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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
207/659

宝物★

 ――バンッ!


「召しませ! ホビット自慢の石頭、ここにあり!」


 ドゴッ!


「――見たかぁ! あたいの友だちに変な真似したら、こういう目に遭うんだよ!」


 砲弾のような勢いでアッシュロードさんの……その……股間……に突っ込んだパーシャが、股下に()()()()()()()頭を引き抜いて啖呵を切りました。


 ドタッ!


「……………………」


 悶絶してひっくり返る、アッシュロードさん。

 なんというか……これは酷い。


「……あ」


 ようやく自分が ”致命の一撃(クリティカル)” を与えた相手が誰だったかに気づき、パーシャが口に手を当てました。


「「「「「「……」」」」」」


 再集結するなり、固まって(フリーズして)しまった ”フレンドシップ7”。


「お、おっちゃん?」


 パーシャが恐る恐るK.O.状態のアッシュロードさんをのぞき込みます。

 アッシュロードさんは血の気の引いた顔で、声にならない凄絶な表情を浮かべています。

 呻き声すら漏らせないほど苦しいのでしょう。

 白目を剥いて泡を噴いていないのは、称賛されてしかるべきだと思います……。


「お、おっちゃんが悪いんだからね! こんな状況で誤解されるような真似してれば、当然の結果なんだからね!」


(((((……酷え)))))


 パーシャとアッシュロードさんを除く全員が、胸の中で呟きました。

 呟いたに違いありません。

 アッシュロードさんは倒れていたわたしに、ただ手を差し伸べていただけなのに……。


「だ、だって、おっちゃん、汚いし! みすぼらしいし! 迷宮で出会ったら絶対敵だと思うし!」


 パーシャはあわあわと弁明を重ねますが、こちらもこちらで流石です。

 フィジカルにクリティカルを与えたあとに、メンタルまで殺しにかかっています。


「い、いいじゃない! エバの女の尊厳が守られたのよ! これはやむを得ざる必要最小限の犠牲! 許容範囲内よ!」


「……誰かさんの男の尊厳は粉微塵になったけどな」


「……うっ」


 ジグさんに突っ込まれて、さすがにこれ以上は誤魔化しきれないと思ったのか、パーシャそろりそろりと倒れ伏しているアッシュロードさんをのぞき込み、


「お、おっちゃん……平気か? グ、グミとか食べる?」


 おそるおそる様子を訊ねました。


「パーシャ、無理です。すぐには答えられませんよ」


 わたしは頭を振って嘆息しました。


「あなたも女でしたら ”月のもの” の辛さは知っているでしょう? 男の人が、その……大事なところに打撃を受けた際の苦しみは、あの辛さを大きく上回ると聞きます。出産の際の女の苦しみに次ぐ苦痛だとか」


 これは以前、保健体育の授業で聞いた話です。

 男女の生理の違いを理解するため、それぞれにしかわからない苦しみで、その辛さを推し量ったのです。

 この授業を受けたあと(もちろん男女別でしたが)、クラスの男子と女子の結束はにわかに強まった気がしました。


「げっ!? マジでっ!?」


 マジです。


 と、びっくり仰天青ざめるパーシャに答えると、わたしはアッシュロードさんの()()をのぞき込みました。

 一刻どころか一秒の猶予もありません。


「アッシュロードさん、頑張ってください! すぐにわたしが癒してあげますから!」


 そして()()に優しく手を伸ばします。


「ちょーーーっと、まった!」


 バンバンッ! と見えない手が見えない机を叩きます!


「……フェルさん、今大事なところなので、どうでもよい話ならあとにしてくれませんか?」


 ユラ~リと引きつった笑顔を浮かべて、もはや様式美のようになってきた ”ちょっと待ったコール” を掛けてきた、エルフのオトモダチを振り返ります。


「大事なところ? ()()()()()の間違いじゃないのかしら?」


 般若(オーガ)の形相を浮かべて、フェルさんが言い返します。


「いえ、大事なところです。このままではアッシュロードさんが子供を作れなくなってしまうかもしれないのですから。()()()()()()()これ以上ない大事なところです」


 バンバンッ!


 見えない手で、見えない机を叩くフェルさん!


「それはこっちの言葉! いいからそこをどいて! ()()()はわたしが癒すから!」


「いーえ、これは本妻であるわたしの役目です! そうでない方はお引き取りください!」


「誰が本妻か! 勝手に名乗らないで!」


(((((……また……始まったか)))))


「「ガルルルルルルルルッッッ!!!」」


「~どっちでもいいから、早く治してやれよ。そうじゃないと、おっさん本当に子作りできなくなっちまうぞ」


「「――はっ!?」」


 ジグさんの言葉に、ハッとするわたしと恋敵(ライバル)


「しかたありません。状況が状況です。まことに不本意ですが、フェルさんも手伝ってください」


「手伝うのはあなたの方よ、エバ。でも、これ以上の時間の浪費は、わたしの将来設計に関わるわ。力を貸してちょうだい」


 そうして、まことに不本意ながら、わたしはフェルさんと悶絶しているアッシュロードさんの治療を始めました。


◆◇◆


 エバとフェリリルが、ふたりして熱心にアッシュロードの股間に祈りを捧げているとき、他の四人は部屋を調べていた。

 まず目についたのは、エバとアッシュロードが倒した ”物体(THE THING)” の死体だが、これについては近づく気にもならず、かといって遠巻きに眺めていたところで何がわかるでもなく、すぐに他に目を向けた。


「――あったぞ!」


 部屋の片隅を調べていたレットから声が上がった。

 すべての戦利品は、まず首領(ハイ・コルセア)の元に集められる決まりになっていたのだろう。

 取り上げられた彼らの装備が、壁際に積み上げられていたのを見つけたのだ。


「お、助かったぜ!」


 ジグが喜色を浮かべて、床から自分の装備を取り上げた。


「武器はともかく、商売道具(シーブスツール)迷宮(ここ)じゃ手にはいらねえだろうからな」


 これで普段どおり盗賊としての技能を発揮できる。

 レットとカドモフも、手にしていた舶刀(カットラス)を放り捨てて、使い慣れた直剣を手に取った。

 海賊どもから奪った武器だが、曲剣は慣れぬ彼らには扱いづらかったのだ。


「ドワーフが曲刀なんて聞いたことがねえからな」


「……俺たちは厚く頑丈な鎧を好むからな。海賊どもが使うような剣では効果が望めぬのだ」


 笑いかけてきたジグに、カドモフがクソ真面目に頷いてみせる。


「ねぇ、それならこれなんてどう?」


 パーシャの声が、盗賊とドワーフのやり取りに割って入ってきた。

 ふたりが顔を向けると、ホビットの少女は反対側の壁際に立って、自分の頭よりずっと高い位置を見上げていた。


「ドワーフっていったら、曲刀はもちろん直剣よりもこれでしょ」


 パーシャが見上げていたのは剥き出しの煉瓦造りの内壁に、極彩色の目の痛くなるようなタペストリーと一緒に飾られていた剣と――そして斧だった。


「飾り物じゃないのか? ――いや、違うな」


 近寄りながら、ジグはすぐに訂正した。

 離れていてもわかる、本物の武具が放つ気配。

 あのボッタクリの店で、幾度となく感じてきた鉄の気配である。


「どれ、俺がとってやる」


 ×の字に飾られた直剣と斧のうち、斧の方に手を延ばすジグ。


「の、呪われてない?」


「装備しなけりゃ大丈夫だ」


 ”呪われた品” なら、呪いが効果を発揮し出すまで握り続けていなければ大丈夫なはずだ。

 手に取るとズッシリとした重みが伝わってきた。


「そら」


「……うむ」


 盗賊から斧を受け取るドワーフ。

 それは両刃の斧(バタフライ・アクス)で、紛れもなく戦のために鍛えられた逸品だった。


「どうだ?」


 カドモフが受け取った ”戦斧(バトルアクス)” の感触を確かめる。


「……悪くない」


「あっちの迷宮じゃ、斧は出ないからね」


 パーシャの言葉は真実だった。

 理由は不明だが、”紫衣の魔女の迷宮” では戦斧のどころか手斧の類いも発見されなかった。

 斧を装備した ”戦士(ファイター)” たちはいたが、どれも手にしているのは普及品ばかりで、魔剣が手に入る迷宮で強いて装備する理由はなかった。

 迷宮の七不思議?のひとつだ。


「戦利品だ。持って帰って宰相閣下に鑑定してもらおうぜ。運が良ければ魔法の品かもしれねえしな――レットはこっちだ」


 そういうと、ジグはもう片方の直剣をレットに放ってやった。

 カドモフは背に戦斧を括り付けている。


「軽いな」


 レットは受け取った剣の軽さにまず驚いた。

 それは今使っている普及品の(ロングソード)と同程度の刃渡りだったが、刀身の幅がかなり広めの ”段平(ブロードソード)” だった。


「だろ? 魔剣の可能性が高いぜ」


 パーティのうち魔法の武具を所持しているのは、”火の七日間” の終盤にトリニティ・レインから装備一式を譲られたエバだけである。

 いよいよ ”フレンドシップ7” の戦士も、魔法の武器を手に入れたのかもしれない。

 さらに短剣(ショートソード)が一本見つかり、これはジグが持った。


短刀(ダガー)は、 短刀はない!?」


「ここにはねえみてだなぁ」


「ちぇっ、ちぇっ、ちぇっ!」


「おまえは魔術師だろうが。もっと他のもん欲しがれよ」


「あたいは魔術師である前にホビットなの! ホビットと短刀は ”ドワーフと髭” なの!」


「……さよけ」


 プンスカ! と憤懣やるかたないホビットから盗賊がウンザリと視線を外したとき、彼女の背後にユラリ……と黒い影が立った。


「……がきんちょ」


「ひっ!?」


 その低く殺気の籠もった声に、思わずパーシャが飛び上がる。


「お、おっちゃん、気がついたんだ……よ、よかったね」


 うははは……と、背後に立ったアッシュロードを振り返り、強ばった笑顔を向けるパーシャ。


「……俺にとってはな。だがおまえにとっては、よくねえだろうな」


「ど、どういう意味?」


「知りたいか? それは――」


「そ、それは?」


「それは」


「ゴクッ、それは――」


「それは今から、俺がおまえを〆るからだ! 今度という今度は許さねえぞ、このがきちょがぁ!」


 アッシュロードは猛然とパーシャに掴みかかると、宙空高く持ち上げた。


「ぎゃー! ごめん! おっちゃん! 悪気はなかったんだよ! 不可抗力! 不可抗力!」


「うるせえ! ごめんですめば、衛兵はいらねえんだ!」


「きゃー! 犯される! 犯される!」


 普段迷宮でだけは冷静なアッシュロードだが、男の尊厳を砕かれかけては頭に血が上るのもやむを得ない。

 ”悪の鎧(イビル・アーマー)” の+4の()()()がなければ、本当に不能になっていたところだ。

 パーシャも両手足をこれでもかと暴れさせて、必死の抵抗を試みる。

 ふたりが要塞中の敵を呼び寄せてしまう前に、レットは止めに入っ――。


 ゴトッ……!


 部屋の片隅でした物音に、一瞬でアッシュロードとパーシャが手練れの迷宮探索者の顔に戻る。

 だがその古強者の冷静な顔が、見る見る驚愕と嫌悪に歪んだ。

 物音の発生源は壁際に転がっている、彼自身が切り飛ばした首領(ハイ・コルセア)の頭だった。

 ただし、それはもはやただの頭ではなかった。

 顔を逆さまにしたままの生首から()()()()のような六本の足がつきだし、そればかりか二本の()()()()()()()じみた目玉までもが、ニョッキリと生えたのだ。


「……こいつは何の冗談だ?」


 ホビットを顔の横に抱えたまま、アッシュロードの口から激しい嫌悪感が言葉となって漏れる。

 凍りつく全員の視線の先で、カサカサと動き出した ”頭蜘蛛(ヘッドスパイダー)” が、『クェーー』と一声鳴いて(挨拶して)みせた。


挿絵(By みてみん)

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