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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
200/659

正体★

 掘建て小屋(バラック)方面へ逃れるため、息せき切って走り続けるわたしたちの前に、退路である扉の前に立ち塞がった何十人もの男たちが姿が映りました。


 ――やっぱり!


 地下の大要塞を拠点とする第二の勢力は、やはり反対方向から別働隊を回り込ませていたのです。

 褐色の肌をした半裸の大男たち。

 それよりも細身ですが、充分逞しいターバンと緑色の胴着を身に付けた、船員風の男たち。

 どの男の手にも曲刀が――船上での戦いや帆船の綱を切るのに使う舶刀(カットラス)が握られています。


 帆船(ガリオン船)の船員――ガリアン?


 そうだとするなら、やはりこの男たちは。


「――レット、もう無理だ! やるしかねえ!」


 ジグさんが怒鳴ります。

 こうなってしまっては、もう手加減も躊躇(ちゅうちょ)もしてはいられません。

 好むと好まざるとにかかわらず、自衛のためにわたしたちはこの男たちと、この謎の勢力と干戈(かんか)を交えなければならなくなってしまったのです。


「わかってる! ――パーシャ!  “滅消(ディストラクション)” だ!」


 レットさんが剣と盾を構えながら、背中越しにパーシャに怒鳴ります。

 人間魔物を問わず、”ネームド《レベル8》に達していないあらゆる生物を一瞬で 塵にする、 広範囲(複数グループ)攻撃呪文。

 わたしたちの切り札にして、この窮地からの逆転の一手です。

 パーシャがこの呪文を唱えれば、眼前に立ち塞がっている男たちは、ひとり残らず消え去ってしまうでしょう。

 しかし、いつもなら決め台詞の口上のあとに、神懸った速さで詠唱される呪文が聞こえません。

 わたしはギョッとして後ろを振り返りました。

 もしかして、いつの間にかパーシャとはぐれてしまったのではないかと思ったのです。

 ですが、パーシャはいました。

 振り向いたわたしを、泣きそうな顔で見上げています。


(……どうしたのです、パーシャ! 早く呪文を!)


 その問いかけは、声にはなりませんでした。

 そして、わたしは気づきました。

 なぜ探索者随一の詠唱速度を誇るこのホビットの魔術師が、この窮状に手をこまねいていたのか。

 なぜ、神速の詠唱を音に聞かせなかったのか。

 わたしたちの周囲から、音という音が消えてしまっていました。

 わたしたちは、すんでの所で魔法を封じられてしまっていたのです!


(“静寂(サイレンス)” の加護! ――聖職者がいるのですか!?)


 発声を封じられてしまったわたしは、無音の悲鳴をあげて再度正面の男たちに振り返りました。


挿絵(By みてみん)


 褐色の肌の半裸の大男や、ターバン&緑色の胴着姿の男たちに混じって、長く白い髭を伸ばしたやはりターバンを巻いた老人の姿が見えました。

 わたしたちは無言のまま、ジリジリと壁際に後ずさりました。

 肌が触れているのに、お互いの息遣いすらも聞こえません。


(レットさん、どうするのです!? 突撃して血路を開くのですか!?)


 そうはいっても、相手は少なく見積もっても五〇人以上います。

 魔法――それも “滅消” や “対滅” のような、複数の集団(グループ)を一度に相手にできる広範囲攻撃魔法がなければ、とても突破できそうにありません。

 わたしは血が滲むほど唇を噛みました。


 ……わたしたちは、驕っていたのでしょうか。思い上がっていたのでしょうか。

 ネームド(名の知れた探索者)となり、レベルも二桁に達し、 多少手強くても未知の迷宮の初見の魔物を一蹴して……。

 驕りや油断があったのでしょうか……。


 魔法を封じられ、十重二十重に取り囲まれても、レットさんは武器を手放しませんでした。

 当然です。

 武器を手放し降伏の意思を示した瞬間、群がり寄られて、男は切り刻まれ、女は押し倒されて死よりも過酷な苦しみを味わうのです。

 あの時、以前の親友が味わったような……。


 その時、()()()()のある臭いが多大酔いました。


 あの街外れの荒野で嗅いだ、そして心の迷図で嗅いだ臭い。

 人垣の間だから船員姿の男たちが、大樽に入った()()()()を持って現われました。


(――“イラニスタンの油” !)


 さらには火の着いた松明までも。


(まさか、焼き殺そうというのですか!?)


 わたしは――レットさんも、ジグさんも、カドモフさんも、パーシャも、フェルさんも、その余りにも残酷で非道な行為に恐怖し、打ち震えました。

 すでに勝敗は決したというのに、人を生きたまま大量の油で焼き殺そうというのです。

 異常でした。

 あまりにも異常な振る舞いでした。

 そして何よりも異常だったのは、今まさに焼き殺されようとしているわたしたちよりも、油と火を手ににじり寄る男たちの方が、さらに恐怖で顔を歪めていることでした。


◆◇◆


 ドーラ・ドラが近衛の騎士やその従士を連れて、湖岸拠点(キャンプ)南西の玄室に着いたとき、そこは濃密な血の臭いで充ちていた。

 三匹の巨大な “大蛇(アナコンダ)” と、さらに彼女が離れたときにはなかった五人の人間と思しき男たちの死体。

 全員がかつては白かったであろう薄汚れたターバンと、緑色の袖なし胴着を着込んでいて、手に舶刀を握ったまま自らの血だまりの中に沈んでいた。


「……こいつはいったい、どういうことだい?」


 リーンガミルの現役の公儀隠密であるドーラには、すぐにその正体がわかった。

 リーンガミル聖王国の沖合に浮かぶ “アバナシア群島”を拠点に、近海を荒らし回る略奪者集団―― “海賊(コルセア)


(……うさん臭い迷宮だとは思ってたけど、こりゃ是が非でも抜けだして報告しないとね)


 “海賊”の跋扈は、リーガミルの王宮が長年頭を痛めている問題である。

 それがどういうわけか、こんな岩山の中の地下迷宮にいる――いた。

 理由を突き止めて、本国に報告しなければならない。

 また仕事が増えた。

 ドーラはひとまず、引き連れてきた人数に “大蛇” を拠点に運ぶように命じた。

 それから、玄室南東の扉に視線を向ける。

 海賊たちを一太刀で冥府に送った男の姿は、当然のようにここにはない。


(あの娘になにかあって、久しぶりに “保険屋” 稼業に戻ったのかい、アッシュ。それとも……)


 マスターくノ一は自分に課せられた最重要の任務を果たすべく、男の足跡を追った。



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