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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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上層探索

 梯子を登り切ると、初めて目にする階層(フロア)がそこにありました。

 前方に真っ直ぐ伸びる、一区画(ブロック)幅の回廊。

 第一階層よりいくぶん湿度の低い、それでも肌にまとわりつくような空気。

 遠くに聞こえる、怪鳥(けちょう)の啼き声。

 岩山の迷宮 “龍の文鎮” の第二階層です。


「声は聞こえないな」


 こういう時、口火を切るのはこの人と決まっています。

 短剣(ショートソード)を逆手に構えたジグさんが、周囲を警戒しながら呟きました。

 ジグさんのいう “声” とは、数日前にアッシュロードさんとドーラさんが聞いたという、おそらくはこの迷宮の支配者である “真龍(ラージ・ブレス)” の声です。


 “ここは汝らの立ち入れぬ所、早々に立ち去るがよい!”


 爆発炎上する地下要塞から命からがら逃れてきたアッシュロードさんたちは、頭の中にこの声が響いた直後に、“湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” に転移(テレポート)させられたのでした。


「やっぱり、あたいらが “(グッド)” のパーティだからかな?」


 キョロキョロと辺りを見渡しながら、パーシャが誰ともなしに言いました。

 一緒にいた “中立(ニュートラル)” のカドモフさんは聞いてないことから、トリニティさんは “ (イビル)” の戒律の者が立ち入れない階層” なのでは? ――との推論を立てていましたが、正鵠を射ているのかもしれません。


 わたしはほんの少し前に、階下で交わしたアッシュロードさんとの会話を思い出しました……。



『その正面にある扉を開けて垂れている梯子を登ったら、俺とドーラは拠点に転移させられていた。ひとつ北にある扉の奥にも梯子が垂れていて、そっちを登ったら転移はなく、第三層に辿り着いた。さらに北の扉には梯子はないが魔方陣があって、足を踏み入れた途端やはり拠点に送り返される。俺たちは昨日は、その魔方陣で帰ってきた』


 焼け焦げた要塞の深奥。

 首領(ハイ・コルセア)の部屋の奥には、北から南に四つの扉が並んでいました。

 一番北が、魔方陣によって湖岸拠点に転移させられる扉。

 二番目が、中にある梯子で第三層に登れる扉。

 三番目が、首領の部屋を出てすぐ目の前にある扉で、中にある梯子を登った途端、“真龍” の警告と共にアッシュロードさんとドーラさんが拠点に送り返されたものです。

 四番目が一番南の扉で、ここには特に何もありませんでした。


『俺たちは二番目の扉から三層の探索に向かう。おまえたちは三番目の扉の梯子を登って、拠点に転移させられるかどうか確認しろ。トリニティの考えが正しければ何も起こらないはずだが、その場合は――』


『探索を続行する』


 レットさんが頷きます。

 壁も、床も、天井も、すべてが炭化し黒ずんだ地下の大要塞。

 要塞中を駆け巡った爆圧によって、扉という扉はすべて吹き飛んでいましたが、堅牢無比な造りの内壁が崩れることは辛うじてありませんでした。

 目の前に並んでいる四つの扉が原形を留めているのは、“真龍” の加護のなせる業だと思われます。


『――よし、始めるぞ』


 アッシュロードさんが背を向けました。

 猫背気味の背中に、昨日と同じように無事を願う祈りを捧げます。

  “善” と “悪” で別れた階層。

 ここからは、お互いに何かあっても助けに行くことはできないのです……。

 祈りが終わらないうちに、つと眼前の背中が立ち止まりました。

 振り返ったアッシュロードさんが、わたしと――フェルさんを見やります。

 視線を感じて、ふたりの僧侶(プリーステス)が顔をあげました。

 フェルさんもまた、アッシュロードさんに祈りを捧げていたのです。


『あ~、晩飯で会うぞ』


 猫背の君主さんはそう言い残すと、そそくさとふたつ目の扉を開けて中に入ってしまいました。


『『ぷっ!』』


 思わずフェルさんと顔を見合わせて、吹き出してしまいました。

 なんて()()()()()()人でしょう!

 仮にも好かれている女たちに言葉を残すのです。

 もう少し言いよう、やりようがあるでしょうに。


 でも……らしいです。とても。


(ええ、晩ご飯で会いましょう。誰一人欠けることなく)


 そうして、わたしたちは今度こそ散会し、それぞれの戒律にのみ許された階層へと赴いたのです。



「――ずいぶんと分かりやすい階だね。“()19、()0”、つまり南東の角っこだよ、ここ」


 第一層(一階)から繋がる梯子の前で “座標(コーディネイト)” の呪文を唱え終えたパーシャが、どこか気勢を削がれたような表情を浮かべました。


「分かりやすくていいじゃねえか」


「だから、そういったじゃない!」


 身も蓋も底もないジグさんの言葉に、くせっ毛の女の子が嵐を吹きます。


「階層は?」


「二階」


 レットさんの問いに、ジグさんに向かって “イーッ!” をしながら答えるパーシャ。


「つまり “悪” は三階。“善” は二階というわけか」


「実に面白い」


「「「「「……」」」」」


 芝居がかったわたしの言葉に、みんなの視線が集中します。


「わたしの好きなドラマ(お芝居)のセリフなんです」


「いいぞ、聖女さまがノッてきた」


 ジグさんがおどけて冷やかし、フッと笑みを零したレットさんが、すぐに表情を引き締めて、いつものように探索の開始を宣言します。


「――よし、行くぞ」


 西へ真っ直ぐと延びる一区画幅の通路を、ジグさんを先頭に慎重に進みます。

 途中でふたつ並んだ扉を発見しましたが、すぐには入らず、まずは回廊の終端を目指します。

 わたしたちのやり方で、こうすることで迷宮の “アウトライン” を明確にしていくのです。

 回廊は四区画進んだところで北に折れ、さらに四区画進んだところでまた西に折れました。

 そこからまた四区画、北に一区画、西に一区画で、回廊は終わりました。

 突き当たりの西は内壁で、北と南に扉があります。

 ここでわたしたちは、やり過ごしてきた扉を調べるために、回廊を引き返しました。

 “アウトライン” を明確にするには、まず外璧に近い区域(エリア)からマップを埋めていくのです。

 パズルを外枠から作っていくのに似ています。

 やがて回廊の北側の壁に、先ほどスルーしたふたつ並んだ扉が見えてきました。

 セオリーどおり、まず外璧に近い東側の扉から調べていきます。


 それからわたしたちは幾たびか魔物の群れと遭遇し、これを退けつつ探索を進めていきました。

 現われる魔物は人型ヒューマノイド・タイプが多く、そのモンスターレベルはどれも2~3程度で、今のわたしたちから見れば脅威ではありません。

 ですが、徒党を組んでいる上に呪文や加護を唱えてくる敵も多く、なにより “妖獣(THE THING)” と同化しているのではないかという、心理的な重圧があります(幸いにして、どの敵も寄生されてはいませんでした)。


 パーシャが “焔爆(フレイム・ボム)” を二度、わたしとフェルさんがそれぞれ “棘縛(ソーン・ホールド)” と “静寂(サイレンス)” を一度ずつ使ったとき、南東区域のマップの大半が完成していました。

 あと調べてないのは、 最初の長い回廊の終端にあった南側の扉だけです。

 それ以外はすべて行き止まりで、先に進む経路はありません。


 負傷している人はなく、呪文も加護も、まだ回数を残しています。

 特に切り札とも言える “滅消(ディストラクション)” の呪文は、温存されたままです。

 ここで探索を切り上げる判断はありえません。

 迷宮探索の経験を積んできた、パーティの誰もが思いました。

 ですから、この時点での “まだ行ける” は、“本当に行ける” だったのです。


 “フレンドシップ7” に結成以来、最大の危機が訪れるのでした。



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[一言] 思いっきりフラグ立ててませんかw
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