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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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親善訪問団

「「「「「――リーンガミルへの親善訪問団っ?」」」」」


 “獅子の泉亭” 一階の酒場のいつもの円卓で、仲間たちの素っ頓狂な声が上がりました。


「はい」


 わたしは少々誇らしげに、“えっへん!” といった風に頷きます。

 時刻は宵の口。

 今日の迷宮でのハクスラ(お仕事)を終えて帰還し、お風呂に入って心身ともにサッパリしてからの晩ご飯の席です。


「それに、あんたも着いていくってこと?」


「着いていくというより、担がれていく――が正しいですね。ニルダニスの聖女がリーンガミル聖王国の王都、城塞都市 “リーンガミル” を表敬訪問するのです」


 つまり、わたしは御神輿というわけです。

 軽くてパ~がよいといわれる、あれです。

 パ~デンネンな聖女様というわけです。


「た、確かに “リーンガミル” には、ニルダニス信仰の総本山 “ニルダニス大聖堂” があるけどさ」


 パーシャが口にエールの泡をつけたまま、泡を食った顔でわたしを見ました。


「わたしの保険契約の一件が、リーンガミルで騒ぎになっているのは聞いていると思います。大アカシニア帝国とリーンガミル聖王国の外交問題にまで発展していることも。それを解決するために外交団を派遣するというわけです」


 考え出したのは、もちろんトリニティさんです。

 団長を務めるのも、もちろんトリニティさんです。

 リーンガミル王国にしてみれば、“聖女の表敬訪問” とその使節団を歓迎しないわけにはいきません。

 帝国最高の頭脳であり政治家であるトリニティさんは、大手を振って彼の国の内情をその目で見、その空気を肌で感じることができるのです。

 以前から、ご自身の目で最強のライバル国を見たがっていたトリニティさんにしてみれば、渡りに船、鴨が葱と鍋を背負って向こうからやってきたようなものです。

 国を挙げて、最も優秀なスパイを迎え入れてくれるわけですから。

 加えて、抗議の名を借りたわずらわしい揺さぶりや探りも、(少なくとも表面上は)これで止むでしょう。

 なんのことはありません。

 リーンガミル聖王国は、“火の七日間” 後の大アカシニア帝国の動揺を探ろうとして、藪をつついて蛇を出してしまったのです。


「まって。リーンガミルはとても遠いわ。しかもアカシニア最大の帝国の宰相が率いる使節団なんでしょ? 人数だって大変な数になるはずよ。移動にも時間が掛かる。半年……ううん、一年は帰ってこられないかも。あなたが行くってことは彼も行くのでしょ? 彼も行くってことは彼女も……」


 フェルさんが、今にも泣き出しそうな表情を浮かべて言いました。


「その話をする前に、わたしの立場についてハッキリさせておかなければなりませんね。わたしは今グレイ・アッシュロード様の所有物であり、本来ならこんな風に晩ご飯を食べるどころか、一緒に迷宮に潜ることもできないのですから。ですので――」


 わたしの話に、見る見る顔を真っ赤にしていくパーシャを掌で制して、“(イビル)” の人たちの席に向かって叫びます。


「――ご主人様! わたしのこのパーティでの立場ですが、“灰の道迷宮保険” からの出向という形でよろしいですね?」


 酒場中の視線という視線が、フェルさんの言うところの()に向けられます。

 いきなり声を掛けられたご主人様は、飲んでいた蒸留酒に噎せ返ると、ウンザリした様子でわたしから顔を背け、ビッ、ビッ、と手を振りました。

 ありがとうございます。


「――お許しがでました。これでひとまず、これまでと同じように皆さんとパーティを組むことができます」


(((((……奴隷、強ええ……)))))


「わたしは使節団の御神輿なので、当然一緒に行かなければなりません。ご主人様はわたしと一心同体なので、これまた当然一緒に行かなければなりません」


 今回、親善の表敬訪問という形を採っているにせよ、要するにわたしの処遇を決めるための交渉団です。

 債権奴隷であるわたしのご主人様が、同行しないわけにはいかないのです。

 それがわかっているだけに、フェルさんも “ぐぬぬぬ!” といった顔をするだけで、何もいいません。


「それじゃなに? エバ、あんたパーティを抜ける気なの? せっかく通り名まで付いたっていうのに……」


 今度はパーシャが泣きそうな顔になります。


「パーシャ、こういう時はみんなが幸せにならなければ意味がありませんよ。わたしはパーティを抜ける気も、皆さんと別れる気も、毛頭ありません」


 そこでわたしは、わたしの大切な友人であり仲間である人たちの顔を、見渡しました。


「――ですので、皆さんをわたしの護衛に雇います」


 どーん!


「「「「「護衛に雇うだって!!?」」」」」


「Ye~sです。この際、みんなでリーンガミルに行ってしまいましょう!」


 どどーん!


 実はトリニティさんから、”費用はこちら()で出すので、信頼できる護衛を自由に雇え” とのお許しを得ているのです。


「どうですか? わたしと一緒にリーンガミルに行ってくれますか?」


 わたしは声の調子を静めて、真摯な声でもう一度みんなに訊ねました。


「行く行く! 行くに決まってるじゃない! あたい、前から一度行ってみたかったんだ! 古代魔導王国の系譜に連なる魔法大国リーンガミル! ああ、夢みたい!」


 パーシャは椅子代わりの洋樽の上に立ち上がると、バンバンと円卓を叩いて興奮を表しました。


「もちろん、わたしも行くわ。あなたと彼と彼女が行くというのに、行かないでなるものですか」


 フェルさんが上気した顔で、それでも平静を装いながら言いました。

 でも、わたしは気づいていました。

 円卓の下でフェルさんが、“(よっ)しゃっ!” と握りこぶしを作ったことを。

 まったく本当に可愛い人です。


「俺も構わないぜ。迷宮でのハクスラはいつだってできるからな。魔女(アンドリーナ)の討伐だってのパーティと競ってるわけでもねえし」


「……腕を磨くだけが修行ではない。ここいらで見聞を広めるのも悪くない」


 ジグさんと、カドモフさんも賛成してくれているようです。

 迷宮探索者とはいっても、その根本は未知なる冒険(アドヴェンチャー)を求める冒険者(アドヴェンチャラー)です。

 まだ見ぬ国に行ける機会を得たなら、胸が高鳴らないわけがありません。


「レットさんはいかがですか?」


「あ、ああ……俺も別に」


 どこか言い淀む様子のレットさん。

 はて? 決断の早さと正しさが長所のレットさんにしては、珍しく煮え切らない表情に見えますが……。


「――まだまだ脇が甘いですね、エバさん」


 円卓のすぐ側に、スクッと立つ人影。

 酒場の喧噪にも掻き消されることのない、凛々しくも柔らかな美声。

 フェルさんの言うところの()()さんの登場です。


「ハンナさん。お仕事は終わったのですか」


「ええ、いま退勤したところよ――御一緒してもいいかしら?」


「もちろんです」


 わたしは自分の洋樽を “どっこいしょ” と動かしてスペースを作りました。

 レットさんとジグさんが、近くの卓から空いていた樽をごろりごろりと転がしてきてくれます。


「ありがとう」


 探索者ギルドでの勤務を終えたハンナさんが、制服に包まれた小さなお尻を洋樽に乗せました。


「脇が甘い――ですか?」


 わたしの脇が甘いのは重々承知ですが、この場合は()()()脇が甘いのでしょう?


「ええ」


 ニコッと、女のわたしでも憧れてしまう魅力的な笑顔を浮かべるハンナさん。

 そして女給さんに好きなラム酒を頼んだあとに、


「護衛に “友情の七人(フレンドシップ7)” を雇うのは、とてもよい考えだと思うわ。この人たち以上に信頼の置ける探索者はいないでしょうから」


「ええ、それはもちろんです」


「でも、不眠不休であなたの警護をさせる気なの?」


「……あ」


「要人の警護は最低でも二交代制。できることなら三交代制が望ましいわ」


 そ、そうでした。

 レットさんたちも休息は必要なのです。

 わたしが眠ったからといって、レットさんたちも眠れるわけではないのですから。


「そういうことよ――そこで僭越だと思ったのだけど、もう一パーティをわたしの一存で選ばせてもらったわ。腕が立って、とても信用できるパーティよ」


 そういって、ハンナさんは後ろを振り返って手を挙げました。

 すぐに近くの円卓の探索者たちが立ち上がり、こちらにやってきます。

 もう皆さん知っている、信頼している人たちです。


「ライスライトか。今回は面倒なことになったな。だが安心していい。わたしたち “緋色の矢” が必ずおまえを守ってやる」


 燃えるような赤毛を、見事なエングレービング加工された白金の鎧に垂らした、美丈()にして、偉丈()

 今回の騒乱劇で熟練者(マスタークラス)に認定され、名実ともに探索者最強となったパーティを率いる、スカーレット・アストラさんです。


 確かにスカーレットさんたちまで護衛してくれるとなれば、鬼に金棒と言えるでしょう(どちらが鬼でどちらが金棒かは、この際問題ではありません)

 おさすがです、ハンナさん。

 このエバ・ライスライト、こういった気配りや算段では、まだまだあなたには及びません。


「――レット、わたしたちの足を引っ張るなよ」


「もちろんだ。そっちこそ、俺たちをいつまでも駆け出しだと思わないでくれ」


 おや、レットさん。

 なにやら急に、普段の調子を取り戻しましたね。

 わたし、フェルさん、そしてパーシャが、いつもの実直な笑顔でスカーレットさんと会話をするレットさんを見て、不思議げな面持ちを浮かべます。

 そんなわたしたちに、ジグさんとカドモフさんが、こちらはやれやれと言った風に軽く肩を竦めました。

 まったく、なんだというのでしょうか?


「ニャーッ!」


「きゃっ!」


 いきなり柔らかいお日様の匂いのする毛の固まりが、抱きついてきました。

 ええ、もちろんもう誰かはすぐにわかりますよ。


「いいタックルですね、ノーラちゃん」


「エバ! 買い物ニャっ!」


 抱きついてきたノーラ・ノラちゃんが、わたしの胸からガバッと顔をあげました。


「え? お買い物?」


「そうニャ! ニャーもマンマと一緒に旅行にいくニャ! だからその前に買い物に行くニャ! 旅行の前の買い物は最高ニャッ!」


 ようやく爪が引っ込むようになった手で、サムズアップ! ……の真似をするノーラちゃんです。



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