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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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ダンジョン飯①

「――ああっ!? 食うのか、これを!?」


「食うんです、これを!」


 ギョッ! として訊ね返したアッシュロードさんに、間髪入れず即答します!

 叩きつけるように即答します!

 断々々固、即答します!


 目の前に “ご飯の友” がいるのです!

 それも閉店直前の八〇パーセント引きのシールが貼られたような、大安売で!

 これを見逃すわけにはいきません!

 今のわたしは主婦です!

 お夕飯の材料を買いにスーパー(戦場)にきた主婦です! お母さんです!


「お、俺はいいから、おまえがやれ。俺ぁ “海の幸” は苦手なんだ……」


「なにをいってるのですか! わたしの戦棍(メイス)で昆布を切れというのですか! 早く早く! 早く()()()()()()を穫ってきてください!」


「い、いや、でもな……」


「もう! 男という字は()んぼの()と書くのですよ! 雄は雌の元に餌を運んできてこそ、雄たり得るのです! それが雄の甲斐性というものです! ()()()()()()()()()()()()()()ですか!」


「……(……えーーーーーっ、なにそれ)」


「いいから早くです!」


 煮え切らないアッシュロードさんのお尻を、これでもかと叩きます!

 先ほど彼の胸で思い切り泣いたせいもあるでしょう。

 それによって(おり)のように溜っていた不安が霧消したせいもあるでしょう。

 心がスッと軽くなったのは確かな事実です。

 ですが、なにより――。


(わたし、迷宮にきたら()()調子が出てきちゃいました!)


「昆布巻! 佃煮! 煮物! おすまし!」


 グルタミン酸は、うま味成分の王様ですよ!

 味の素なんですよ!





「ただいま帰りました」


「……」←あっしゅ


 デロデロ~~~~~~~~~ッ。


「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」


 ()()のネバネバで、全身デロデロになって戻ってきたわたしとアッシュロードさんを、拠点の人たちのどんよりとした視線が迎えました。


「これ、お土産です」


 ほっこりと誇らしげな顔で、出迎えてくれた皆さんに伝えます。

 両脇には抱えられるだけの昆布の若芽。


「そ、それは……どうもありがとう」


 トリニティさんが代表する形で、お礼を言ってくれました。


「し、しかし、確かわたしが頼んだのは飲料水の確保……だったと思うのだが……」


「すみません。それはまだ見つけられなくて。でも、その代わりといってはなんですが、今夜のご飯のおかずを穫って(獲って?)きました」


「ご飯のおかずって……まさか、それを食べるの?」


 パーシャが “うへぇ”を通り越した “うげぇ” といった顔で、怖々と訊ねます。


「もちろんです。美味しいですよー」


「そ、それはいったい、なんなの?」


 後ずさりしたパーシャに代わってフェルさんが、こちらは両手で口を覆って “見てはいけないものを見てしまった” 的な表情を浮かべて質問しました。


「“クローリング・ケルプ(動き回る海藻)” の若芽です」


(((((((((((……モンスターを食うのかよ)))))))))))


「こ、試みに訊きますが、これをいったいどうやって食べるのですか?」


 と、これは “()()()()()()()を見てしまった” 的な表情を浮かべたハンナさんです。


「そうですね。煮付けにしたり、佃煮にしたり、おすましにしたり、食べ方はいろいろです」


 ああ、考えただけでも口の中に唾が湧いてしまいます。

 オソロルベシ、グルタミン酸。


「に、煮付け?」


 聞き慣れない言葉に、ハンナさんがさらに眉根を寄せます。

 ああ、西洋風なこの世界では馴染みの薄い調理法なのかも知れませんね。


「ええと、煮付けというのはですね……」


 なんといったらよいのでしょうか。

 “煮る” ともまた微妙にニュアンスが違いますし……。


煮込み(シチュー)みたいにたっぷりじゃなくて、少なめの水で煮る(シマー)する料理さね」


 わたしが和食の繊細な調理法について説明しあぐねていると、実に的確なタイミングで、的確な説明をしてくれる人が現われました。


「ドーラさん」


 トリニティさんが杖に点した “永光コンティニュアル・ライト”の明かりの中に入ってきたのは、ノーラちゃんを連れたドーラさんでした。


「なんだい、なんだい、ずいぶんと大漁じゃないか」


「ええ、大漁なんです」


「「煮付け!」」


「「煮物!」」


「「昆布巻!」」


「「おすまし!」」


 ウ~チャチャチャッ! みたいなノリで、遙か東の島国 “蓬莱(ほうらい)” の出身らしい “くノ一” さんと盛り上がります。


「「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」」


「マンマ! まんまを作るのかニャッ!?」


「ああ、そうだよ。おまえにも()の味ってのを味わわせてやるから、まってな」


「早速取りかかりましょう」


「合点だよ」


 うなずき合う、わたしとドーラさん。


「量が量ですので、皆さんも手伝って――」


「あ、あたい、“ネバネバ系” はちょっと……」


「え、ええ、わたしも()()()は……。ほら、エルフって森の民だし……」


「あ~、そうでした。物資の再チェックをしなければならないのでした……」


 逃げ腰、弱腰、及び腰。


 むむっ、いけませんね。

 これはまったくいけません。ノーグッドです。

 ジェンダーを持ち出すつもりはまったくありませんが、この世界(アカシニア)ではまだま料理は女の仕事です。

 郷には入れば郷に従え、です。

 これはまったくいけません。ノーグッドです。


「仕方ありませんね。わかりました。ここはわたしとドーラさんがやりましょう。将来の修行にもなりますし。男の人は()()()()料理の得意な女性を好みますから」


「ああ、そうするかね(おやおや、あの世間知らずの聖女さまが、随分と奸知に長けてきたじゃないか)」


「「……ピクッ」」


「……エバさん、あなたも言うようになりましたね」


「……ええ、本当に。言うじゃないの、エバ」


「はて? なんのことでしょう?」


「「上等じゃない! このケンカ、買ったわ!」」


 テレレ~、テレレ~!


(……状況わってんの)←うへぇ


(……風呂入りてぇ)←風呂嫌い



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