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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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ダンジョン飯②

「どうしたの?」


「あのね、あのね、聖女様が新しい食べ物を獲ってきてくれたんですって! それでこれからみんなで、お料理するところを見にいくの!」


「新しい食べ物!? 本当!?」


 きゃーっ!


 みたいな会話が、あちこちで聞こえてきます。


 “壕の怪物(モート・モンスター)” を倒して解体したわたしたちは、それ以上の深追いをせずに “湖岸拠点レイクサイド・キャンプ” に帰還しました。

 自分たちの篝火(かがりび)に戻り、大きな麻製のズタ袋(サック)から戦利品である “アナゴ” の身を取り出すと、周りに集まっていた人たち(主に女性陣)から大きな歓声があがりました。

 “大蛇(アナコンダ)” のお肉とはまた違う、一目で白身魚のそれとわかる大きな切り身は、いやが上にも周囲の人たちの期待を高めます。


「……ぬんっ」


 と魂魄の籠もった呼気を漏らしたのは、カドモフさん――ではなく、わたしです。


 アナゴ、あなご、穴子、アナゴさん。

 お寿司、天ぷら、あなご飯、蒲焼き。

 考えただけで口の中が唾の大洪水になる、罪深き食材です。


 しかし……お寿司にするには酢飯がなく、天ぷらを揚げるには薄力粉や卵、油がなく(油はあることはありますが、量が限られているので大量には使えません)、あなご飯も同様に材料が足りず、蒲焼きにするにはあの甘塩っぱいタレがありません。

 現状では、白焼きにするしか手はないのですが……。


 だが、しかぁし! 白焼きこそ、基本にして極意なり! ――です!

 シンプルな物ほど、美味しく作るのは難しいのです!

 ですが、やらねばなりません!

 わたしがやらねば、誰がやるというのですか!


 シュバッ! シュバッ! と、ジグさんから借りた魔法の短剣で身を開きにします。

 “ブラッド・クリーン・コーティング” の施された刃は脂に汚れることなく、見事な仕事をしてくれました。

 まるで、“オフトゥーン” のように開いた巨大な身。

 ショートソード+1、鮮やかなり――です。

 ですが、ここで気を抜いてはいけません。

 獲物を前に舌なめずりは、三流のやることです。

 食材に息つく暇を与えてはいけません。


 キュピンッ!


 わたしの両掌の中で、肉を焼くための鉄串が回転します。

 もちろん、脳内に流れるのは “必殺仕事人” のテーマ曲。

 清涼なトランペットのイントロが、朗々と鳴り響いています。

 そして音もなく悪人の背後に忍び寄り、無防備な延髄に突き刺すその呼吸で、ぶすり! ぶすり! と、開いた “壕の怪物” の身に突き刺しました。

 完璧な間合いです。


「「「「「「「「「「「「「「「――おおっ!」」」」」」」」」」」」」」」


 周囲で、どよめきが広がります。

 わたしはここで、 美味しくなるよう “アナゴ” の身に “祝福” を施しました。

 それが終わるや否や、


「――アン、火の用意は出来ていますか?」


「はい、聖女さま!」


 すでにアンの発案で作られた(かまど)には、“動き回る海藻(クローリング・ケルプ)” を乾燥させた燃料がこれでもかとくべられ、赤々とした炎を上げています。

 若芽以外は食べられず、大部分が廃棄食材としてかえって拠点の環境悪化が懸念されていたものが、ヴァルレハさんの閃きと知識によって、迷宮内で自給できる画期的なバイオ燃料に生まれ変わったのです。

 何と言っても、水面に出た部分だけで二〇メートル。

 全長に至っては五〇メートルにも達するのではないかという、巨大昆布(ジャイアントケルプ)です。

 そのほとんど全てを燃料として利用できる目処がたった今、拠点の燃料事情は潤沢すぎるほど潤沢になっていました。

 竈に乗せられている、軍隊が野営時に使う特大の金網の上に、


「どーーーーっせいっ!!!」


 と、鉄串を刺した “アナゴ” の肉を移します。


 ジュウウウウッ!


 香ばしくも食欲をそそる音に、


「「「「「「「「「「「「「「「ゴックンっ!」」」」」」」」」」」」」」」


 と盛大に唾を飲む音が唱和しました。

 まったく見事なハーモニーと言わざるを得ません。

 額に、ぶわっ! と珠の汗が噴き出ます。

 このバイオ燃料は、なかなかの高火力と言わざるを得ません。

 ですが今のわたしには、探索時にかけて出た “恒楯コンティニュアル・シールド” の効果が残っています。

 充分に耐えられる熱量です。


「――お塩!」


「はいっ!」


 アンが間髪入れず、皮袋に入った細かく砕いた岩塩を差し出します。

 袋に手を入れて掌から零れるほどの塩をつかむと、往年の “水戸泉” 関を思わせる豪快な動作で、ジュウジュウと音を立てるアナゴの上にぶちまけました。

 そして頃合いをみて引っくり返すのですが、このタイミングがまた至難の極み。

 なんといっても、“オフトゥーン” 並みの大きさです。

 表面だけ焼けてみえても、中まで火が通っているとは限りません。

 じっくり、あくまで芯まで火が通るまで、じっくり焼き上げなければならないのです。


 ここで、先ほどのわたしが施した “祝福” が生きてくるのです。

 なぜなら “恒楯”の加護がわたしを竈の熱から守っているように、“祝福(ブレス)” の加護がアナゴが焦げるのを防いでいるからです。

 そうなのです。わたしはただ祈祷を捧げただけではなかったのです。

 アナゴのお肉に、文字どおりの “祝福” を施していたのです。

 装甲値(アーマークラス)1下げる守りの加護が、まるでアルミホイルのように、直火からアナゴの肉を守っていたのです。

 おお、女神ニルダニスは偉大なり。


 わたしは汗びっしょりになりがら、タイミングを見てアナゴを引っくり返し、両面がこんがりキツネ色になるまで丹念に焼き上げます。

 そして――ついにその時が来ました。

 わたしは焼けた金網の上から、今や白焼きとなったアナゴを一息に下ろすと、フェルさんが “恒楯” の加護を施した、やはり野営用の広い作戦卓(このためにわざわざトリニティさんに借りてきた物です)の上に、ドサッと直置きしました。


「ふぅ……」


 わたしは安堵の吐息を深々とつくと、汗を拭いながら満面の笑顔を周囲の皆さんに向けます。


「上手に焼けました!」


 わっ! と、手に手にフォークやスプーンを持って、騎士や従士や女官や侍女の人が白焼きに群がります。もちろん探索者の人もです。


「あ、ちょっと待ってください、先ずは毒味をしてから――」


「この殺人的な匂いを散々嗅がされたあとに、そんなことを言っても無駄よ、無駄!」


 ハフハフッ! と白焼きを頬張りながら、パーシャが()()()立てました。

 その横でノーラちゃんが、


「熱いニャッ! 熱いニャッ! ニャーは猫舌ニャのに気遣いが足りないニャッ!」


 熱々の白焼きに口をつけては離し、口をつけては離して、地団駄を踏んでいます。


「もう、仕方のない人たちですね」


 これはお腹を壊したら、“解毒(キュア・ポイズン)” の加護をかけてあげないといけませんね。


「どうですか? ちゃんと中まで火が通っていますか?」


「「「「「「「「「「「「「「「今夜は最高っ!」」」」」」」」」」」」」」」


「それはよかったです」


 キツネ色に香ばしく焼けた表面の下からは、よく火の通ったふっくらほっこりとした白身が湯気を上げています。

 標準な大きさのアナゴなら、きちんと処理をしなければ小骨が気になるのですが、“モート(巨大)” なサイズですと手でつかんで捨てられます。


(ポン酢かわさび醤油が欲しいですね、やっぱり。食材以上に迷宮では手に入りにくい物ですけど、なんとか代わりになる品が造れれば……)


 今のところ、お腹を押さえて倒れる人も、口から泡を噴いて悶絶する人もいません。

 わたしは念の為に、もう少し様子を見ることにしましょう(本心を言えば、すぐにでも齧り付きたいところですが、ここはグッと我慢のライスライトです)。

 その間に、もう一品料理を試してみることにします。



「――ああ、なんだい! なんだい! あたしらが帰ってくる前に祭りを始めちまったのかい!」


 拠点に一陣の風が吹き突然の閃光が走ると、光の中から現われたドーラさんが、白焼きに群がるパーシャたちを見て大いに嘆きました。

 後ろにはアッシュロードさんの姿もあり、わたしはホッと胸を撫で下ろす思いでした。


「あたい、お塩だけの料理がこんなに美味しいなんて知らなかったよ。今夜は最高」


 シーシー、と小指の爪で歯の隙間の食べかすを取りながら、パーシャがドーラさんに満足気に感想を述べます。

 大きな作戦卓の上に広げられた特大の白焼きは、奇麗になくなっています。


 白焼きは、天然と養殖では味に歴然とした差が出るそうです。

 “壕の怪物” が、あの壕で養殖されていたとも思えません。

 あの大きさになるまでの餌の量を考えると、とても現実的ではないからです。

 おそらくあの壕は、水中トンネルで外海と繋がっているのでしょう。

 そこから “ねぐら” にするために、狭い壕に入りで込んで来たのかも。

 “ウナギの寝床” ならぬ “アナゴの寝床” です。

 天然の食材は、シンプルな塩味こそが美味しさを引き出すのかもしれません。


「これ、香草(ハーブ)があれば、もっと美味しくなるんじゃないかしら?」


 と、これはフェルさん。


「オリーブ油と香草で焼けば、また違った美味さになるだろうな」


 自称グルマン? のジグさんが頷きました。


「マンマ! アナゴンダ、美味かったニャッ! 今夜は最高ニャッ!」


「そうかい……そいつはよかったね」


 好物を食べそびれて、ガックリと肩を落とすドーラさんです。


「まぁまぁ、そう気を落とさないでください。白焼きはもうありませんが、これを試してみてください」


 わたしはそういうと、どっこいしょ! と、濛々と湯気を上げる鉄鍋を竈から下ろしました。


「なんだい? また水炊きかい?」


 前もって石を積んで形作っておいた “鍋敷き” の上に置いたそれを、ドーラさんがのぞき込みます。

 鍋には煮立つ前のお湯と底に寝かされた昆布が入っているだけで、アナゴはありません。


「いえ、似ていますが違います。これはしゃぶしゃぶです」


 毎回水炊きでは芸がありませんからね。

 アンが薄切りにしたアナゴを、大皿にてんこ盛りにして持ってきました。


「お見せしましょう。こうやって、お湯にサッと潜らせて、お塩をつけて――パクッと!」


 ああ、口の中がパラダイス!


「おお、その料理なら知ってるよ! “蓬莱(ほうらい)” で食べたことがある!」


「さあ、食べましょう。アンも一緒に」


「そ、そんな、滅相もない! 聖女さまと御一緒に食事をするなどと!」


「何を言っているのですか、お鍋はみんなで食べてこそのお鍋なのですよ。なにより、あなたもわたしたち “フレンドシップ7” の一員ではありませんか」


「あ、ありがとうございます」


 グスッと鼻を鳴らして、大きな瞳をうるうるさせてしまったアンにもう一度微笑むと、わたしはアッシュロードさんに視線を移しました。


「さあ、あなたも」


「ああ」


 アッシュロードさんはわたしに促されるまま、鉄鍋の近くに腰を下ろしました。


「フォークだと食べにくいのですが」


「箸が欲しいところだな」


 知識外の言葉を口にしたことに気づいた様子もなく、お湯にアナゴの薄切りを潜らせるアッシュロードさん。


「どうですか?」


「……ああ、美味え」


 黙々と湯に潜らせたアナゴを口に運び、モゴモゴと咀嚼するアッシュロードさん。

 白めがちの三白眼は鉄鍋をジッと見つめていますが、瞳の奥に映っている光景は違うようです。


「なにか見つかったのですね?」


 心ここにあらずといった、この様子。

 今日の探索で、なにか見つかったに違いありません。


「……ああ」


 と、やはり口だけを動かしながら、アッシュロードさんが肯定しました。


「……上層への道が見つかった」


 どうやら、また探索のときがきたようです。




★エバ・ライスライトの突撃、今夜の晩ご飯。


 “迷宮保険的、アナゴの白焼き”


 レシピ

 “壕の怪物(モート・モンスター)” の身。

 お塩。


 まず “壕の怪物” の身を、焼きやすい大きさに開きます。

 次に鉄串を刺します。

 芯にまで火を通すときに外側が焦げないように、“祝福(ブレス)” の加護をかけます。

 網で焼きます。

 お塩を振りかけます。

 時々ひっくり返します。

 食べます。



 “迷宮保険的、アナゴのしゃぶしゃぶ”


 レシピ

 “壕の怪物(モート・モンスター)” の身。

 “歩き回る海藻(クローリング・ケルプ)” の若芽。

 お塩。


 まず “壕の怪物” の身を、出来るだけ薄く切ります。

 沢山切ります。

 次に、鉄鍋の底に昆布の若芽を敷いて、お湯を沸かします。

 お湯は、沸騰はさせずに火から下ろします。

 “壕の怪物” の身をお湯に潜らせて、茹でます。

 お塩をつけます。

 食べます。



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― 新着の感想 ―
[一言] アナゴさんは食べたらまずいですw アナゴ×マスオって同人誌が昔ありました……。
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