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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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滅菌作戦

 悪夢は……続いていました。


 アッシュロードさんが切り飛ばし、壁際に転がしておいた首領(ハイ・コルセア)の頭。

 顔を逆さまにしたままのその生首から、()()()()のような六本の足が突き出し、そればかりかニョッキリと二本の()()()()()()()じみた目玉までもが生えたのです。


「……こいつは何の冗談だ?」


 パーシャを顔の横に抱えたまま、アッシュロードさんの口から激しい嫌悪感が漏れました。

 そして凍りつく全員の視線の先で、カサカサと動き出した “頭蜘蛛(ヘッドスパイダー)” が、『クェーー』と一声鳴いて(挨拶して)みせたとき、わたしたちの嫌悪感は最高潮に達したのです。。


「――召しませ! ホビット自慢の石頭、ここにあり!」


 口上と共に、()()()()()()()()()()投擲体勢に移行するアッシュロードさん。


「ぎゃーー!!? おっちゃん、それ洒落にならない!!!」


「うるせえ! 目には目を、歯には歯を、頭には頭だ! おまえのその石頭で潰すのは俺の急所じゃなく、あの気色悪い頭蜘蛛だ!」


 涙目で絶叫するパーシャに、容赦なく叩きつけられるアッシュロードさんの宣告。


「悪魔! 魔王! レイバーロード!」


「おおっ、今ごろ気づいたか! そのとおり、俺はレイバーロードだ!」


「余裕ぶっこいてる場合か! 逃げるぞ!」


 ジグさんが延々とじゃれ合っている二人を鋭く叱責します。

 頭蜘蛛(足が六本なので昆虫というべきでしょうか?)は、わたしたちの眼前を横切り、部屋に七つもある扉のひとつに向かいました。


「でも、どうするのです!? 言っていませんでしたが、あの “物体(THE THING)” の体液には生物を石化させる毒素が含まれています! 剣はもちろん戦棍の類いで殴り付けるのもNOです! だからといって “与傷” 系の加護連発していたのでは、こちらの回復ができなくなってしまいます!」


 対象に傷を与える “与傷” 系の加護は、“癒やし” の加護と表裏一体。

 すべて同位階に属しているのです。

 すでにわたしは四回、アッシュロードさんは一回の “大癒(グレイト・キュア)” を使っています。

 今からこの要塞を脱出しなければならないのに、これ以上癒やしの加護を消費してしまうのは、自らの首を絞める行為でしかありません。


 となれば――。


 全員の視線が、アッシュロードさんが抱えているホビットの魔術師に向けられます。


「よし、がきんちょ。おまえへの刑の執行は猶予してやる。代わりにあの蜘蛛を焼け。灰も残らねえように燃やし尽くせ。炎の呪文は残ってるな? 残ってねえなら――」


 再び、投擲姿勢をとるアッシュロードさん。


「うわーっ! 残ってる、残ってる! おっちゃんの頭のフケほど残ってるよぉ!」


 この余裕こそが、古強者(ネームド)の証。

 迷宮で生き残るために必須の技能なのです。

 ……多分。


「――ふぅ」


 床に下ろされたパーシャは一息吐いて、


「音に聞け! ホビット炎熱の呪文、今唱えん! ―― “焔嵐(ファイア・ストーム)” !」


 瞬息で火炎の呪文を詠唱し、次の瞬間扉をカリカリしている “頭蜘蛛” を紅蓮の炎が包み込みました。


 ピギャーーーッ!


 まるで赤子を(くび)り殺すような悲鳴が、猛炎の中でもがく “物体” からあがりました。

 ですが火炎系最高位の呪文に焼かれ、耳を覆いたくなる最悪の悲鳴もすぐに収まります。

 “頭蜘蛛” は動きを止め、炭化し、灰化し、呪文の効果が消失したときには、それすらも消えてなくなっていました。

 扉を中心に首領部屋の一角は真っ黒に焼け焦げ、猛烈な熱気だけが籠もっていました。


「……コイツが、海賊どもが怖れていた “あいつら” か」


「……焼いたのは正解だったな。奴らもそうしていた」


「……その奴らも、まさか自分たちの首領が()()()()()()()()とは思うまい」


 レットさん、ジグさん、カドモフさんが言葉を繋げます。


「……これで最後なの? 全部……」


「海賊どもの話しぶりから、コイツらは “種” として存在している。“道化師(フラック)” のような単体の特異生命体じゃないはずだ……元は一匹だけだったのかもしれないが……」


 フェリリルさんの呟きに、アッシュロードさんが小さく頭を振りました。


「それじゃ……」


「ああ、他にもいると考えておくべきだろうな」


 全員が黙り込みます。

 首領(ハイ・コルセア)が同化されていた以上、全てではないにしろ、手下の海賊たちもそうでないとは言い切れないのです。


「もし、こんなのが一匹でもあたいたちの拠点(キャンプ)に紛れ込んだら……」


 パーシャの震える声が、わたしたち全員の気持ちを代弁していました。


「それより、その “妖獣” がいるかもしれない複雑な巨大要塞を、これから突破しなけりゃならないんだ。そっちの心配が先だぜ」


 ジグさんが、気持ちを切替えるよう皆をうながしました。

 妖獣……とはまた巧みな表現です。

 獣人でも、幻獣でも、動物でも、不死属でも、魔族でも、巨人でも、植物でもない、まるでSF映画に出てくるエイリアン(妖しい獣)……。


「――かえって好都合だ」


 はめ直した手袋の具合を確かめるアッシュロードさんに、全員の視線が集まりました。

 黒衣の君主(ロード)は、剣帯に吊した大小の双剣と、さらにはベルトに手挟んでいる短刀(ダガー)の点検も続けます。


「それって、どういう……」


「わからないか? その複雑で巨大な要塞が、奴らを閉じ込める格好の “檻” になってるってこった」


 問い直したわたしに、装備の点検を終えたアッシュロードさんが顔を向けました。


「さっき、ちょうど一回目の“静寂(サイレンス)” が切れたとき、見張りのひとりをシメてこの部屋の場所を吐かせたんだが――ついでにいいことも聞き出しておいた」


「「「「「「???」」」」」」


「“イラニスタンの油” の貯蔵庫だ」


 その単語が彼の口から漏れた瞬間、わたしはこの人が脳裏に描いてる光景が、まざまざと見えました。


「――駄目っ!」


 わたしは彼にすがりつきました。


「絶対に駄目っ!」


「お、おい、俺はまだ何も言って――」


「聞かなくてもわかる! あなたとあの油は()()()()()()()()


 この人はこの人は――この要塞ごと、あの妖獣を燃やすつもりなのです!


「なにをそんなに怯えているのかわからんが――これが一番合理的な判断だ、ライスライト」


 アッシュロードさんが鎧にしがみつくわたしに、戸惑い気味に言いました。


「それならわたしも一緒に行きます!」


「ライスライト……」


 ようやくわたしの必死さが通じたのでしょう。

 アッシュロードさんの表情が、真剣なものに改まりました。


「冷静になれ、ライスライト。あの海賊どもがこの要塞に何人いるかはわからないが、全員が妖獣に取って代わられてるわけじゃないだろう。もしかしたらそんな奴はひとりもいなくて、まるまる人間のままかもしれないんだ。そういう奴らを下手したら何百人も焼き殺すんだぞ? こいつは “(グッド)”のおまえには、おまえらには向かない仕事だ」


「……」


 わたしは唇を噛みしめました。

 そんなこと……そんなことはわかっているのです。

 でも、そういうあなたも、元々はその “善”の属性だったではありませんか。

 わたしは、どんな切っ掛け(インシデント)があって、あなたが “(イビル)” に転向したのかは知りません。

 ですが、そうならなければならなかった理由はわかります。

 誰よりも優しいあなたが迷宮で生きていくためには――自分以外の誰かを守るためには、そうするしか、そうなるしかなかったのです。


「それなら……それなら、わたしも一緒に行きます!」


 一緒に行って、一緒に生きて、万が一の場合は一緒に逝きます!


「おまえには大切な仲間がいるだろう。俺と一緒にいておまえまで黒く染まっちまったら、俺は今度こそそこのホビットに “玉” を潰されちまう」


 その微笑はアッシュロードさんのものであって、アッシュロードさんのものではありませんでした。

 その微笑は、その微笑は……彼の……炎の中に消えた彼の……。


「でも……わたしは……あなたの物なんですよ……」


 口から零れる、精一杯の哀願……。


「だからこそだ。どこの阿呆(あほう)が、火事場に自分の大切なもんを持っていくかよ」


 そういってから、『……変こと言わせんな』と、そっぽを向いてしまったアッシュロードさん。


「……」


「……なら、俺が同行しよう」


 言葉を失ってしまったわたしの代わりに進み出たのは、自分を叩き鍛え上げることに人生をかける、若き不屈のドワーフ。


「……俺は善にも悪にも、そんな窮屈なものには縛られない。問題はなかろう」


 唯一人の “カド(DWARF )モフ(FIGHTER)” でした。



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