尋問★
「……おまえたちは何者だ? どこからきた?」
足元で伏せている犬の頭を撫でながら、私掠船団の首領が、一欠片の感情も籠もらない声で訊ねました。
本当に……感情がないのです。
“冷徹” だって感情であり、性格です。
この男には、それすらもありません。
完全な “虚無” ……本当の意味での無表情。
これに比べたら、能面の方がまだ見方によっては感情を見て取ることができます。
背後に立つ海賊船の船長のひとりが目配せして、護衛にレットさんの猿轡を外させました。
立ち振る舞いから、わたしたちのリーダーであることを見抜いたようです。
「……地底湖の畔に、おまえたちの仲間が大勢いることは知っている。答えろ。おまえたちは何者で、どこからきた?」
首領が、再び抑揚のない声で問い質しました。
「俺たちは、“大アカシニア神聖統一帝国” から “リーンガミル聖王国” に派遣された親善訪問団の一員で、彼らを護衛する探索者――冒険者のパーティだ」
嘘は述べず、しかし核心はぼかした答えを返す、レットさん。
「……大アカシニアが、なぜリーンガミルに使節を送る?」
「親善訪問という建前らしいが、なにか交渉事があるらしい。俺たちは下っ端役人の護衛に雇われただけのヤクザ稼業だ。詳しいことは知るよしもない」
「……そのヤクザ稼業のおまえたちが、なぜコソコソと我らのアジトを嗅ぎ回っている?」
「ヤクザ稼業だからさ。俺たちは元々迷宮探索者だ。突然、訪問団まるまるこんな地下迷宮に召喚されて、出口を探してこいって命じられたのさ」
「……その訪問団とやらは、全部で何人いる?」
「詳しいことはわからないが、確か二〇〇〇人くらいのはずだ」
「……そのうち、武装している者は?」
「二個中隊の近衛騎士が護衛についている。騎士の従士もいれれば、一〇〇〇人ぐらいだろう」
雇い主への忠誠心などない――ような素振りで、レットさんがシレッと訪問団の戦力を過大に伝えています。
それからまたいくつか質問がなされましたが、レットさんは、知らない、わからない、下っ端だから――で、すべて通しました。
「……」
首領はレットさんを色のない表情で見つめています。
何かを思案しているのでしょうが、胸の内をうかがい知ることはまったくできません。
わたしたちの風体を見れば、ただの探索者でしかないことは一目瞭然です。
レットさんの受け答えに、綻びはないはず。
ですが……なんなのでしょうか、この見えない触手で肌をなぞられているような、おぞましさは。
首領は黙したまま、わたしを見つめています。
レットさんを見つめているはずなのですが、その視線は確かにわたしを、いえ、わたしたち個々人を見ているはずです。
複眼を持つ昆虫が、まるでそれぞれの目で別の獲物を観察しているような……そんな気味の悪さを覚えます。
結局、尋問はそれで終わりました。
わたしたちはまたズタ袋を被されて、部屋の外へと連れ出されました……。
机の下に伏せていた犬が……わたしを見ていました。
・
・
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後ろ手にキツく縛られたまま、背中を小突かれ小突かれ、時につまづきながら、要塞の内部を歩かされます。
長く、長く歩かされた気がします……。
やがて隊列が止まり、わたしは前を歩いているカドモフさんにぶつかり、背中にはパーシャの顔がぶつかりました。
……ガチャ、
施錠が解かれる音がして、手入れの行き届いていない錆びた鉄扉か鉄格子が開く音がしました。
どうやら、ここが終着点……海賊たちの牢獄のようです。
ドンッと乱暴に、おそらくは牢屋の中に突き倒されました。
膝を石畳に強く打ち付け、麻の袋の内側で顔が苦痛に歪みます。
わたしたちは、ズタ袋を取ることも許されなかったのです。
仲間たちも、押され、蹴倒されて、わたしの横に、あるいは上に、転がされました。
ガシャンッ――ガチャッ、ガチャッ!
大慌てで扉を閉め鍵を掛けると、牢番と思われる海賊が牢屋から駈け去ります。
(そうまでしてわたしたちを怖れるのは、やっぱりあいつらの仲間だと思われているから?)
わたしは猿轡を噛まされたまま “痛たたた” ……と表情だけで呻くと、頭の片隅で考えました。
そして、それよりも何よりも、今は――息苦しくてたまりません!
いくら目の粗い麻袋でも、口呼吸ができない今の状況では拷問と変りません!
このままでは窒息してしまいます!
どうにか頭に被された袋を外そうともがきますが、後ろ手に手を縛られた状態ではどうにもなりません!
く、苦しい――!
周りでは、仲間たちがやはり足掻いているのがわかります!
わたしは壁に袋ごと顔を擦りつけて、なんとか “ずらす” だけでもと頑張りましたが、上手く行きません!
激しくもがいたせいで余計に酸素が足りなくなり、頭痛が、こめかみが激しく痛み出しました!
だ、駄目――アッシュロードさん!
その時、ガチャッ! と鍵が外され、再度錆びた鉄格子が開く音がして、誰かがわたしの肩を掴みました!
◆◇◆
アッシュロードの “悪巧み” は、ひとまず上手くいった。
彼は見張りの海賊たちに気づかれることなく、要塞内への侵入に成功した。
(しかし、こいつは……)
元探索者の現迷宮保険屋は、舌を巻いた。
規模の壮大さといい構造の複雑さといい、つい先日彼が “紫衣の魔女の迷宮” で築いた防壁など比べるべくもない、紛れもない巨大建造物だ。
しかも、建造時期にバラつきがある。
古いところは一〇〇年以上前。
新しい箇所は、ほんの数日前に造られたかのようだった。
建て増しを繰返し、今もなお強化がなされているのだ。
(“アバナシアの群島の海賊” は、群島ではなくここを根城にしてたのか?)
リーンガミル海軍の多年にもわたる努力にもかかわらず、アバナシアの海賊は依然としてその強大な勢力を保っている。
根拠地とされている “アバナシア群島” にも、幾度となく攻略軍が送り込まれたと聞くが、撲滅にはほど遠い状況だ。
だがそれも、ここが本当の根拠地ならうなずける。
“ヒドラ” はいくら首を切り落とそうと、最後の一本が残っている限り、すぐに復活するものなのだ。
アッシュロードは複雑極まる要塞内部を、慎重かつ大胆に進み、目的のパーティを探した。
“探霊” の加護によれば、この要塞のどこかにいるはずなのだ。
だが、年若な探索者たちを見つけられないまま、時間だけがジリジリと消費されていく……。
急がなければ、“悪巧み” の効果が切れる。
そうなれば彼は敵中で孤立し、身動きがとれなくなってしまう。
アッシュロードが焦りを感じ始めたとき、ようやく発見できた。
黒衣の男はその肩に手を伸ばした。
◆◇◆
ズボッ! とまたも乱暴に、頭からズタ袋が引き剥がされました。
蜜蝋の弱々しい光が点るそこは、先ほどのパーティが連れてこられた私掠船団の首領の部屋でした。
机の向こう側には、変わらずに無機質な表情を浮かべたあの首領が座っています。
今ここにいるのは、わたしひとりです……。
今度はひとりずつ尋問するつもりでしょうか?
それとも……。
囚われて以来抑えつけていた恐怖が膨れあがり、わたしは震えました。
どうしても、かつての親友の姿が浮かんでしまいます。
ついに、ついに、わたしにもその時が来てしまったのでしょうか。
ズタ袋に続いて猿轡と手枷が外されました。
「――ぷはっ! はぁ、はぁ、はぁ!」
わたしは一瞬、おぞましい恐怖すらも忘れて、喘ぎました。
肺が大量の酸素を求めて、何度も何度も埃臭い空気を吸い込みます。
新鮮とはほど遠い澱んだ空気ですが、それでも徐々に頭痛は治まってきました。
「……はぁ、はぁ」
わたしは乱れた息遣いのまま、豪奢な机を挟んで向かい合う首領を睨みました。
首領が目配せし、幹部である “海賊船の船長” たちや、“護衛” である褐色の肌をした手下たちが退室します。
部屋に残されたのは、首領とわたしだけです
「……加護は願うな。願えば殺す」
首領が、やはり一欠片の感情も籠もっていない声で忠告しました。
加護を願ったら殺す? この距離で?
飛道具……飛閃刀の類いでしょうか。
それとも、呪文?
どちらにせよ、相手の選択肢が不明な以上、安易に祝詞を唱えることはできません。
「……わたしに、なんの用ですか?」
それでも慎重に間合いを計りながら、一番効果的な、一番詠唱の短い加護を探りながら、答えます。
「……おまえは何者だ?」
「……え?」
「……おまえは他の者たちとは違う。おまえは何者だ?」
淡々と、機械のように訊ねる首領。
(……この人、わたしが “聖女” …… “転移者” だって気づいてる?)
どこまで……どこまで、答えてよいのでしょうか。
わたしは自分の中にある、この世界についての知識を引っかき回しました。
そして……。
「……わ、わたしは、この世界の人たちが言うところの “転移者” です」
わたしは “聖女” の恩寵を授かっていることは隠し、この世界の一般的な知識である “転移者” であることだけを打ち明けました。
「…… “転移者”……その言葉は知っている……この世界とは別の世界から来た人間のことだ」
「……え、ええ、そのとおりです」
「……その世界とはどういう世界だ? この世界とはどこが違う?」
海賊の首領は、変ることなく機械的に訊ねてきます。
それでいて、その瞳には未知の世界に対する興味も、知識欲も、もちろん女への欲望もありません。
まったくの “虚無” です。
わたしはこの男の違和感の正体を探るために、そして何より時間を稼ぐために、思いつく限りの “自分が生まれた世界” の話をしました。
男はときおり質問をはさみながら、話を聞いています。
驚きもなければ、興奮もない。
ただ話を聞いている……。
まるで底の抜けたバケツに水を汲んでいるような、徒労感を覚えます……。
「――宇宙船? 宇宙船とはなんだ?」
話題がアメリカの初期の宇宙開発になったとき、首領の男が初めて目に見えた反応を示しました。
“フレンドシップ7” つながりで、隼人くんから聞かされた “マーキュリー計画” の話です。
「う、宇宙船というのはですね、空よりも高く飛んで、あの宇宙――星の世界に行ける船です」
突然の男の変化に、わたしは若干狼狽えながら説明します。
そ、それは確かに、この世界の人にとっては女神様の奇跡のような話でしょうが、なぜこの話題にだけそんな反応を示すのですか?
「……宇宙……星の世界……行ける船……」
男は口の中で小さく反芻しています。
「……興味深い」
ガタッ、
すると突然男が立ち上がり、大きな机を回ってわたしに近づいてきました!
「い、いや、来ないで! 慈母なる女――かはっ!?」
わたしが怖れおののき、咄嗟に “棘縛” の加護を嘆願したとき、何かが喉に巻き付いて祝詞の詠唱を止めました。
「……な、なに……?」
気道を塞がれた苦しさに顔を歪ませながら、男を見ました。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
今度は……比喩ではありません!
男の身体から細く長い触手が何本も突き出して、それが威嚇するような風切り音を上げて部屋の濁った空気を切り裂いています!
「……な、なんなのです……かっ!!?」
首に絡みついている触手がますます強く食い込み、わたしは倒れ伏して喉を掻きむしりました!
「……興味深い……星の世界に行ける船……もっと知りたい……」
男は側までくると、足元でもがき苦しむわたしを見下ろして、
「……よかろう……ひとつにしてやる」
再び色の無い瞳で言いました。
そして直後、男の顔面がパックリと割れたのです。







