パーティ★
「わかりました。ただし、扉は内側から封じます。わたしは一度、愛する人を炎の中に置き去りにしました。もう一度同じ後悔はしません」
わたしは進み出ると、苦悩するリーダーに申し出ました。
人の心というものは不思議なものですね、アッシュロードさん。
ほんの数秒前まであんなに不安だったのに、今はこんなにも穏やかです。
覚悟というのは決めるまでが大変で、決めてしまえば意外と楽なものなのですね。
「レットさん――みんなも。いろいろお話したいのですが、もう時間がありません。“妖獣” たちは再生にエネルギーを使った直後で動きが鈍っています。この機会を逃せば、今のわたしたちにあの魔物を押し留める力はありません。ですから――」
わたしは魔法による火勢が衰えた、要塞城門に向き直りました。
内側には再生によって活力を失い、未だ要塞外に出て来られない四体の “妖獣” の姿があります。
「――エバッ!」
フェルさんが、様々な感情の籠もった声で呼び止めました。
ごめんなさい、フェルさん。
でも、ここはわたしに譲ってください。
誰か一人は一緒に逝ってあげないと、あの人が可哀想です。
天国でもゴミの山に埋もれてしまいます。
また “ゆで卵” ばかりの食生活になってしまいます。
着た切り雀のバッチイおじさんでは、御近所迷惑になってしまいます。
一緒に暮らすカドモフさんも大迷惑です。
だから、ここはわたしに逝かせてください。
「わたしが中から扉を閉ざします! そうしたら外側からも封じてください!」
◆◇◆
「――アッシュ、あんたがあの娘を信頼しているとして、それはどっち向きの信頼だい?」
城門を閉ざして絶対に “妖獣” を要塞から出さないという信頼か。
それとも、何があっても自分たちが戻るまでは城門を閉ざさないという信頼か。
「西か、それとも北か――さあ、どっちだい?」
ニヤニヤと枝の上から少女に笑いかける猫のような表情を浮かべて、ドーラがアッシュロードに訊ねた。
「北だ」
黒衣の迷宮保険屋は即答した。
その声に、もはや迷いは微塵もない。
ドーラがいなければ、アッシュロードはカドモフを抱えたまま城門に向かい、ふたりして死んでいただろう。
保険屋はドーラに指摘されるまで、自分の所有物である少女が城門を封じずに待ち続けていると思い込んでいた。
だがそれは、焦燥感から陥った視野狭窄による誤りだ。
あのクソ真面目な責任感の強すぎる娘が、自分の都合で世界を危機に陥れるわけがなかった。
あの娘なら、“妖獣” から世界を救うため、苦渋の決断の末に城門を封じるだろう。
そして――。
「いいのかい? あんたが戻らなければ、あの娘、扉を閉ざしてから後を追いかねないよ?」
「問題ねぇ。あいつが馬鹿な真似をしても、周りの奴らが止める――だから北だ」
アッシュロードの誤選択は、すんでの所でドーラが止めた。
同じように少女の――エバ・ライスライトの過ちは、彼女の仲間が止めるだろう。
それがパーティというものだ。
だからこそ、こんなクソみたいにたわけた地下迷宮でも生き残ることができる。
ドーラは一瞬キョトンとしたあと、
「ははっ! そうきたかい! こいつはまた斜め上の信頼だね! いいね、その話、乗ったよ!」
哄笑する “首狩猫”
次の瞬間ドーラは北の扉を蹴り開け、偶然居合わせた海賊たちの頚を問答無用で刎ね飛ばしていた。
四つのターバンを巻いた頭が、ギョッ!とした表情のまま、通路に転がる。
カドモフは二人の古強者に引きずられながら、目標とする彼の英雄が見ていた景色を垣間見た気がした。
これが部族を超えた種族の英雄、“偉大なるボッシュ” のパーティ。
そして若きドワーフファイターは、自分の仲間を思った。
果たして未だ修行の途中にある彼らに、この二人のような立ち振る舞いが出来るだろうか――と。
◆◇◆
(――炎が消えた! 今!)
わたしが魔法の効果が消えた要塞内に再び駆け込もうと踏み出した瞬間、不意に視界がグニャリと歪みました。
(……え?)
突然重力が消失し、倒れた意識すらないまま、気がついたときには迷宮の結露した岩盤に臥していました……
頭の芯が麻痺し、底なしの喪失の沼に落ち込んでゆくこの感覚は……。
(……パーシャ……どうして……)
わたしは最後の力で顔を上げ、自分に “昏睡” の呪文をかけたホビットの友だちを見ました。
「ごめん、エバ。でも、こうするしかなかったんだ――エバ、あんたは間違ってる。きっと “おっちゃん” も同じことをいう。だから、あたいはあんたを止める」
(……い、いや……もう置いていくのは……置いていかれるのはいや……)
混濁から昏睡に陥っていく意識の中、わたしは城門に向かって手を伸ばしました。
(……道……行……く……)
コーーーーンッ!
◆◇◆
半身を石化したドワーフを引きずる君主と忍者は、複雑に入り組んだ地下要塞を疾駆していた。
途中で遭遇した海賊たちは、問答無用で斬り捨てた。
敵わじとみて武器を捨てかけた者にも、容赦なかった。
進むは敵陣。拓くは血路。
立ち塞がる者は、誰であろうと蹴散らして進む。
それが “悪” の探索者だ。
北の扉を抜けて、そこから西に二ブロック。
突き当たりの扉を抜けて、顔前に現われた扉をさらに西に。
今度は北に出現した扉を抜けて、二ブロック。
東にある扉を続けて二つ抜けて、さらに三ブロック。
目の前に出現した扉をまた蹴り開けると、アッシュロードは再び首領の部屋にいた。
「西の扉はもうひとつの城門に続いてる。ハズレだよ。残りは北に二つ。東にひとつ。南に二つ――さ、どれにする?」
「東」
「根拠は?」
「他は二つ並んでいるのに、東だけひとつだ。それっぽい」
「まあ、そんなもんだろうね」
アッシュロードの薄弱極まる根拠に、ドーラは肩を竦めてみせた。
そんな “くノ一” に向かって、保険屋の男はいう。
「――ドラ猫。おまえはドワーフと先に行け。あいつの相手は俺の専売だ」
北に並んでいる扉のうち右側が開き、シャムシールを手にした派手な装束を身にまとった “海賊船の船長” が姿を現したからだ。
“船長” の最大出現数は六。
首領の後ろに控えていたのは五人だったが、もう一人いたのである。
「とりあえず、おまえがこのステージのラスボスってことで、いいんだよな?」
左右の手に大小の剣を握った保険屋が、猫人とドワーフを背に、最後の船長と対峙した。
◆◇◆
コーーーーンッ!
わたしが炎の消えた要塞に向かって手を伸ばしたとき、それは下りてきました。
“――聖女よ、惑うなかれ。今はその妖獣を封じることだけを考えよ”
(……だ、誰)
“我は真龍。迷宮の主にして、星の意思たる世界蛇なり”
(……真龍……迷宮の主……星の意思……世界蛇……)
“聖なる少女よ。そなたの想い人を信じよ。そなたたちの運命を信じよ”
そうして、宣託は下されました。
呪文の効果が霧散したわたしはカッと目を見開き、もう一人の僧侶に向かって叫びます。
「――フェルさん! 城門を封じてください! あの人は――アッシュロードさんは大丈夫です!」







