要塞
「あれは……いったいなんなの?」
フェルさんが広大な地下空間を圧するように築かれた建造物を見て、囁きました。
声が少し震えています。
「砦……いや、そんなチャチなもんじゃねえな。ありゃ、もう城塞――要塞だ」
「さっきの船乗りモドキのねぐら?」
「断定はできないが、おそらくそうだろう」
ジグさん、パーシャ、そしてレットさんが小声で会話を交わします。
カドモフさんは抜き身を手に、黙然と眼前の巨大建造物を睨んでいます。
『――あれは目立ちすぎる。フルパーティならいざ知らず、小数で行動するときには不向きだ』
突然アッシュロードさんの声が頭に響いて、わたしは “永光”の光を消しました。
みんながハッとこちらを見ます。
「目立ちすぎますから」
扉の陰に隠れているとはいえ、光が漏れるのは間違いありません。
「よく気づいてくれた」
レットさんに褒められて、わたしは暗闇の中で顔を赤らめました。
あの人に感謝です。
今のわたしたちはフル編成のパーティですが、あの要塞に潜んでいるだろう存在に比べたら、小数そのものなのですから。
「……どうする? チラ見した感じだと、さっきの掘建て小屋と違って朽ちちゃいねえ。あれだけの要塞を整備してるってことは相当な人数がいるぞ」
このまま探索を――偵察を続けるか、それとも一度報告に戻るか。
ジグさんは、レットさんに決断を求めているのです。
「今戻ったところで “子供のお使い” だ。どうせ、俺たちの存在は知られてしまった。なら、相手の戦力ぐらいは把握しておきたい」
「……威力偵察か」
「場合によってはな」
威力偵察とは、戦力の未知数の敵に攻撃を加えることで、その反撃力を測ることを言います。
場合によっては(相手が “友好的ではない” ときは )、 一当てして戦力を確かめようというのでしょう。
「まずは “友好的” かどうか、確かめましょう」
わたしの意見にレットさんがうなずき、決断が下されました。
「探索を続ける。だがこちらからは攻撃するな。地下で正体不明の勢力と戦端を開きたくない」
皆が了解し、ジグさんを先頭に扉の陰から出ました。
要塞は迷宮の天上近くにまで達する高い壁で囲まれていて、さらにその周囲には幅広の “壕” が巡らされています。
中に大勢の人がいて、すでに先ほどの男の人が知らせてしまったとすれば、もっと蜂の巣を突いたような騒ぎになっている気がしますが……地下の城塞は静まりかえっていました。
それが……逆に不気味です。
すぐ目の前に、おそらく要塞の四隅に築かれた防御塔がそびえています。
北と南に行くことができますが、レットさんは北を指差しました。
(……滑るぞ。素っ転んで壕に落ちるなよ)
(……もう、気持ち悪いなぁ。なんでこんなにビショビショなのさ)
ジグさんが仲間にだけ伝わる小さな声で、警告を発しました。
転落しないように壕からは充分に距離を取っているのですが、なぜか所々に水溜まりができていて、靴を履くことのないパーシャが不快がります。
天井から滴り落ちた雫が溜ったのでしょうか?
要塞の周囲の地面は、まるで土砂降りのあとの凸凹道のようです。
それにしても……。
わたしは首筋を伝う汗を、僧衣の袖で拭いました。
なんという湿度でしょう……。
体力と集中力が、ジワジワと削られていくのがわかります。
加護も呪文もほとんど消費していないのに、まるで “ガンガン行こうぜ” のあとのような疲労感です。
そして、おそらくはそのせいでしょう。
わたしたちは壕に潜む危険に気づかないまま、さらに “要塞区域” の奥へと足を踏み入れてしまったのです。
区画のつなぎ目に群生する光蘚のぼやけた発光を頼りに、わたしたちは要塞の周囲を偵察します。
久しぶりの “線画迷宮” です。
『――明かりに頼りすぎるな。探索では “加護” どころか角灯や松明すら尽きることがある。この状況で切った張ったができないのなら遅かれ早かれそいつは死ぬ』
本当ですね。
何から何まで、あの人の言うとおりです。
北に二区画進んだところで、煉瓦造りの内壁に行く手を塞がれました。
東も同じく内壁です。
わたしたちは直角に左に折れて、西に向かいました。
要塞の北面の防壁を左手に見ながら、さらに真っ直ぐ、真っ直ぐ、進みます。
八メートルはある高い防壁には、ところどころかがり火が焚かれていましたが、その明かりの中に見張りの影は見えませんでした。
明らかに異常です。
ですが、そんなことはパーティの誰もが理解しています。
わたしたちの役目は、その異常の理由を調べることにあるのです。
ここで引き返すわけにはいきません。
すでに次元連結によって、わたしたちは北西 区域から北東区域に移動していました。
歩けども歩けども、 突き当たりの壁に行き着きません。
もしかして、次元連結か転移に気づかず、永久回廊を歩いている?
わたしは後ろを振り返りました。
隊列の五番手。羊皮紙を広げてマッピングをしていたパーシャが、顔を上げて頭を振りました。
どうやらただ長大なだけの防壁のようです。
それから、歩き続けること一四区画。
ようやく突き当たりの西の内壁に辿り着きました。
要塞の防壁は、ここからさらに南に続きます。
「……なんて大きさなのよ。地下の迷宮に、こんなのいったい誰が築いたっていうのよ」
西の内壁の前で、パーシャが呟きました。
「……いろいろと想像はできますが、断定するにはまだ情報が足りません」
わたしはパーシャと言うより、自分を戒めるつもりで答えました。
想像力は迷宮でなによりも大切な能力ですが、同時に “思い込み” にもつながります。
そして思い込みは、知らず知らずのうちにもっとも危険な、希望的観測につながるのです。
だから、わたしは自分の中にある想像をまだ口にはしませんでした。
あの “船乗り” の格好をした男性。
そしてこの土地の近海には……。
「南に」
パーシャが羊皮紙への描き込みを終えると、レットさんが前進を指示しました。
巨大な要塞とその防壁に見下ろされながら、わたしたちはさらに進みます。
そして五区画ほど南下し要塞をほぼ半周したころ、視界に巨大な扉――城門が見えてきました。
「……あの大きさ、どうやら正門らしいな」
ジグさんが呟きに答えたのは、珍しくカドモフさんでした。
「……やっかいな造りだ」
「……なにが?」
「……わからんか? あの城門は扉が二つ並んでいる」
聞き返したパーシャに、カドモフさんが城門を睨んだまま説明します。
「……十中八九、あの中は複雑な構造の隘路だ。入ったはいいが頭の上から雨あられと矢や石つぶてが飛んでくるだろう。扉がふたつあるのは、侵入側の戦力を分散させるためだ。当然、内部は頑丈な壁で区切られていて合流はできん」
それは恐ろしいまでに計算され尽くした、殺人のための機構でした。
「……なるほどな。攻城側はとかく城全体に浸透したがるものだからな。片方だけ放っておくなんてできるわけがない。知らず知らずのうちに兵力分散の愚を冒してしまうわけだ」
レットさんが嘆息します。
「……それで、どうするの? まさか……」
「……もちろん、入ったりはしないさ。さらに南下して城塞の周囲を一廻りしてみよう。侵入しやすい裏口があるかもしれん」
レットさんが微かに笑い、フェルさんがホッと息を吐きました。
そうですよ、レットさん。
さすがにそれは無茶というものです。
「……よし、それじゃスルーだ」
ジグさんのその言葉を合図に、わたしたちは西の内壁に張り付くように、壁伝いにさらに南に進みました。
慎重に、鎧や装備や足音が鳴らないように進みます。
並んだふたつの城門の前を通り過ぎるときには、緊張で心臓が爆発しそうでした。
そして、もう少しで城門から遠ざかれると思った、その時、
ザバッッ!
突然、壕の水面が黒々と盛り上がったのです!
わたしたちはここに至って、ようやく悟りました。
なぜ、地面がこれほどまでに水浸しなのか。
なぜ、城壁に見張りの姿がないのか。
すべては、これがいたためなのです。
水中から現われた “巨大な怪物” が、番兵としての役目を果たすべく、わたしたちに襲い掛かってきました。







