命名会議
洗濯を終えると、わたしとフェルさんとパーシャは酒場での命名会議に。
ハンナさんは、帝国軍軍令部にそれぞれ向かいました(今日は一週間に一度、軍令部に出頭をする日なのです)。
旧冒険者の宿屋である “獅子の泉亭” は、“火の七日間”の間は野戦病院の体を成していましたが、 今では営業を再開しています。
昼間の酒場は薄暗く、荷物係の探索者たちが虚ろな目でお酒を煽っているので、どこか退廃的な空気が漂っています。
命の憂さを晴らすようなどんちゃん騒ぎが繰り広げられている、夜のフロアとは大違いです。
もっともそんな物憂げな空気さえも、わたしにはすでに慣れ親しんだ日常の風景になってしまっていて、以前のように居心地の悪さを感じることもありません。
わたしたちは中央の広い通路を通って、いつもの円卓に向かいました。
円卓には先に、戦士でパーティのリーダーであるレットさん。盗賊のジグさん。そして若きドワーフファイターのカドモフさんが着いていました。
全員手にしている陶杯から、エール酒の白い泡が零れています。
真っ昼間から――とも思わなくはないですが、探索者にとってエールは、なんというかお水みたいなものですから(あはは、様式美という奴です)。
「――何を飲む?」
ジグさんが女給さんに向かって手を挙げながら訊ねました。
「あたいはエール! 大ジョッキで!」
ピョンと椅子代わりの洋樽に飛び乗って、パーシャが答えます。
ホビットとエールは切っても切れない、“ドワーフと髭” なのです。
「わたしは果汁の炭酸水割りを」
「あ、それじゃわたしもそれを」
フェルさんの注文に便乗です。
お酒は……まだ未成年なので(元の世界では)、自重しておきます。
女給さんが来たときには注文が決まっていました。
この辺りの手際の良さが、盗賊であるジグさんの真骨頂でしょう。
注文した飲み物がきたら、全員で乾杯です。
「――良き休日に」
「「「「「良き休日に」」」」」
陶杯やタンブラーがぶつかり合い、澄んだ音が酒場に響きます。
「ングッ、ングッ――ぷはーっ! 美味しいっ! 生き返るよ!」
パーシャったら。あれだけアッシュロードさんを “オヤジ臭い” と言っておきながら、あなたも大概ですよ。
「それで、みんな考えてきた?」
口の周りに白い髭を生やしたパーシャが、ウキウキした顔でみんなの顔を見渡しました。
「一応な」
「あまり自信はないが」
「……うむ」
ジグさん、レットさん、カドモフさんがそれぞれに頷きます。
「それで、誰から発表する?」
「待って待って、ダイスがあるよ。ダイスが」
ジグさんがうながすと、パーシャが腰に下げている小さな皮袋から六面体のサイコロを取り出しました。
最近探索者の間で流行っている遊戯で必要なので、肌身離さず持ち歩いているのです。
「番号はいつもの隊列順ね」
そんなわけで、
1=ジグさん。
2=レットさん。
3=カドモフさん。
4=ライスライト(わたし)
5=パーシャ。
6=フェルさんです。
となります。
パーシャは本当に楽しそうにダイスを振りました。
この娘は本当にこういう遊びが大好きなのです。
重複した番号は振り直しで、サイコロが円卓を転がること一分弱。
そんなわけで、
1=フェルさん。
2=ジグさん。
3=レットさん。
4=カドモフさん。
5=パーシャ。
6=ライスライト(わたし)。
となりました。
「先陣を切らせていただけるなんて光栄だわ」
しゃなりと背筋を伸ばす、フェルさん。
グレイと言ってないときのフェルさんは、本当にお姉さん然とした人なのです。
「いつも殿だからな」
「ええ、そうよ。だからたまには先頭に立ちたいの」
茶々を入れるジグさんにお姉さんの余裕で、にっこり微笑みます。
そしてコホンと軽く咳払いをして、
「“ヴァルハラ” というのはどうかしら?」
と探索者随一といわれる美声で発表しました。
「“ヴァルレハ” ?」
「“ヴァルハラ” !」
あ、グレイになっちゃった。
パーシャの口から、スカーレット・アストラさん率いるパーティ “緋色の矢” に所属する魔術師さんの名前が出た途端、お姉さんが般若になってしまいました。
ま、まぁ、気持ちはわかります……とだけ言っておきましょう。
再度のコホン。
「“ヴァルハラ” とはエルフの神話に出てくる、死した勇者たちが招かれる楽園よ。わたしたちは明日をも知れぬ探索者。誰かが欠ける日がくるかもしれないわ。でも、たとえそうなったとしても、わたしはいつか “ヴァルハラ” であなたたちと再会したいの」
おおーっ、と感心した空気が円卓に拡がります。
一番手からなかなかに説得力があります。
“ヴァルハラ” とは、北欧神話に出てくるあの “ヴァルハラ” でしょうか。
あるいはこの世界の理が、日本語のもっとも近い言葉に変換してわたしに伝えているのかもしれません。
「俺は “ネビュラード” がいいと思うな」
「へぇ、言い響きじゃない」
二番手のジグさんの名前も、韻を踏んでいて小洒落た響きでいい感じです。
「だろ?」
「ジグにしては上出来だね――レットのは?」
「………… “ギャモン”」
「なんかダサいわね」
「……(言われると思った)」
「パーシャ――わ、わたしは素敵だと思いますよ、ええ、とっても」
率直すぎるホビットの友だちをたしなめて、レットさんに微笑みました。
「そ、そうね、特に “モン” っていう響きがいいと思うわ」
フェルさんも同意してくれます。
「……(真っ赤)」
「カ、カドモフさんは?」
「…… “オーガス”」
「お、カッコイイじゃん」
「……我らドワーフに伝わる “戦の神” の名だ」
レットさん以外の全員が、ほほぅ、とカドモフさんらしい質実剛健な由来と響きの名前に感心しました。
レットさんだけが、困ったような顔をして中身の減った自分の陶杯を見つめています。
「……(“ヨウガス”に聞こえる)」
「次はいよいよあたいだね! みんなのもいいけど、やっぱりこのパーティ名はこれで決まりよ! ずばり “旅の仲間” ! これしかない!」
洋樽に立ち上がって、高らかに宣言するパーシャ。
「なんてったって “使命” を果たした、あたいたちホビットの伝説のパーティの名前なんだから。しかもそのパーティには、ホビットの他にも、人間、ドワーフ、エルフがいたのよ。迷宮探索はあたいたちの人生。そして人生は旅。絶対にこれしかないわ!」
おおーっ、とまたも感心の声が上がります。
みんな凄いですね。
どれも素敵な名前ばかりです。
「――エバ、あんたのは?」
パーシャが、トリを飾るわたしを見ました。
「あなたのに似ているのですが……」
わたしは控えめな笑顔で言いました。
「“フレンドシップ7” ……というのはどうでしょう?」







