アナゴ狩り★
「アナゴ……ンダ?」
「いえ、ただの “アナゴ” です。“大蛇” の親戚ではありません」
アナゴ、あなご、穴子、アナゴさん。
頭に何も付かない、ただの “アナゴ” です。
「そんな生き物も食べ物も聞いたことないよ」
タジッと、なぜか後ずさるパーシャ。
「それなら早速明日にでも獲りに行きましょう。“突撃! 今夜の晩ご飯! パートII” です」
(((((……そこはかとなく不吉な予感……)))))
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そんなこんなで翌朝となり、
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
わたしたちは丁寧に頭を下げるアンに見送られて、“湖岸拠点” を出立しました。
目指すは公式に “要塞区域” と呼称するようになった、海賊たちが根城にしていた地下要塞です。
一昨日の “滅菌作戦”の効果を確かめるため、アッシュロードさんとドーラさんも同行します。
ふたりは昨日も探索に出ていて、未踏破のままだった “掘建て小屋 区域” を調べてきましたが、めぼしい発見はなかったそうです。
「“妖獣” の奇襲にだけは注意しなよ」
道々、ドーラさんが注意をうながします。
「他の魔物も全部あいつらだと思ってかかりな」
他の生物と同化して乗っ取る、他に類を見ない魔物。
その正体は、別の星からやってきたエイリアン。
“紫衣の魔女の迷宮” と比べて高温多湿な上に、遙か格下の魔物にさえ――いえ、たとえ子ネズミ一匹にさえ、厳重な警戒を払わなければならなくなる “妖獣” の存在。
ジリジリとわたしたちの身心を蝕んでくる、過酷な迷宮です。
“掘建て小屋区域” の入口で数匹の “塵人” に遭遇し、わたしとフェルさんが退散させた以外に魔物と遭遇することはなく、わたしたちは黒く焼けた地下要塞に辿り着きました。
「……酷い臭い」
辺り一面に充満する油の燃えた悪臭に、パーシャが渋面を作りました。
眼前には、階層の天井にまで届くかという要塞の防壁がそびえています。
焼け焦げ黒ずみ、かつての威容は異様へと変貌していました。
「……これで生きてたら、本当に化物だな」
ジグさんが、“永光”の光に照らし出された、黒く変色した要塞を見上げて呟きます。
「効率重視で行こうさね――あたしらは南回りで。あんたたちは北回りで行きな」
“要塞区域” は、巨大な地下要塞を外璧と内壁でぐるりと囲んだ、密閉されたエリアです。
今入ってきた “掘建て小屋区域” への扉以外、迷宮の他の場所に抜けることはできません。
「城門に着いたら、あたしらはそのまま中に入る―― “アナゴ” は、あたしの好物でね。今日の晩飯は期待してるよ」
「了解だ」
ニヤリと笑ったドーラさんに、レットさんが生真面目に頷きます。
「じゃあな」
南に向かうドーラさんに続き、アッシュロードさんがわたしたちに背中を向けました。
「……」
何度、迷宮の闇に消えていくこの背中を見送ったことでしょうか。
もう……かける言葉さえ見つかりません。
だから、わたしは祈ります。
(……どうか、この人を無事にお戻しください)
「エバ、行くよ」
「……はい」
パーシャにうながされて、わたしは爪先を北に向けました。
隊列は、いつもどおりジグさんを先頭に、最後尾をフェルさんが守る一列縦隊。
周囲を――特に要塞を囲う “壕” を警戒して、慎重に進みます。
元々冥い水を湛えていた壕は大量の煤を浮かべて、今はますます濁った水面を湛えています。
全員が出来るだけ壕から離れて歩き、注意を怠りません。
アッシュロードさんたちと違い、今日のわたしたちの目的は城門の奥にではなく、この冥い水壕の中にいるのですから。
要塞外周を一路北へ。
そして反時計回りに、突き当たりの壁を西に向かいます。
数区画進んだところで、壕に変化が現われました。
微かに水面が盛り上がったと思った瞬間、それは一気に小山のように持ち上がり、高さが頂点に達したとき瀑布となって崩れ落ちました。
海賊たちが番兵として壕に放っていた、“巨大な怪物” が姿を現したのです。
数は三匹。
「これがあんたのいってた “アナゴ” なの!?」
「ええ、これがわたしのいった “アナゴ” です!」
初めて見たときから思っていたのですが、やはりこの “壕の怪物” ――見れば見るほどアナゴです!
「手筈どおりにお願いします――突撃、今夜の晩ご飯!」
わたしは叫ぶなり、“棘縛” の嘆願を始めました。
同時掛けで、フェルさんも同じ加護を。
パーシャは、“昏睡” の呪文を唱えます。
晩ご飯を獲りに来たのですから、黒焦げにするわけにも、氷にして砕くわけにもいきません。
パーシャの神速の眠りの呪文が三匹の海竜を混濁から昏睡へと一瞬で引きずり込み、さらにわたしのメゾにフェルさんのソプラノの祝詞が重なれば、目に見えない無数の棘が “壕の怪物”を絡め取ります。
「――よし! 再生しねえ! こいつは寄生されてねえ!」
新しい短剣で一太刀浴びせ、反応を確かめるや否や、ジグさんが叫びました。
前衛の三人が各自一匹ずつ受け持ち、それぞれ様子見の一刀を浴びせて、傷の回復具合をみる。
瞬く間に再生するようなら “妖獣” に寄生されているので、パーシャの魔法で焼き払う。
それが事前に決めてある段取りです。
「こっちもだ!」
「……同じく」
レットさんとカドモフさんからも、同様の報告が上がりました。
こうなってしまえば、前衛全員が魔剣・魔斧を装備した、レベル10の古強者たちです。
自身の何倍もの大きさの敵をものともせずに、一気に生命力を削りきりました。
レットさんとカドモフさんの戦士は、魔法の武器の強振で “壕の怪物” の大木のような胴の半ば以上を断ち切り、ジグさんは昏睡によって下がった頭部の死点を何度も串刺しにします。
海竜たちが長大な胴体が、地響きと共に壕の外に倒れました。
鎧袖一触。
ですが、三人とも “残心の構え” を解きません。
魔物の生命力は強靱です。
完全に息絶えたと確認するまでは、気を抜くことはできないのです。
やがて、
「大丈夫そうだな」
ジグさんが肩の力を抜き、 短剣を鞘に戻しました。
これまでにあった、雑嚢のボロ布で刀身を拭う動作がありません。
“ブラッド・クリーン・コーティング” の魔法が施された新しい愛剣に、その作業は必要ないのです。
心なしか、表情が得意げです。
「もう二、三匹ならやれそうだな」
「……うむ」
こちらはなにやら物足りない様子の、レットさんとカドモフさん。
昨日は魔物との遭遇がなかったので、今日が新しい武器のお披露目なのですが、
手応えは想像以上のようです。
ほんと戦士です。
「これ以上倒したって、どのみち持って帰れないわよ。本当は一匹だって勿体ないぐらいなんだから」
そんなふたりを見て苦笑するフェルさん。
まだ “壕の怪物” が食用に適するかわからないので、今日のところは一部分だけを持って帰って試してみるつもりです。
この怪物はどうやら単体で行動することはないらしく、最少でも三匹は一緒に行動しているようです(つまり、最少出現数が3)。
持ち帰れない個体や部位は、ここに打ち捨てていくしかないのですが……拠点の食料事情を考えると、フェルさんの言うとおり勿体ない限りです。
「――それじゃ解体しよう。まずは血抜きだ」
「アナゴの血には毒があると聞きます。気をつけてください」
「海にもウナギがいるとは知らなかった」
わたしの言葉に頷きながらレットさんが一匹の首筋に近づき、血を浴びないように慎重に剣を突き入れ切り裂きました。
いわゆる活け締めです。
この世界の人たちがアナゴの捌き方を知っているのは意外に思えますが、ウナギはアカシニアでも普通に食用とされている魚なのです(アナゴはウナギ目の魚です)。
レットさんやジグも子供の頃によく川で獲って、自分たちで捌いて食べたそうです。
大きさが大きさなのでかなりの重労働したが、やがてその作業も終わり、一抱えほどもあるアナゴの肉が手に入りました。
レットさんはついでだからと、残り二匹の血も抜きました。
「図体が図体だから完全には抜けてないが、これで少しは持つだろう。今日これから試してみて、食えるようなら明日人数を出して取りにこよう」
念の為にフェルさんに “解毒” の加護を授かりながら、レットさんが残していく怪物たちの屍を見やります。
「それなら、あたいが仕上げをご覧じろだよ」
パーシャはわたしたちに離れているようにいうと、“凍波” の呪文を、持ち帰る予定のない怪物の部位や骸にかけました。
油と煤の浮いた水面ごと、壕から出ている部位が凍りつきます。
「これで鮮度は保てると思う」
「お~」
わたしは思わずパーシャを抱き締め、持ち上げました。
「きゃっ、くすぐったい! くすぐったい!」
きゃははは! と身悶えしますが、パーシャも満更ではない様子。
「――さあ、それじゃ戻りましょう! 突撃、今夜の晩ご飯!」
わたしはパーシャを下ろすと、朗らかに握りこぶしを突き出しました。
次回『ダンジョン飯②』







