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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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壕の怪物★

挿絵(By みてみん)


 ザバァァ!


 突然、黒々と澱んでいた壕の水が小山のように盛り上がると、中から巨大な影が現われました。

 崩れ落ちてきた大量の水が、まるで滝さながらにわたしたちの上に降り注ぎ、一瞬で濡れ鼠に仕立て上げます。


「――GuHOoooooッッッ!」


 水煙の中の影が、甲高さと野太さのない交ぜになった咆哮を上げました。

 肌を振るわすほどの大咆哮。

 それは巨大で長大な、水獣――海獣でした。


「―― “海竜(シー・サーペント)” か!?」


 レットさんが剣と盾を両手に、身構えます。

 “海竜” これが!?

 わたしは初めて見る “巨大な怪物(モート・モンスター)” に、圧倒される思いでした。

 水面から出ている部位だけで、要塞の防壁と同じくらいの高さがあります。

 先ほど遭遇した “大ナメクジジャイアント・スラッグ” が、可愛く見えるほどの迫力です。


「なんてもん飼ってやがる!」


 短剣を逆手に、ジグさんが毒突きました。


「……番犬か」


 腰を落としたカドモフさんの言うとおりです。

 この怪物が番犬のように壕を遊弋(ゆうよく)しているからこそ、要塞に潜んでいる()()かは、わたしたちが近づいてきてもなんの反応も示さなかったのでしょう。

 ジッと息を潜めて、この海獣に侵入者(わたしたち)が食べられてしまうのを待っていたのです。

 しかも一匹だけではありません。

 次から次に水面が盛り上がり、巨大な水柱の中から別の “海竜” たちが姿を現しました。

 その数、実に八匹。


「――明かりをくれ!」


 ジグさんが後衛に向けて叫びました。


「「今は駄目っ!」」


 フェルさんとわたしが、同時に答えます。

 どうやら、フェルさんも同じ考えのようです。

 今は水煙が辺りを覆っています。

 ここで “光” の加護を嘆願したら、乱反射をおこして逆にこちらの目が眩んでしまうでしょう。

 濃霧の中で、車のヘッドライトをハイビームにするようなものです。


「任かせて!」


 背中で小さな友だちの大きな声が響きます。


「音に聞け! ホビット神速の詠唱、いざ唱えん! ―― “凍波(ブリザード)” !」


 まさしく神速の詠唱です!

 口上を叫んだ次の瞬間には呪文が完成し、パーシャの両手から真っ白な冷気が放たれ、八匹のうち近くにいる五匹を包み込みました。

 魔術師系第四位階に属する冷凍系攻撃呪文、“凍破” です。

 魔術師が覚える最初の冷凍系呪文ですが、その威力は火炎系の最上位呪文 “焔嵐(ファイア・ストーム)” に匹敵します。

 より上位の “氷嵐(アイス・ストーム)” と違って、吹き荒ぶ無数の氷刃による裂傷(ダメージ)までは期待できませんが、すでに両者を修得している彼女がこちらを選んだ以上、この呪文で充分と判断したのでしょう。


 そして、そのとおりでした。

 パーシャが放った冷気の奔流は、水霧を細氷(ダイヤモンドダスト)に変えながら突き進み、“海竜” たちに到達するや否や一瞬で濡れた巨体を凍結させました。

 壕の水面にそそり立つ、五体の巨大な氷像。

 五匹まとめて――全滅です。


「うへぇ!」


 呻いたのは、パーシャではなく身震いしたジグさんでした。

 崩れ落ちた水柱でずぶ濡れになっていたところに、この猛烈な冷気です。

 寒さに身を震わせてもおかしくはないでしょう。

 実際ものすごく寒いです、パーシャ!


「使うなら、炎の魔法にしろ!」


「水で濡れてる相手に、そんな馬鹿な真似する魔術師がいるかぁ!」


「エバ!」


「はいっ!」


 ボケとツッコミを演じる “フレンドシップ7” の名コンビを尻目に、フェルさんがわたしをうながしました。

 残る海獣は三匹。

 新手が現われる前に、ここで一気に押し切ります!


「「慈母なる “ニルダニス” よ。か弱き子に仇なす者らに戒めを―― “棘縛(ソーン・ホールド)” !」」


 重ね駆け(ユニゾン)で嘆願された(いばら)の加護が、こちらに向かって壕を突き進み、牙を剥いて頭を振り下ろしてきた残りの “海竜” を絡め取りました。

 不可視の棘が、ときおり雷光に煌めくようにその巨体に絡みついているのが浮かび上がります。


「今です!」「今よ!」


 ふたりの僧侶(プリーステス)が叫ぶよりも早く、前衛の三人はそれぞれの目標に向かって斬り掛かっていました。


「――っっっっ!!!」


 言葉にならない気合いで、レットさんが巨木のような “海竜” の胴を真一文字に切り裂いたかと思えば、


「……ふんっ!」


 と()()一発、カドモフさんが海獣の巨大な腹の半ば以上を一刀で断ち割りました。


「たりゃーーーーーっっっ!!!」


 〆はジグさんです。

 自分に向かって振り下ろされたまま硬直している “海竜” の頭に向かって跳躍し、その頭頂部に鍔元まで短剣(ショートソード) を突き刺しました。

 そして手練の早業でさらに二回、深々と脳髄を(えぐ)ります。


 もう鼓膜を破るような咆哮は聞こえません。

 辺りを充たしているのは、暗闇と、静寂と、身を切るような冷たさだけです。

 わたしたちは、かすり傷ひとつ負うことなく、八匹物巨大な海獣を屠ったのですした。

 確かに “巨大な怪物(モート・モンスター)” は凶悪な怪物かもしれません。

 しかし強さとはすべて相対的なものなのです。

 レベル10に達したわたしたちには、充分余裕を持って戦える相手だったのです。


「見たか! これがあたいたち “フレンドシップ7”の実力だよ!」


 しかしパーシャその雄叫びが呼び水になったのか、壕の奥に聳える大要塞がこれまでとは打って変わって騒がしくなりました。

 大勢の人間が走り回っている音――気配!

 それも一〇人やそこらではありません!

 もっと大勢、五〇――いえ一〇〇人規模の騒々しさです!


「レットさん!」


「ああ、撤退した方がよさそうだ」


 顔色を変えたわたしに、レットさんが同意したとき、


 ギイイイイイイイッッ!!!


 盛大にして耳障りな音を立てて、要塞の二つの城門が開きました!

 そして中から大挙して現われた、曲刀を手にした薄汚れた半裸の大男たち!


「――逃げて!」


 これはいくらなんでも――多勢に無勢です!



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