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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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トライアングラー 使命と任務と契約と

「「絶対に嘘ッ!!」」


「本当ですよ~♪」


 ふたりから視線を逸らして、口笛ピ~プ~♪ 吹いている~♪


「「だいたいなんであなたが、こんな時間に、こんな場所にいるの!」」


「それはこちらのセリフです。どうしてハンナさんやフェルさんが、こんな時間に、こんな場所にいるのですか?」


「「それはあなたの様子が、昼間からずっと変だったからよ!」」


 むむっ、鋭い。

 さすが女同士。()()()()()()には鼻が利きます。

 仕方ありません。

 ここはこちらから、カードを切りましょう。


「仕方ありませんね。()()は朝食のときにしようと思っていたのですが――わたしくしことエバ・ライスライトは、本日よりグレイ・アッシュロード様の債権奴隷(通称:借金奴隷)になりました。今後は()()()()共々どうぞよろしくお願いいたします」


「「――な、なんだってーーーーっ!!!」」


((そ、そうだった! この娘にはそういう事情があったんだ! これが “隠し球” かーーーーっ!))


「はい。そういうわけですので、わたしはこれからご主人様が快適にお休みになれるように、お身体をケアしなければなりません。ですので今夜のところはこれでお引き取りください。あしからず」


 にこやかに、そして有無を言わさず、おふたりに退散を求めます。

 ああ、これが()()()()が得るということなのですね。

 実に素晴らしいです。


 フェルさんの “使命”

 ハンナさんの “任務”


 わたしはずっと羨ましかったのです。

 堂々とアッシュロードさんに関われる “名分” があるおふたりが。

 でも、これからは違います。

 わたしにも “契約” という立派な名分ができました。

 これで、ふたりとも互角に渡り合えます。

 今こそ、三国鼎立は成りました。

 これぞライスライト流 “天下三分の計” です。


()()()を三人でシェアする気!?」「閣下を三人でシェアする気!?」


「いえいえ、それはありません。人間は三等分にはできませんから。ですから正統なる権利を以て、グレイ・アッシュロード()のお世話は今後わたしが独占的に行わせていただきます」


「「正統なる権利ですって!?!?」」


「はい」


「「それって、いったいどんな権利よっ!?!?」」


「それは」


「それは!?」


「それは」


「それは!!??」


「それはご主人様が、()()()()()()()()だからです」


((か、覚醒しやがった、こいつ))


「故に、他の女性(ひと)に指一本足りとも触れさせる気など、毛頭ありません」


 断々々固、ありません。はい。


「「そ、それはあなたが所有されてるんじゃなくて、あなたが所有してるんでしょう! あべこべよ!」」


「主人と奴隷は一心同体です。病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、雨が降ろうが槍が降ろうが、勇者が来ようが魔王が立ち塞がろうが、騙されようが追放されようが、蹴散らしザマァし、進むのみ! ――です」


「「それ、なんの “なろう系”!」」


 最近は “カクヨム系” でも多いんですよ。


「そういうわけですから、わたしにはご主人様の疲労を回復させ、安らかな眠りを守る義務があります。ささ、どうぞ今夜のところはお引き取りくださいませませ」


「そっちが “義務” なら、わたしは “任務” です! 帝国軍式のストレッチで、わたしが閣下の身体をほぐしてさしあげます! ええ、それはもうぐにゃぐにゃなるぐらいまで!」


「それならわたしは “使命” よ! 奴隷ですって? 部下ですって? そんな人間に身体をほぐさせるなんて、ふしだら千万だわ! わたしが女神ニルダニスの御名において、エルフ式のマッサージで()()()の身体を()()させます!」


 ――バチバチバチッ!!!


 とぶつかり合う、三人の視線と正義!

 そうです!

 戦争とは互いの正義がぶつかり合うときに起きるのです!


「どうやら、決着をつけるときが来たようですね」←ハンナさん


「勝負は正々堂々。誰かが勝っても泣き言はなしよ」←フェルさん


「本望です。負けた人は勝った人を “メンデルスゾーン” の合唱で送り出しましょう」←ライスライト(わたし)


「「「でも、勝つのはわたしです!」」」


 カァァァンッ!


 そして高らかに(脳内で)鳴り響く、ゴング!

 そして高らかに(脳内で)鳴り響く、スタン・ハンセンのテーマ(ただし一五秒から)!


 愛ある限り戦いましょう! 命、燃え尽きて灰になるまで!!

 もはや、先手必勝! 受けてみなさい!


「――慈母なる女神 “ニルダニス”。厳父たる男神 “カドルトス”。その他、天に御座す諸神に代わりて、我、神々の代弁者にしてその意思の執行者たる、エバ・ライスライトの名の下に、悔い改めぬ不敬なる者たちに神罰を与えん! 畏れよ、神の怒りを―― “神威(ホーリースマイト)”!」


「「――ちょっ!!??」」


「……ねぇ。あんたってば、たかだか痴話喧嘩程度で宿屋に “|聖職者系最上位攻撃魔法ゴッドサンダー” を落とす気?」


 いつの間にか客室の入口に立っていた小柄な人影が、心底呆れた口調で言いました。


「あら、パーシャ。あなたも “女の戦い” に参加希望ですか? それならば、あなたでも容赦はしませんよ」


「誰が!」


 心底嫌そうな口調で、パーシャが怒鳴り返します。


「それよりも――()()がないのに、まだその “女の戦い” とやらを続ける気なの?」


「賞品?」


 パーシャの言葉に部屋の中を見渡すと、ご主人様の姿がありません。


「あら?」


「おっちゃんならさっき階段ですれ違ったわよ。枕を小脇に抱えてコソコソ下りてった」


(((……セコい……セコすぎる……なんたる小者臭……)))


「まったく仕方のない人ですね――でも、そういうことでしたら今夜のところは矛を収めましょう。このままお開きにするのもなんですから、お茶を淹れますね。わたし、昨日市場でよい香りのお茶を買ってきたのです。今お湯を沸かしますね。~♪」


((……て、敵にまわしたら絶対ヤバいタイプだわ、この娘))


◆◇◆


 その少し前、件のご主人様はホビットの少女の言うとおり、小脇に愛用の枕を抱えてトボトボと階段を下りていた。

 アッシュロードは淡泊で自虐的だが、自己憐憫に浸るタイプではない。乾いた根暗だ。

 それでもこの時は、


(……俺って可哀想)


 と心の底から思った。

 そして以前にもまったく同じ気分になったような、既視感(デジャブ)に囚われた。

 なにはともあれ今夜の寝床を確保しなければならないのだが、三階以上の個室はすべて鍵が掛かっていて、一階の酒場で宿屋の主に鍵をもらわないとならない。


(……この時間だとオヤジも寝ちまってるだろうしな)


 簡易寝台か、あるいは最悪馬小屋か……。

 取りあえず、アッシュロードは二階の大部屋(簡易寝台)まできた。

 入口から中を覗き込むと、まだ眠らずに談笑をしていたレットたち “友情の七人” の男たちと目が合った。



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