女子力
「……ねぇ、せめて服ぐらい着替えたら? デロデロだよ」
「いえ、どうせまたデロデロになるのですから。このままの方が効率的ですよ」
「料理と言うより、解体作業だものね……」←森の娘
「わたし、これまで幸福な人生を歩んできたのですね……」←侯爵令嬢
「……うへぇ」←うへぇ
パーシャから始まり、わたし、フェルさん、ハンナさん、そしてまたパーシャへと会話のバトンパス。
ホビットの女の子は、巨大な昆布の若芽のお料理に取りかかるわたしたちに、顔面神経痛を発症させています。
せっかくの可愛らしい顔が台無しです。
「エバ、それで何を作るんニャっ!?」
ノーラちゃんだけが期待と好奇心にはち切れんばかりの顔で訊ねました。
母親のドーラさんはその隣で、“とりあえずお手並み拝見さね” といった余裕の表情で、わたしの仕切りを見ています。
「そうですね、まずは煮てみましょう。昆布と言えば “お出汁”です。よい出汁がでれば、それはすなわち美味しい昆布ということです」
「出汁? フォンのこと?」
おお、この世界の理はさすがです。
日本語で一番近いニュアンスの言葉に変換してくれます。
「Yesです。身体を暖めるスープにもなりますし、出し殻も食べられます」
西洋のコンソメ、和の昆布だし――です。
ああ、考えただけでまた口の中に唾が湧いてきてしまいました。
「幸いこの近くで塩気の薄いお水を汲める場所を見つけました。上手くすれば、程良い塩加減の “おすまし” ができると思います」
“お出汁” と “おすまし” は本来違うものなのですが、今は緊急事態でサバイバルな状況です。
とにかく身体が温まって、元気が出る物を造らなければなりません。
要するに――細けぇこたぁ、いいんだよ! です。
「あ、あたいが水を汲んでくるよ! それからついでにその辺りの偵察も――」
「まちなさい、パーシャ。わたしも一緒にいきます。力作業はひとりよりふたりです」
「い、いいって、いいって。あたいがやるから」
「パーシャ、あなただって年頃の女の子なのですから、この辺りでそろそろ “女子力” というものを身に付けるべきですよ。好きな男の子ができたときに攻略の “選択肢” が増えるというものです」
「…… “あなただって” は余計だよ。あたいはまだそういうのは……」
「いつやるの!? Gust oulでしょ!」
ドーンとアカシニア語で迫るわたしに、パーシャがゲンナリとうつむきました。
結局、昆布の量が多い(大きい)ので、レットさんたちにも手伝ってもらって、近くの水打ち際にお水を汲みに行きました。
(真水を探しに出た近衛騎士さんたちは、無事に見つけることができたでしょうか……)
飲料水発見の報告は、まだ拠点には伝わっていません。
昆布を食べられるようにしたら、わたしももう一度探しに行かないと……。
お水を汲んできたら、鉄鍋(これが一緒に転移してきたのは、地味ながらも本当に助かります)に満たして火にかけます。
その間に、お鍋に入る大きさに昆布を切り分けます。
「さ、さ、パーシャ。ホビット自慢の短刀の出番ですよ。お鍋より少し小さい位の大きさに切り分けてください」
「こ、こんなことであたいのダガーを召さないでよぉ」
それでもパーシャは、汗かきベソかき、自分の身の丈ほどもある昆布と文字どおり格闘しています。
すでにして、デロデロです。
他の人も、同様にデロデロです。
「ああ、もう! ヌルヌルしてて切りにくい! 僧侶は刃物を使うのは苦手なのよ!」
「なにかしら、そ、そこはかとなく卑猥だわ」
こちらも今にも泣きそうな顔です。
フェルさんとハンナさんも、巨大昆布とのローションプレイに悪戦苦闘しています(わ、わたしもしたことはないですよ。本当ですよ)。
昆布のネバネバのせいで、上手く刃が通らないのです。
これだけ大きいとまな板も意味をなしません。
「やれやれ、見てらんないね。まるで “バブリースライム” に絡まれてる駆け出しだよ――ホビット、こいつを使いな」
言葉どおり “やれやれ” と言った感じで顔を振ると、ドーラさんが鞘に収まったままの短刀をパーシャに放りました。
「少し短いけど、それも “切り裂くもの” の銘を持つ魔剣さね。そいつで試してみな」
「わ、わかった」
パーシャはうながされるままに魔法の短刀の鞘を払って、巨大な昆布に刃を当てると――。
「すごぉい! あっさりと切れたよ!」
「“ブラッド・クリーン・コーティング”の魔法が掛けられてるからね。血脂の類いは付かないのさ」
「えい! やぁ! たぁ! ――いいね、これ。気に入ったよ。あたいもいつかこんな魔法のダガーを手に入れて、それにあたいだけの銘をつけるんだ。“切り裂くもの” や “貫くもの” に負けない銘をね」
俄然やる気を出したパーシャの活躍もあって、巨大昆布の若芽の大軍はどうにか料理に使える程度の大きさに切り分けられました。
お湯もそろそろ沸騰、というところまで湧いています。
「それじゃ、わたしがまずやってみますね。見ててください」
ぐつぐつと煮込んでしまうと海藻臭さやエグさが出てしまうので、沸騰直前のお湯にさっと浸す感じで。
焚き火では火力の調整ができないので、微妙な火加減は望むべくもないのですが、やはり気持ち的には――です。
沸騰直前の鉄鍋に昆布を入れて、待つこと数分。
フツフツと気泡の立つお湯を見つめていた、わたしは――。
「――今です!」
木製のレードルを使って、サッと昆布を鉄鍋から引き上げました。
(むんっ! ナイスタイミング! 見てください、わたしのこの女子力を!)
……でも、わたしの女子力を一番見てほしい人は、どこかに行ってしまっていていません。
わたしは気を取り直して、レードルを再び鉄鍋に入れてお出汁を少量すくいました。
そして、フーフーと息を吹きかけて冷ましたあと味見をしかけて、視線をフェルさんに向けました。
「もしもの時はお願いします」
「わ、わかってるわ。“解毒” は任かせて」
「た、たぶん大丈夫だとは思いますけど」
そんな緊張した面持ちで頷かれると、わたしまでビビってしまいますよ。
「い、行きます」
「「「りょ、了解」」」
……ズズッ、
「「「「ど、どう?」」」
「……うっ!?」
「「「エバッ!?」」」
「美味いっ! ――です!」
物を投げないでください! 物を投げないでください!
「こんな時に冗談はやめて! あなたメンタルが強すぎるわよ!」
「す、すみません。お約束なので、ついやらねばならないという責任感が……」
怒るフェルさんに、ごもっともです――と謝ります。
「それでどうなの? 身体の調子は? 毒は大丈夫なの?」
「今のところは……念の為に、フェルさん以外の方で味見をしてみてください」
ホッ……とした様子のフェルさんと、その正反対な反応を示す、パーシャとハンナさん。
「女子力!」
わたしは厳然と言い放ちました。
「「うっ!」」
と、後ずさるパーシャとハンナさん。
「女子力!」
再度、言い放つわたし。
ふたりは顔を見合わせると、諦めたように肩を落としてため息を吐きました。
それからまずハンナさんがわたしの差し出したお玉を受け取り、鉄鍋の出し汁をすくって、おそるおそる……。
「女子力!」
「わ、わかっています!」
女子力!
怖がってはいても、そこは名門侯爵家の一人娘として、幼い頃から人の上に立つ貴族としての教養と立ち振る舞いを学んできたハンナさんです。
ここぞというときの勇気は、探索者に勝るとも劣りません。
ハンナさんは意を決すると、躊躇することなくお玉に口を着けました。
「ゴクッ……ど、どう?」
「……」
「ハ、ハンナ?」
「あ、優しい味♪」
一瞬の間を置いてから、ハンナさんの顔がパッとほころびました。
「も、もう、脅かさないでよ! 変な溜めがあるからびっくりしたじゃない!」
「ごめんなさい。なんというか、すぐにはわからない味なの」
「? 味が薄いの?」
「いえ、そうじゃなくて、なんというか……」
「ほんのり、ですか?」
「そう! そうなの! ほんのりとした優しい味なの!」
わたしの助け船に、ハンナさんが我が意を得たり! と、はしゃぎました。
「ほんのり――ねぇ」
「いいから、あなたも味見してみて」
露骨にうさん臭げな顔をするパーシャに、ハンナさんがお玉を手渡します。
「……あたい、濃い~味が好きなんだけどなぁ」
ブツブツ言いながら、自分も鉄鍋からお出汁をすくって味見をするパーシャ。
「…………」
「「どうよ?」」←わたしとハンナさん(ドヤ顔)。
「なんだ、いい味じゃない!」
そしてパーシャの顔に咲く、大きなひまわり。
そうでしょう、そうでしょう。
「塩気のあるお湯で煮出したので、塩分の補給にもなるはずです」
幸せそうな顔で二杯目をすくっているパーシャを横目に、わたしはみんなに言いました。
汗を掻きやすく水分補給が難しい迷宮では、脱水症状になりやすいのです。
そして脱水症状で失われるのは水分だけでなく、ナトリウム――塩分もです。
水と同様に、塩も人間の身体には不可欠なのです。
「は、早く冷めるニャッ!」
猫舌のノーラちゃんが、その場で駆け足しながらお出汁が冷めるのを待っています。
「ねえ、この海藻はどうするの? 食べられるの?」
パーシャがお玉を啜りながら訊ねました。
「もちろんですよ。煮物に、煮付けに、佃煮。そして何より――」
「「昆布巻!」」
「おお、エバ、あんたも好きかい、昆布巻!」
意見の一致をみる、わたしとドーラさん。
「ええ、もちろんです! 昆布と言ったら断然あれです!」
「「「「昆布巻?」」」」
見事なユニゾンで首をかしげる、パーシャ、ハンナさん、フェルさん、ノーラちゃん。
懐かしのモジモジくんを彷彿とさせる仕草です。
「昆布にいろいろな具を巻いて煮付ける料理です。美味しいんですよ~」
「へ~、そんでなに巻くの? 腸詰め?」
「そ、それはまた斬新な昆布巻ですね」
すでに三杯目のお出汁を啜っているパーシャに、ギコチなく微笑みます。
なんというか、ロールキャベツを彷彿とさせる昆布巻です。
「そうですね、代表的なところはではやはり “ニシン”ですね」
「ニシン? それならキッパーがあるじゃない」
「うーん、あれはあれで食べられますからね。今のこの状況で他のお料理の具材に使ってしまうのは……」
輜重隊の残り僅かな食料には、ニシンの燻製が含まれているそうですが、サバイバルなこの状況を考えると……です。
「魚なら、あの湖で獲れないのかニャ?」
「なにかしらの魚はいるだろうけどね。まずは網なりなんなり、漁をする道具をなんとかしないとねぇ――ま、いざとなれば “昆布を巻いた昆布巻” でも充分に食べられるさね」
「そうですね」
あとは――鶏肉なんかでも美味しいみたいですが、魚以上にこの迷宮では手に入れるのが難しそうです(※あとでわかったことですが、この迷宮は鶏肉の宝庫でした!)。
「きゃーーーっ!」
わたしが昆布巻の具材について、あれこれと頭を悩ましていたとき、絹を裂くような女の人の悲鳴が辺りに響き渡りました。
全員の視線が声の方に向きます。
そして、“永光” の光の中に現われたそれ見たとき、
あれはいける!
わたしの女子力――いえ、主婦力が叫びました。







