初見殺し★
エバたち “フレンドシップ7” が、掘建て小屋が立ち並ぶ迷宮第一層の北西 区域 を探索していた頃、アッシュロードとドーラの “悪” のバディは、同層の南東区域を進んでいた。
迷宮始点の玄室から南東に進んだエバたちが北西にあり、北に進んだアッシュロードたちが南東にいるのは、聖女の少女をして “沈黙の罠” と言わしめた次元連結のせいだった。
東の東に西があり、北の北に南がある。
魔法世界 “アカシニア” ではありふれた罠だが、それでも実際に体験すると、自らの常識を侵食されるような不快さがある。
ドシャッ! と砂袋の中身をぶちまけたような音がして、魔物の最後の一体が崩れ去った。
迷宮の床に、砂どころか灰よりもさらに微細な “塵” の山ができ、それもすぐに消え去っていく。
「……ふぅぅぅぅ」
左背に背負った黒い曲剣を抜かぬまま、ドーラ・ドラがゆっくりと深い呼気を漏らした。
並の長剣を凌駕する彼女の手刀と貫手が、初めて相対する敵を文字どおり “塵” に戻したのである。
初見の魔物だったので、『まずは直に感触を』――と素手で相手取ったのだ。
チンッ、
と、こちらは澄んだ鍔鳴りの音が重なり、アッシュロードの二本の剣が鞘に戻される。
「やけに多かったな」
「そうさね。それに第一層にしては、なかなか手強い相手だったよ」
たった今彼らが駆逐したのは、“塵人” と呼ばれる魔物だった。
迷宮内で消失した人間の “塵” に、悪霊が取り憑いた不死属 である。
「首刎ねこそないものの、攻撃力自体は “ハイウェイマン” 並さね」
「それが6×2集団も出やがった」
“ハイウェイマン” は主に地下二階を根城にする、みすぼらしい男だ。
それと同等の強さの魔物が、地下一階で合計一二匹。
そのくせ得られた経験値は “追い剥ぎ” の四分の一。
“犬面の獣人” の半分にも満たないときている。
狂君主の精鋭たちを鍛えるための試練場―― “紫衣の魔女の迷宮”では、ここまではしない。
「不死属だから呪文も効きにくいしね――こりゃ来てるね」
「……ああ」
二〇年来の相棒の言葉に、アッシュロードがムッツリと頷く。
手加減する気など毛頭ない。
この迷宮はのっけから殺しに来ている。
特にここが初めての迷宮となる駆け出しには、完全な “初見殺し” だ。
最初の探索から戻れる者は、ほぼ確実に三割を切るだろう。
保険屋の脳味噌が、冷厳にソロバンを弾いた。
「こうなるとあの魔女が、慈悲深き “迷宮支配者” だってわかるね」
魔物は最大でも×1集団。
一部の者たちから “道場” と呼ばれる、経験値稼ぎにもってこいの固定モンスター。
さらには、城塞都市に一瞬で帰還させてくれる謎の隠者まで。
生き残った者からしてみれば、“紫衣の魔女の迷宮” の地下一階は、駆け出しにとって至れり尽くせりの環境なのだ。
「あの娘たちが心配かい?」
悪戯っぽく、それでいてどこか探るようにドーラが訊ねた。
「あいつらだって、俺たちの後ろ髪が見える程度にはなってるんだ。これぐらいならどうってことないだろう」
全員がネームドとなり、レベルも二桁に達した今、いくら手強いとはいってもこの程度の魔物、鎧袖一触だ。
――それよりも。
「もう少し進むぞ。今日中にこの区域の構造を把握しておきたい」
アッシュロードは雑嚢から、戦闘に先立ちしまい込んでいた羊皮紙を取り出した。
今日の彼は地図係でもあるのだ。
そして彼自身も不思議なことに、前衛であるにも関わらずなぜかこの作業が得意であり、また好きでもあった。
◆◇◆
あのナメクジは美味しくありませんでした。
全然、美味しくありませんでした。
もちろん、経験値の話です。
あれだけの巨体な上に、危険な腐食液を吐き散らし、さらには1ターンでおそらく5HPもの治癒(これは “癒しの指輪” の五倍の効果です) を持つ魔物だったにもかかわらず、得られた経験値は “犬面の獣人” 一匹よりもわずかに多い程度でした。
美味しくなかったと言えば、あの昆布はもっと美味しくありませんでした。
“動き回る海藻” にいたっては、なんとあの “バブリースライム” の一〇分の一以下の経験値でした。
“犬面の獣人” の八分の一。
“オーク” の四分の一。
“紫衣の魔女の迷宮” でもっとも弱く、もっとも美味しくないと言われている、あの “バブリースライム” のさらに一〇分の一しかないのです。
そのくせ、数は8×2集団匹も出てきたのですから……もはや言葉もありません。
“ご飯の友” が欲しいとき以外、まったく相手にする必要のない魔物と言い切ってよいと思います。
“大蛇” はまだマシでしたが、それでも “犬面の獣人” の四分の三ぐらいでしかありません。
要するに、この迷宮は探索者にとって美味しくないのです。
そんなことを頭の片隅で(あくまで片隅で)考えながら、わたしは慎重に掘建て小屋が立ち並ぶ迷宮を進んでいました。
相変わらずの悪臭と静寂。
人の気配はまるでありません。
「……玄室に入っても敵が出てこないな」
先頭を行くジグさんが、ボソリと呟きました。
「……手強いわりに経験値も少ない。あまり稼ぎのいいところじゃないな」
「……落盤で入口が塞がっても、リーンガミルのギルドや冒険者があまり騒がなかったのも理解できるわね」
ジグさんとは別に、殿を固めるフェルさんが独り言つように呟きました。
「……こことは別の迷宮が解放されたんなら、みんなそっちに行っちゃうのも当然だろうね」
パーシャが納得したように、ため息を吐きました。
“城塞都市リーンガミル” の中心にある、ここよりも稼ぎのいい迷宮が解放されたのなら、利便性を鑑みても冒険者の誰もがそちらに移ってしまうのも無理のない話です。
「……だいたい、なんで “真龍” は、あたいたちをこの迷宮に召喚「シッ!」」
ボヤキに変ったパーシャの呟きを、わたしの鋭い警告が上書きしました。
(……どうした?)
(……何か音がしました)
確認をとるレットさんに、囁きよりも小さく答えます。
(……防円陣!)
即座に後衛の三人を中心に、周囲を前衛の三人が守る陣形が組まれました。
((((((……))))))
(……なにも聞こえないわよ? 気のせいだったんじゃ? フェルだって何も……)
(……いえ、確かに聞こえました)
希望的観測なパーシャには同調せず、わたしは戦棍を構えました。
……カラッ、
(……確かに聞こえたわ!)
今度こそ、フェルさんの鋭敏な聴力がその物音を捉えました。
(また “大ナメクジ” か?)
(いえ、違うわ。これはもっと小さくて騒々しい――)
レットさんとフェルさんが、小声で矢継ぎ早のやり取りを交わしたその瞬間、掘建て小屋の中で突然の騒乱が始まりました。
「な、なんだ!?」
食器や申し訳程度の家具が、誰もいない仮小屋の中で飛び交っています。
「「――“騒霊” です!」」
わたしとフェルさんが同時に叫ぶや否や、小屋の朽ちた壁板を突き破って無数の家財道具が一斉に飛び出し向かってきました。
レットさんとカドモフさんが、木製の大きめの盾で飛んできた弾き返し、ジグさんがそれよりも小型の盾で叩き落とします。
フェルさんとわたしはパーシャを前後に挟んで、やはり盾を構えました。
「うへぇ! ナメクジの次は幽霊!?」
「……何匹いる?」
盾で食器を防せ砕きながら、カドモフさんが眉ひとつ動かさずに冷静に訊ねます。
わたしは意識を集中し、飛び交っている霊たちの気配を探りました。
「――4×2集団匹です!」
「レット、どうするの?」
「不死属は経験値が少ない! 構わないから、全部退散させろ!」
フェルさんが指示を仰ぎ、レットさんが即座に決断します。
「「了解!」」
即答する、わたしとフェルさん。
お化けが相手なら、わたしたち聖職者の試金石です!
「半分、お願いします!」
「まかせて!」
「「慈母なる女神 “ニルダニス” よ――」」
騒々しい、悪戯っ子さんたち。
“フレンドシップ7” の聖職者がふたり、これより除霊仕ります!







