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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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城塞鳴動

「――フェルさん! 城門を封じてください! あの人は――アッシュロードさんは大丈夫です!」


 DM(ダンジョンマスター)からの宣託(ハンドアウト)で、一瞬だけ呪文の影響下から脱したわたしは、フェルさんに叫びました。


「はやく……お願い……しま……っ」


 そして大きく揺り返してきた “昏睡(ディープ・スリープ)” の効果が、深く冥い喪失の沼に、わたしを呑み込んでいきました……。


◆◇◆


「エバッ!」


 一瞬だけカッと目を見開き、直後にくずおれた友人に、エルフの少女もまた叫び返した。

 駆け寄って揺り動かしても返事はなく、身体は弛緩している。


「フェル! エバのことはあたいに任かせて! あんたは城門を!」


 もうひとりのホビットの友人に怒鳴りつけられ、フェリリルは未だ熱気が渦巻いている要塞城門に、再び視線を戻した。

 四体の“妖獣(THE THING)” はズリュズリュとした不定形の動きで、城門から這いずり出ようとしている。

 炎の魔法によるダメージを再生したせいで動きは緩慢だったが、それでもあとわずかで城門を潜ってしまう。

 躊躇している暇はない。

 もうひとりの僧侶(プリーステス)は深昏睡に陥り、今や世界の命運はエルフの少女に懸かっていた。

 それでもフェリリルは逡巡した。


(――今のは確かに宣託だった! でも “ニルダニス” の気配は感じなかった! いったい()()彼女に()()たの!?)


 エバの、彼女の、友人の――恋敵(ライバル)の言葉を信じてよいのか。

 友人であり恋敵でもある少女は、何者とも知れない存在の宣託を信じた。

 だが自分にはそんな宣託は下りなかったし、たとえ下りたとしても帰依する女神以外の言葉など信じないだろう。

 要塞の中には、自分の愛する男と命を預け合える仲間が取り残されているのだ。

 今城門を閉ざせば彼らを殺すことになる。

 火薬庫に火が回れば彼らは確実に、この地下要塞と運命を共にすることになる。


 だが――。


(それが――それがどうしたっていうのよ!)


 エルフの少女の中に渦巻いていた逡巡は、勃然と湧いた炎の如き決意によって一瞬で燃やし尽くされた。

 それは友人の聖女が抱いた決意とは、真逆の決意だった。


「死んでしまったのなら生き返らせるまでよ! 瓦礫をすべて掘り返してでも “灰” を見つけて蘇生させる! たとえ消失(ロスト)していたとしても、魂を呼び戻す方法を探し出してみせる! 何年、何十年、定命のすべてを使ってでも必ず甦らせる!」


 そして、


「レット、ジグ! 城門を閉じて!」


 エルフの僧侶は決断し、加護を願うために精神の統一を始めた。

 名前を呼ばれた戦士と盗賊が弾かれたように城門に取り付き、力任せにこれを閉ざす。


「「このおおおおおっっっっ!!!」」


 重い城門が鈍く軋み、もどかしい速度で動き始めた。

 水っぽくも粘着質な音を立てて、四体の “妖獣” が近づいてくる。

 レットは子供の頃に兄弟たちと、崖に向かって雪車(そり)を滑らせる度胸試しをしたことがある。

 崖に落ちる恐怖に負けて雪車から飛び降りれば負けという、危険な遊びだ。

 兄弟と仲が悪かったレットは、意地と蛮勇の果てに崖から転落し、生死の境をさまよった。

 なぜか、仲の悪かった兄弟たちとのそんな記憶が甦った。


 ヒュンッ、ヒュンッ――キュピンッ!


 不安感を煽る風切り音を上げていた触手が、針の鋭さでふたりに襲い掛かった。


「「――押せぇぇぇぇぇ!!!」」


 ふたりの前衛が絶叫し、渾身の力を込める。

 城門の動きが一気に加速、重々しい音を立てて閉ざされた。

 鋭利な音を立てて、内側に無数の触手が突き刺さる。


「――フェル!」


「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」


 息つく間もなくレットが振り返ったときには、フェリリルの祝詞が始まっていた。

 精神力(マジックポイント)の許す限り、“神璧(グレイト・ウォール)”、

光壁(ホーリー・ウォール)”、“祝福(ブレス)” の加護を願い続ける。

 加護が施されるたびに、要塞の巨大な城門が蒼白い聖光を放つ。

 やがて、エルフの少女が持てる精神力のすべてを絞り尽くして倒れたとき、地下要塞の城門は固く封印され、短時間ではあったが内からも外からも決して開くことが出来なくなっていた。


「よくやったな」


 ジグが駆け寄り、力尽きたフェリリルを背負った。

 レットはエバだ。


「――よし、待避するぞ!」


 レット、ジグ、パーシャの三人は走った。

 重い板金鎧(プレートメイル)を着込んだうえに、軽いとは言えフル装備の僧侶(プリーステス)を背負ったレットの足取りは、それでも力強かった。

 ひとりの男に想いを寄せるふたりの少女の覚悟は、貧乏貴族の九男の青年に断固とした決意を生じさせていた。


 愛する男に殉じようとした、聖なる少女。

 愛する男を甦らせるために、生涯を懸けると誓ったエルフの少女。

 どちらも見事な覚悟。

 見事な生き様だ。


 レットは今こそ、なぜあの無口なドワーフの友人が、悪名高い迷宮保険屋と共に進んで死地に赴いたのか理解できた。

 この少女たちをもう一度想い人と会わせてやることこそ、戦士の嗜み。

 男の生き様だ。

 ならば、今度は自分の番である。


 レットは先頭を切って北に走り、突き当たりに現われた内壁を東に折れた。

 目指すは、掘建て小屋(バラック) 区域(エリア)に通じる扉である。

 要塞の火薬庫にどれほどの “イラニスタンの油” があるのかは不明だ。

 もしかしたら、要塞内を多少焼く程度の被害しか起きないかもしれない。

 しかし防壁・城門がすべて吹き飛び、階層(フロア)を揺るがすほどの大爆発が起きるかもしれない。

 離れられるだけ離れるに如かず――だ。


 そしてレットの判断は正しかった。

 彼らが要塞を囲む防壁と壕をぐるりと回り、息せき切って掘建て小屋が建ち並ぶ区域への扉を潜ったとき、背後の城塞が鳴動。

 大噴火を起した火山のように、紅蓮の火柱を上げて吹き飛んだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] カドモフのこと、時々で良いから、思い出して下さい……。
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