生態系
玄室内に雑然と並ぶ掘建て小屋を木っ端と砕いて現われたのは、“巨大なナメクジ” でした。
「――呪文は待て! 強さを確かめる!」
三人の前衛の真ん中に立つレットさんが、その後ろで守られるパーシャに命じます。
「了解!」
初めてまみえる魔物です。
今後のためにも、まずはその能力を見極めなければなりません。
遭遇する魔物の強さを調べて報告するのも、今回の探索の目的のひとつなのです。
「「慈母なる “ニルダニス” よ。身を守る術なき か弱き子に、救いの御壁をお与えください―― “光壁” !」」
可能な限り安全に敵の強さを計るために、守りの加護だけは願います。
“光壁” は聖職者系第二位階の守りの加護で、短い時間ですがパーティの 装甲値を2下げる効果があり、フェルさんと二重で嘆願すれば、最上位の守りの加護である “神璧” に匹敵する防御力を得られるのです。
“神璧” がある第三位階には、麻痺を治す “痺治” の加護があるので、極力温存しなければなりません。
これで、出発時に願った “恒楯” の効果と合せて、装甲値は-6。
全員が+1相当の板金鎧を、装備に上からさらに着込んだのと同様になりました。
ズリュウウウッ――ズチャッン!
“大ナメクジ” が巨体を大きく持ち上げて、レットさんたちに叩きつけます。
もちろん、そんな攻撃を受けるような “フレンドシップ7” の前衛ではありません。
「――っと、危ねぇ、危ねぇ」
スラリと回避したジグさんの声にも余裕があります。
もちろん余裕はありますが、油断はありません。
「動きはゆっくりですが気を抜かないでください! 軟体動物です、どんな変則的な動きをするかわかりません!」
魔法の戦棍と軽量化の魔法が施された鉄の盾を構えながら、わたしは警告を発します。
「――軽く一当てしてみるぜ!」
最も身軽で回避能力に長けたジグさんが短剣を逆手に構えて、“大ナメクジ” に突き進みました。
すれ違い様に、短剣の鋭い切っ先が伸縮を繰り返すヌメヌメした外皮(なんて気持ち悪いのでしょうか)を切り裂きました。
体液が噴きこぼれますが、痛みを感じないのか “大ナメクジ” が怯む様子はありません。
それどころか、見る見る傷口が塞がってゆくではありませんか!
「単細胞動物だけあって、回復持ちかよ!」
「ナメクジは単細胞動物じゃないわよ! 陸に棲む貝の一種よ! ちゃんと脳味噌だってあるんだから!」
ジグさんに、ズレまくったツッコミ 兼 蘊蓄を入れるパーシャ。
いえ、ズレていたのはツッコミだけで、彼女の蘊蓄は正確でした。
“大ナメクジ” は目こそ見えませんが、その触覚でジグさんの位置を関知すると、
口から何かを吐きかけたのです。
――ジュッッ!
強酸性の腐食液が、ジグさんの周囲に三重に張られた守りの障壁によって阻まれ、白煙を上げました。
「うおっ!?」
ジグさんが慌てて跳ね退き、距離を取ります。
噴きこぼれた腐食液が床を溶かし、胸の悪くなる臭いを周囲に漂わせました。
「……意外と馬鹿にならん」
「レット、長引かせると足元をすくわれるわ!」
カドモフさんがブスッと漏らし、フェルさんが戦闘の早急な決着を訴えました。
「――よし、充分だ! トドメを刺すぞ!」
そうは言っても、今はネームドに達しているわたしたちです。
仕留めると決めれば、手練な戦いを見せます。
まずレットさんの剣が、ナメクジの胴を横一文字に深く切り裂き、今度こそ痛みに身悶えした巨大な頭を、ドワーフの短躯に似合わぬ跳躍したカドモフさんに真っ向から幹竹割りにされました。
脳があるなら、破壊されてしまえば生物はお終いです。
ブシュウウ……!
切断面から大量の体液が溢れて、見る間に巨体がしぼんでいきます。
ナメクジは、身体のほとんどが水分なのです。
残ったのは巨大な、生臭い水溜まりだけです。
結局、ジグさんがトドメの一撃を加える必要もなく、“大ナメクジ”との戦いは終結しました。
結果だけ見れば完勝でしたが、パーティには重苦しい空気が漂っていました。
「……こいつ、人間を襲い慣れてやがった」
「……ああ、ジグの動きの速さを察して、腐食液を吐きかけたように見えた」
「……ナメクジは学習するんだよ。こいつら貝の仲間のくせに、頭がいいんだ」
「……貝の仲間なら……」
「食べません」
「……」
不穏なことを言いいけたカドモフさんの口を、ピシャリと封じます。
「……あたいたちは食べないけどさ、もちろん。でも、こいつはあたいたちを食べるんだよね」
「だから襲ってきたんだろ」
「そうじゃなくて――」
「わかってる。このバラックに人がいないのは、こいつのせいじゃないかってんだろ」
「…………うん」
なにかしらの理由があって、この地下迷宮に棲みついた人たちがいました。
それは貧困故かもしれませんし、迫害を逃れてのことかもしれません。
でも、今ここにその姿はありません。
今倒した “大ナメクジ” が一匹だけとは考えにくく、この迷宮の生態系の一部として生存しているはずです。
もしあの軟体動物が、大挙して……。
「いえ。それなら、掘建て小屋なんて跡形もなくなってるはずだわ」
フェルさんが強い口調で、最悪の想像を否定しました。
「フェルの言うとおりだと思う。こいつが群れて襲ってきたら、こんな仮小屋一棟だって残ってないだろう」
「それじゃ、ここに棲んでた人たちはどこにいったのさ?」
「それを調べるのが俺たちの仕事だ」
巨大なナメクジよりも、無人のバラック群にショックを受けた様子のパーシャに、
レットさんが言い聞かせます。
「……」
パーシャは答えず、ただもう一度顔をあげて、朽ちかけた仮小屋の群れを見つめました。
そして……事実はフェルさんやレットさんの言うとおりだったのです。
ここに隠れ住んでいた人たちは、決してナメクジに襲われて死に絶えてしまったわけではありませんでした。
この直後に、わたしたちはその消息を知ることになります。
地下迷宮に築きあげられた、巨大な “要塞” を目にすることによって。







