場外乱闘
わたしたちは “獅子の泉亭” があるいわゆる冒険者街から、主に貴族や裕福な人たちが利用する高級商館街に向かいました。
そこは城塞都市の内郭である “王城” の東側に位置する区域で、衣料品や装飾品、家具、雑貨、食料品や酒類――その他ありとあらゆる高級品を取り扱う大商館が軒を連ねる場所でした。
「……ここは、初めてきます」
ほえー、といささかお間抜けな表情で、わたしは雰囲気に呑まれています。
「……あたいも」
パーシャが同じように呆けた顔で、呟き返しました。
「「……(お)金持ちの匂いがする」」
思わずユニゾンしてしまった、探索者ふたりです。
「こ、これぐらいで狼狽えてどうするの。情けないわね」
フェルさんがツンと背筋を伸ばしました。
そうは言いながらも、本人が狼狽を隠し切れていません。
すべての所作が洗練されて絵になるという羨ましい種族特性を持つエルフと言えども、フェルさん自身は深い森で育ったアウトドアな人です。
わたしやパーシャと同じく、こういった雰囲気には不慣れなのでしょう。
「大丈夫、わたしが案内するわ。ここには幼い頃からよく来てるから」
「「「ああ、ハンナさん!」」」
思わず、迷子の子供が母親に巡り会えたような声を出してしまった、垢抜けない三人の探索者ガールズ。
そうなのです。
ハンナさんは名家バレンタイン侯爵家の一人娘。
本物の侯爵令嬢さんなのです。
そしてこれこそ、パーティ外のもう一人の心強い味方 “フレンドシップ7”です。
「だ、大丈夫ですよ、ご主人様。ハンナさんが案内してくれるそうですから」
「~他力本願、感謝するよ」
周囲に漂うロイヤルでノーブルな空気もどこ吹く風なご主人様。
頼もしいです。
ふてぶてしいです。
ふとぶとしいです。
迷宮の底にいようと、場末の居酒屋にいようと、高級娼館街にいようと(いたら許しませんが)、ご主人様はご主人様、グレイ・アッシュロードさんのままです。
さすが、あの上帝陛下の前でも素で通して、危うく死にかけた人です。
「マンマ、おやつはどこで買うニャ?」
「あ~、おやつは後だ。服を汚しちまうと店に入れなくなるからね。その代わり、服屋を出たらなんでも好きなもんを買ってやるよ」
「そうニャんか。残念だニャ。でもマンマがそういうなら我慢するニャ」
わかります。
“遠足の買い物とは、おやつを買うこと” ――ですよね、ノーラちゃん。
「“シルバン・ラ・シェール” はこっちです」
ハンナさんが勝手知ったる大商館街を先導してくれます。
「その “シルバン・ラ・シェール” というのが、上帝陛下の御用達のお店なのですか?」
「ええ、陛下が即位なされるずっと以前から、この城塞都市の支配層を相手に商いをしてきたお店よ。古代アカシニア語でシルバンは “価値” シェールは “永遠” とか “朽ちない” という意味よ」
「な、なるほど、なんというか名前からして格式が……」
「お高くとまってるよねぇ」
そんなわたしの反応を見て、ドーラさんがクスクスと笑いました。
「あはは……」
「まぁ、餅は餅屋というからね。ここはお嬢に任せておこうじゃないか」
「ええ、任かせていただきます」
長年の好敵手であるドーラさんに振られて、ハンナさんが余裕の笑みを浮かべます。
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「「「ふぇ……」」」」
“シルバン・ラ・シェール” の格式がお高くとまった店構えを前に、三人の探索者ガールズの口から零れた、賛嘆と感嘆と驚嘆の吐息。
「……世の中には、こんなお店で買い物をする人がいるのですねぇ」
「……な、なかなかのお店じゃない。ええ、なかなかだわ」
「……確かにこれは、いろいろな意味でお高いわ」
先日の “火の七日間” が起こるまで、誕生以来数百年城塞都市 “大アカシニア” は、一度も外敵の侵入を許したことはありませんでした。
城壁内の建物は敵の攻撃によって破壊されることはなく、たたずまいに歳月という名の歴史を重ねてきました。
目の前に “ある” 大店もまさしくそれでした。
もしかしたら、建てられた当初はゴテゴテと飾り立てられた、品のない店構えだったのかもしれません。
それが今はしっくりと周囲の景色に溶け込んでいます。
壮麗な石造りの建物に施されている精緻な彫刻の数々は、年月を経るうちにたおやか表情になり、自己主張のない自然な気品を漂わせていました。
ハンナさんを先頭に、ドーラさん、ノーラちゃん、そしてご主人様が変わらない様子で店内に入っていきます。
そして我ら垢抜けないガールズも続きます。
こちらは……。
(((……げ、玄室に踏み込むより緊張する)))
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・
「「「ふぇ……」」」」
“シルバン・ラ・シェール” の格式がお高くとまった店内に入り、三人の探索者ガールズの口から零れた、賛嘆と感嘆と驚嘆の吐息。
なんという、ロイヤルでノーブルな雰囲気でしょう。
アールヌーボー調といえば近いでしょうか? 瀟洒ではありますが、さりとて豪奢すぎず、貴族的は貴族的でも落ち着きのある上品なデザインです。
(派手派手なロココ調の建築様式よりも、わたしはこちらの方が好きですね)
「素敵……」
「ええ、本当に……」
「ふぇ……」
思わず呟いてしまったわたしに、フェルさんとパーシャが同意を示してくれました。
「これはバレンタイン様。お久しぶりでございます」
“プラダを着た悪魔” のメリル・ストリープさんみたいな店員さん(店主さん?)が、来店したハンナさんを見て優雅に挨拶しました。
「お久しぶり、ロゼッタ」
極々自然に和やかに、店員さんと言葉を交わすハンナさん。
(((こ、これが侯爵令嬢の実力か!)))
お、おさすがです、ハンナさん。
スペックの高さでは、わたしたちの中でも一頭抜きん出ていると認めざるを得ません……。
「か、彼女もなかなかやるわね」
「そ、そうですね、なかなかに、なかなかですね」
「……声が震えてるわよ、おふたりさん」
「リーンガミルに親善使節団が送られるのは知っているでしょう? 今日はその使節団に加わる方々の服を、一揃え見立ててもらいにきたの」
ハンナさんがメリル・ストリープ似のロゼッタさん(あとで聞いた話によると、やはりこのお店の主さんだったようです)に、用件を伝えます。
王城や貴族相手に商売をしているのですから、当然政治的なものを含めた情報網を持っているのでしょう。
わたしたちが来店することも、前もって知っていたに違いありません。
ですから、見るからに探索者然としているわたしたちを見ても、驚く素振りは見せませんでした。
「本日はようこそ “シルバン・ラ・シェール”にお越しくださいました。筆頭近衛騎士のグレイ・アッシュロード様に、ニルダニスの聖女のエバ・ライスライト様ですね。ご高名はかねがね聞き及んでおります。この度は歴史ある帝都大アカシニアをお守りくださり、本当にありがとうございました」
ロゼッタさんは丁寧に、でも決して媚びへつらうような気配は見せず、ご主人様とわたしに礼を述べました。
そこには大商館の確かな誇りと威厳が感じられます。
「この城塞都市を守ったのは、おっちゃんとエバだけじゃないよ! あたいやフェルやドーラやハンナやノーラだって危ない橋を渡ったんだから!」
ロゼッタさんの物言いが気に触ったのでしょう。
パーシャが憤然と抗議しました。
「もちろんでございます、ホビットの魔術師様。あなた方の誰一人欠けても、大アカシニアは惨禍を免れることはできなかったでしょう。魔術師様、あなた様にも “シルバン・ラ・シェール” を代表してお礼を申し上げます」
「わ、わかればいいのよ。わかれば」
ずっと年上の気品のある女性に慇懃な態度をとられ、あっさり溜飲を下げたパーシャが鼻の下を擦りました。
なんとういか、役者が違いすぎます。
「挨拶はそれくらいにして、そろそろ選んでくれねえか、服」
逆に、早くも飽きてしまった声を出したのは、ご主人様です。
「かしこまりました。それでどのような服をご希望でしょうか?」
「どのような……あ~~~~、それは――」
「く、黒です! 黒い服です!」
言い淀み、フリーズしかかったご主人様を救うべく、わたしは叫びました。
ご主人様にファッションのことを訊ねるなんて、耕運機にモナコGPで優勝しろというようなものです。
非道です。虐めです。虐待です。
ですが、ハッキリいってわたしもファッションには疎いです。
全然、まったく疎いです。
小学校まではお母さんが買ってきてくれた物を喜んで着ていましたし、中学に入ってからはリンダが選んでくれたものを無条件で買っていました。
なので、ご主人様に似合うこの世界のフォーマルを選べと言われても、すぐには答えられないのが正直なところです。
だ・が・し・か・し――です!
色なら言えます!
ご主人様に似合う色なら言えます!
ご主人様といえば、なんといっても “黒” です!
“黒” こそ、ご主人様のイメージカラーです! 異論は認めません!
だから、“黒” です!
「ちょーーーっと、まってください!」
ああ、もう! なぜ、あなたはいつもいいところで “ちょっとまったコール” をするのですか、ハンナさん!
「エバさん、閣下が “悪” の属性だから “黒”を選んだのでしょうが、ハッキリいってそれは安直と言わざるを得ません。取りあえず黒を着とけと、かつてアキ●バラを席巻したオタ●のコスチュームではないのですよ」
さっきまでの余裕のある態度はどこへやら、いきなりシステムが戦闘モードに切り替わったハンナさんが、ギャグ回特有のメタなセリフを放ちました。
「そ、それではハンナさんは何色がいいと仰るのですか!?」
タジッと気圧されつつも、反駁を試みます。
この世には絶対に負けられない戦いというものがあるのです。
「それはもちろん」
「それはもちろん?」
「それはもちろん」
「そ、それはもちろん」
ゴクッ、
「それはもちろん、“赤” です」
なぜか、セーラー●ーンのような決めポーズをとるハンナさん。
「秘めたる熱情を身の内に宿す閣下には、情熱を象徴する “赤” こそがなによりも相応しいのです!」
「「……えーーーっ」」
思わず、ユニゾンしてしまったわたしとご主人様。
ご主人様、応援ありがとうございます。
熱情だの、情熱だの、ひっくり返ってるだけではありませんか。それこそ安直と言わざるを得ませんよ。
「ああ、真紅のジュストコールをまとった閣下が、月夜の晩に窓からわたしをさらいに現われる。怯えと喜びに充ちたわたしは、差し出された閣下の手を震えながら握りかえして……なんてロマンチックなのかしら」
両手を頬に当ててうっとりと夢想する、バレンタイン侯爵家のご令嬢さん。
((いや、闘牛のマントじゃないんだから……))
「ちょーーーっと、まって!」
わたしとハンナさんが舌戦を始めて二人だけですむはずがなく、当然 “第三の女” が参戦してきます。
「“黒” だの “赤” だの、ちゃんちゃら可笑しくておへそがお茶を沸かしてしまうわ!」
古今東西、おへそでお茶を沸かしたエルフが存在したでしょうか。
フェルさん、あなたはもしかしたらエルフの歴史に新たな一ページを記したのかもしれませんよ……。
「あら、誰かと思えばエルフのフェリリルさんじゃありませんか。悠久の時を歩むあなたに流行のなんたるかがわかるのかしら?」
「エルフが永遠の命を持っていたのは、はるか神話の時代の話よ。美を象徴する種族であるエルフの審美眼を舐めないで頂戴」
「そこまでいうのなら試みに訊いてあげるわ。あなたが思い描いている閣下の “色” とはなんです?」
「それはもちろん」
「それはもちろん?」
「それはもちろん」
「それはもちろん?」
「それはもちろん “緑” です」
「「「いや、カマキリじゃないんだから」」」
カウンターで、ハンナさん、わたし、そしてご主人様の突っ込みを喰らってしまい、狼狽するフェルさん。
「し、失礼ね。マンティスじゃなくて、生命の源たる母なる森の色よ。命の救い手にして守り手たるグレイにこそふさわしい色だわ」
両手を頬に当てて、ポッと顔を赤らめるフェルさん。
カワイイデスネー、トッテモカワイイデスネー(棒読み)
「議論は出尽くしたようですね」←ハンナさん
「答えは出た――というべきね」←フェルさん
「ブラックホールの如く、赤も緑も呑み込んで差し上げます」←ライスライト(わたし)
ゴーーーングッ!
「「「どれ!?」」」
(頭の中に)高らかに鳴り響くと共に、わたしたちはご主人様に振り向きました。
「……(……えーーーーーっ、そこで振るの)」←幸福にして不幸な男
「「「どれ!!?」」」
「……」←幸福にして、より不幸な男
「やれやれ、これじゃうちの子猫の方がよっぽど大人だよ」
そんなわたしたちの様子を見て、ドーラさんが肩を竦めて顔を横に振るという器用な真似をしました。
「ノーラ、同じ子供としておまえなら、どうケリを着ける?」
「そんなの簡単にゃ。混ぜればいいニャ!」
「「「は?」」」
三人の目が期せずして、頭四つ低いノーラちゃんのつぶらな瞳に集中しました。
ま、混ぜるのですか?
「い、いえ、ノーラちゃん。さすがに絵の具ではないのですから、混ぜるというのは……」
「そ、そうね。『混ぜるな危険』という言葉もあるくらいだし」
「“緑” って、“赤” とも “黒” とも相性が悪いのよ」
しかし、わたしたち三人の戸惑いの声を、ドーラさんの陽気な笑い声が吹き飛ばします。
「ははははっ! さすがあたしの娘だよ! そうさ! 問題を解決するにはその猫の身体のように柔らかな頭が必要なのさ!」
そしてドーラさんはロゼッタさんに向き直ると、
「――そういうわけだ。いっちょ混ぜとくれ」
と、まるでお寿司を頼むような気軽さで頼みました。
慇懃な微笑に、明かな戸惑いを滲ませるロゼッタさん。
しかし、『できません。ありません』は、商人にとっては禁句です。
「か、かしこまりました。当店は出来合い品も取りそろえてございますので、それを合せてみましょう――どうぞ、こちらへ」
そういってロゼッタさんは、ご主人様を店の奥へと案内します。
その間、あとを引き継いだ数名の若い店員さんが、わたしたちに様々な服を見せてくれました。
豪華絢爛な品々にわたしが圧倒されていると、やがてロゼッタさんに伴われたご主人様が戻ってきました……。
「「「「「「……」」」」」」
わたし、ハンナさん、フェルさん、ドーラさん、ノーラちゃん、そしてパーシャの視線が、メタモルフォーゼしたご主人様に吸いよせられます。
「「「「「「……ぷっ!」」」」」」
「「「「「「――ぷははははっ!!!」」」」」」
笑ってはいけません! 笑ってはいけません! 笑ってはいけません!
笑ってはいけませんが――ですが、これは無理です!
これは笑ってしまいます!
赤いジュストコールに、緑のキュロット、そして大きな羽根飾りのついた黒いつば広帽……。
これは、この姿はまさしく――!
「ぶっはははは! アッシュ、そりゃいったいどこの “道化師” だい!?」
お店の床でお腹を抱えて笑い転げるパーシャとノーラちゃんの間で、ドーラさんが顔を手で覆って論評しました。
酷いです。酷い論評です。
酷い論評ですが――なんて言い得て妙なのでしょう!
まさしく、まさしく、今のご主人様を一言で表現するなら、“道化師” そのものです!
「……テメエら、あとで覚えてろよ」
「ご、ご主人様、大丈夫、大丈夫です、とてもお似合いです」
A-OK! A-OK! POSITIVE! POSITIVE!
わたしは笑いを堪えながら、必死にサムズアップ!
「ああっ!!?」
「い、いえ! 似合ってません! 似合ってません!」
ああ、もう! こういう場合はなんていったらよいのでしょうか!
Don’t worry! Don’t koi ! Don’t koi !
「ドーラ! そういうテメエはどうする気だ!? おまえのドレス姿だって、きっと似たようなもんだろうぜ!」
まるで友だちにからかわれ、泣きべそを掻きながらも必死に言い返す小学生のようなご主人様。
「お生憎様。あたしがあんなヒラヒラした動きにくそうなもんを着るわけないだろう。“くノ一” は身軽さが命だよ。あたしには近衛の礼服で充分さね」
「近衛の礼服?」
「典礼用だからね。公の場はあれ一着でこと足りちまうのさ」
「――それだ!」
急に生気を取り戻したご主人様は、ガッ! とドーラさんの両手を握りました。
「ドーラ! やっぱりおまえは最高の女だ! 俺もそれに決めた!」
「よ、よしとくれよ、真っ昼間から。子供が見てるじゃないか」
妙に艶めかしく女臭い表情で、顔を背けるドーラさん。
「店主! 俺にも近衛の礼服だ! “黒” だの “赤” だの “緑” だの、ちゃんちゃら可笑しくてヘソが茶を沸かすぜ! 俺も――」
「「「ジェットストリーム・ヒップ・アタック!!!」」」
炸裂する三つのお尻!!!
ご主人様といえど乙女心を理解しない人は、月に代わってお仕置きです!!!







