホビットの少女に向かって叫びました!


(――えっ!?)


 声が……出ない!?


 残り二体の “悪魔(フィーンド)” が()()()()()した “静寂” が、わたしとパーシャ、そしてフェルさんの発声を封じていたのです!

 わたしたちが “悪魔” たちの “焔爆” を怖れたように、“悪魔” たちもまた、わたしたちの呪文や加護を怖れていたのです!

 そしてその判断が、勝敗を――ふたつの集団の運命を分けました!


(――レットさんっ! カドモフさんっ! ジグさんっ!)


 わたしは声にならない声で三人に叫びました!


 レベル10に達する古強者(ネームド)の前衛たちは、“焔爆” のダメージをものともせずに突き進み、魔法を唱え終えた直後で身動きのとれない “悪魔” たちに刃を振り下ろし、叩きつけ、突き立てました!

 永続的(コンティニュアル)魔力付与(エンチャント)で強化された武器が “悪魔” の本体である鎧を切り裂き、胴鎧に浮かんでいた醜悪な()が苦悶に歪みます!

 玄室内に響き渡る、断末魔の悲鳴!


 もはや “悪魔” たちには、魔法はおろか手にした剣を振るう余力すら残されていませんでした。

 レットさんたちは魔法の剣で戦斧で短剣で “悪魔の鎧” を滅多斬り・滅多刺しにして、徹底的に()()()()()にしてしまいました。

 同時に、発声して言霊から女神の御力を引き出す必要のない “解呪” で、フェルさんが残る “幽霊(ゴースト)” を呪いから解き放ちます。


 迷宮での戦いは、一瞬の判断の差が勝敗をわけます。

 今回は “悪魔” たちの判断ミスに救われた、わたしたちの……辛勝でした。



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― 新着の感想 ―
[一言] エバって、加護使うよりも武器で殴ったほうが強い印象がありますw
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