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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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迷走

「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛(ソーン・ホールド)” !」


 わたしはカドモフさんが相手取っている四人の “ドワーフ戦士(ファイター)” に、戒め(イバラ)の加護を投げ掛けました。

 フェルさんは、レットさんとジグさんが打ち合っている “武器を持った(メン・アット)男たち(・アームズ)” を絡め取ります。

 “焔柱(ファイヤー・カラム)” の倍掛け(ユニゾン)で焼き払うこともできたのですが、同位階には現状での治療の切り札 “大癒(グレイト・キュア)” があります。

 貴重な精神力(マジックポイント)を攻撃に裂くことは出来ません。


 レベル差があることもあって、一時的にですが全ての敵の動きを封じることができました。

 行きがけの駄賃! ――とばかりに、カドモフさんが魔法の戦斧の強振で、同族から “黒ドワーフ(デュワー)” と侮蔑されている “ドワーフ戦士” の首をひとつ切り飛ばしました。

 レットさんも相手にしていたひとりの胸を、段平で串刺しにしています。

 ジグさんは目の前の、武器を持っているだけで戦士とはとても言えない男――を蹴倒して、パーシャに駆け寄り肩に担ぎ上げました。


「――行くぞ!」


 レットさんを先頭に、次いでカドモフさん、わたし、パーシャを担いだジグさん、そして殿をフェルさんが守って、わたしたちは玄室から逃亡しました。

 下層への縄梯子のあった玄室を飛び出すと、そこは “くの字” 型をした三区画(ブロック)の短い回廊でした。

 行き当たりに扉があり、わたしたちが到達する前に乱暴に開きました。


「GuRururururuッッッ!!!!」


「―― “オーク(ゴブリン)” !」


 わたしは叫びました。

 おぞましさに、顔が歪みます。

 “オーク” ――このリーンガミル地方では “ゴブリン” と呼ばれている、迷宮では最弱のと言われている魔物です。

 駆け出しの頃ならいざ知らず、今のわたしたちには油断さえしなければ問題にならない相手です。

 相手なのですが――。


「“王子(プリンス)” ×2

 “呪術師(シャーマン)” ×3

 “亜種(ホブゴブリン)” ×4

 “雑兵(ゴブリン)×6”」


 “認知(アイデンティファイ)” の効果で即座に乱入者たちの正体を見破ったレットさんが、舌打ちの直後に怒鳴りました。


 数が多い上に、“ゴブリン呪術師(シャーマン)” がいます。

 ゴブリンたちの魔術師であり聖職者でもある者たちで、魔術師系第三位階の呪文と聖職者系第二位階の加護を操る危険な相手です。

 駆け出し探索者の魔法使い(スペルキャスター)よりもよほど腕がたち、とても小鬼の一族とは思えません。

 その呪術師を守るように多数の “雑兵(通常のゴブリン)” と、身の丈が三倍はあろうかという巨大な “亜種(ホブゴブリン)” が壁を作っています。

 

 そして、“ゴブリン王子(プリンス)

 地方によっては英雄(チャンピオン)とも呼ばれる、ゴブリンの中でも特に戦いに秀で、武勲をあげた固体です。

 亜種よりもさらに大柄で膂力に優れ、戦闘経験も豊富。

 ゴブリン君主(オークロード)を除けば、ゴブリンでは最強の存在です。


 接近戦に、呪文に、加護。

 質と数。

 やっかいな部隊(グループ)です。

 ですが――!


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ―― “静寂(サイレンス)”!」


 “呪術師” の “焔爆(フレイム・ボム)” が炸裂する前に、三匹すべての呪文を封じ込めます。

 二度も遅れは取りません!


「―― “棘縛(ソーン・ホールド)”!」


 二体の “王子” は、フェルさんが固めます。


 支配階級(リーダーたち)の発声や動きを封じられ、怯んだ “亜種” をレットさんとカドモフさんの魔法の武器がそれぞれ切り裂きました。


田舎者(カッペ)が、一〇年早え!」


 肉塊となって倒れた亜種に向かって、ジグさんが口汚く罵ります。

 パーシャを担いでいるので、口撃での参戦です。


「――駆け抜けてください!」


 こうしている間にも、最初の玄室の敵が追ってくるかもしれないのです。

 振り返る余裕もなく、わたしたちは小鬼たちが乱入してきた扉から、さらに逃走しました。


 そこからは、どこをどう逃げたのか、ハッキリとは覚えていません。

 ゴブリン(オーク)は相手が手強いと思えばすぐに逃げ出す臆病な魔物ですが、逆に与しやすい弱っている獲物にはどこまでも執拗に迫ってくるのです。

 仲間を呼ぶ角笛が迷宮内に何度となく響き渡り、階層(フロア)中の同族が醜悪な怒声をあげて群がってきました。

 追いつかれては逆撃を加えて追い散らし、正面に立ち塞がられれば斬り倒して血路を開く。

 気がついたときには全員がゴブリンの返り血と自身の汗に塗れて、見知らぬ玄室で、ぜぇぜぇと肩を上下させていました。

 はぐれた人が出なかったのが……奇跡です。


(……ま、まだ、休んでは駄目)


 わたしは最後の気力を振り絞り、たった今入ってきたばかりの扉に残り少なくなった “神璧(グレイト・ウォール)” の加護を施しました……。

 “ライスライト方式” ……。

 そしてそのまま扉にもたれかかり、ズルズルとくずおれます……。


(今にして思えば……最初の玄室でこうしておけば、安全に縄梯子を下りられたかも……)


 扉に頬を寄せたまま荒い息を吐きながら思いました……。

 こんな簡単なことも浮かばないほど、わたしたちは疲弊し、追い詰められていたのです……。

 さらに状況は悪化の一途を辿ります。

 “昏睡(ディープ・スリープ)” の呪文から醒めたパーシャが、今にも泣き出しそうな顔で皆に伝えたのです。


「ごめん……あたい、この階に上ったあとに “座標(コーディネイト)” の呪文唱えてなかった……縄梯子の位置が分からない……」



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― 新着の感想 ―
[一言] ミスばっかりですね~。 最近ギャグが多かったから、シリアスについていけない、とかですかねw 正直まずい状況ですね。 ただ、これ以上にまずい状況をくぐり抜けているんですけどね。 どんな方法で…
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