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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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三度、洗濯場から幕は上がり

「「「ふん、ふん、ふん、ふ~ん♪」」」


 ヘンリー・パーセルの “アブデラザール、またはムーア人の復讐” の “ロンドー”を口ずさみながら、ジャブジャブジャブ。

 宿屋さんの裏の無料ランドリー(洗濯場)で、ジャブジャブジャブ。

 三人でハモりながら、ジャブジャブジャブ。


「相変わらず汚いわねぇ」


 とソプラノ担当のフェルさん。

 汚いと言いながら、とても幸せそうです。


「本当に、なにをどうすればこんなに汚れるのかしら」


 とアルト担当のハンナさん。

 腕まくりした制服の袖が凛々しくも麗しいです。


「でもみんなでやればすぐに終わりますよ。一本の矢は折れても三本なら折れないと言うではありませんか」


 とメゾ担当のわたしが微妙にズレた言葉を返します。


「「それじゃつまらない」」


「あらま」


 そして再び、


「「「ふん、ふん、ふん、ふ~ん♪」」」


 三人で見事な鼻オケ(鼻歌オーケストラ)を奏でます。


 皆さん、こんにちは。

 エバ・ライスライトです。

 わたしは今、“獅子の泉亭” の裏手に設置されている洗濯場にきています。

 短くも激烈だった “火の七日間” が終息して、二週間。

 ようやく周りの人たちから、疲れが抜けてきているように感じます。

 身体の疲労も、心の疲労も。

 ですので、今日はお洗濯の日にしました。

 自分の分をさっさと、ささっと済ませてしまうと、さあ、いよいよラスボスの登場です。それも一体ではなく、凶悪なのが大挙して出現です。大群です。大軍です。


 ですが、今日のわたしはひとりではありません。

 強力な味方が――友がいます。

 ええ、“強敵” と書いて友と読む、おふたりです。


 ひが~し♪ ハンナ~さ~ん♪ ハンナ~さ~ん♪

 に~し♪ フェリリルさ~ん♪ フェリリルさ~ん♪


 お洗濯 “獅子の泉亭” 裏場所。

 はっけよい! 残った、残った! 洗った、洗った!


「それにしても汚いわねぇ」


「本当に。何をどうしたらこんなに汚れるのかしら」


「まぁ、着ているのがあの人ですから」


 ジャブジャブジャブ。

 洗濯石鹸をこれでもかと付けて、ジャブジャブジャブ。

 洗濯槽に流れ込んでくる清水が、泥水のような色になって流れ出ていきます。


「「「ふん、ふん、ふん、ふ~ん♪」」」


「……ねぇ」


「「「ふぁい?」」」


 洗濯槽の縁にしゃがみ込んでジャブジャブしていた、フェルさん、ハンナさん、そしてわたしが、まったく同じ仕草、同じ角度、同じタイミングで振り返りました。

 鼻の頭にシャボンが付いているのまで同じです。

 振り向いた先には、顔面神経痛を発症させたホビットの女の子が立っていました。


「……こりゃまた見事なユニゾンで」


 パーシャが、“うへぇ” といった顔で呟き(ぼやき?)ました。


「あら、パーシャおはよう。あなたも洗濯ですか?」


「今日はお洗濯日和よ」


「あなたも溜ってるでしょう。片付けてしまいなさい」


 わたし、ハンナさん、フェルさんがニコニコと微笑みます。


「あんたたち、揃いもそろって絶対おかしいって! それ、“おっちゃん” の汚れ物でしょ? なんであんたたちみたいな器量よしが、それも三人揃って、それも鼻の頭にシャボンの泡まで付けて、しかもそんなに幸せそうに洗ってるのよ!」


 チャームポイントの赤毛のくせっ毛を両手で掻きむしって、“オーマイガー!” をするパーシャ。


「あいつ絶対病気持ちだよ! ううん、知らないけど絶対そう! もし水虫とか移されたらどうするのさ!」


 わたしたちは一瞬、顔を見合わせると、


「「「そんなの “解毒(キュア・ポイズン)” の加護で一発退散です」」」


 再び、まったく同じ仕草、角度、タイミングで答えました。

 再び、まったく同じ仕草、角度、タイミングで “オーマイガー” するホビットの女の子。


「だいたい、あんたたち年頃の女の子でしょ! 年頃の女の子ってのは汚い物がなにより嫌いなはずでしょ! あのおっちゃん()()()は筋金入りよ! あのフケ見てるでしょ! フケよ、フケ! 老けてる上に!」


「「「そんなの、お風呂に入れて()()()()()()()()()()()()」」」


 もはや、顔を見合わせもしません。

 これまでにない激しい顔面神経痛を発症させて、フリーズしてしまうパーシャ。

 あらあら、せっかくチャーミングな顔をしているのに、これでは台無しですね。


「パーシャ、わたしのやっていることにご意見は無用です。これはわたしの大切な任務ですから」


「あら、上官の汚れ物を洗濯するのが副官の任務なの? それって従卒の仕事でしょ。士官の仕事じゃないと思うけど」


 ハンナさんの言葉に、フェルさんが反応――喰い付きます。

 どこからともなく、“キャットファイト” の気配が漂い始めました。


「そういうあなただって、どうして閣下の汚れ物を洗っているのですか? ()()()()()()()がすることではないと思いますけど」


 にこやかに冷ややかに、ハンナさんが切り返します。


「身を挺して奉仕して()()()を正しい道に導く――これこそがわたしの信仰であり大切な “使命(クエスト)” よ」


「ずいぶん都合良く信仰だの使命だのを使うのですね」


「その言葉、そっくりそのまま返すわ! あなたこそ “任務” を自分の都合良く使ってるじゃない! 公私混同よ!」


「公私混同はわたしの専売特許です!」


 フーッ!


「居直ったわね!」


 シャーッ!


「「だいたい、あなたは――!」」


 ギャンギャンギャン!

 ギャンギャンギャン!

 ギャンギャンギャンギャン、ギャンギャンギャン!


 今日も帝都 “大アカシニア” は平和です。


 ジャブジャブジャブ。

 ジャブジャブジャブ。

 ジャブジャブジャブジャブ、ジャブジャブジャブ。


 ギューッ!


 パンッ、パンッ、パンッ!


 うん、よし! 奇麗、奇麗!


「「……エバさん」」


「はい、なんですか?」


「「ずいぶん、余裕ですこと」」


「え? そんなことはないですよ。普通ですよ、普通」


 キュピンッ!


((……隠し球の臭い!))


 ハンナさんとフェルさんが、帝国軍士官と僧侶(プリーステス)の顔……ではなく、女のそれでわたしを睨んでいます。


((……なに、この娘。なにを隠してるの? わたし何を見落としてるの?))


「ほらほら、手元がお留守ですよ。お喋りしている間に、わたしの分は終わってしまいましたから、先に干してきちゃいますね」


 わたしはにっこり笑って立ち上がりました。


((な、なんなの、この圧倒的なまでの余裕は))


(わたし、デートの約束してるんだから!)(わたし、キスされたんだから!)


「ほら、パーシャも手伝ってください」


「いーっ! 嫌だよ! おっちゃんの洗濯物に触るなんて!」


 パーシャが小さな両手を小さな背中に隠します。


「大丈夫ですよ。ちゃんと奇麗に洗いましたから」


「ぜぇーったいに嫌! ――そんなことより、ちゃんと考えてある?」


「ええ、もちろんですとも。ちゃんと考えてあります」


 パンパンッ! 生地をのばして洗濯紐に洗濯物を吊しながら、わたしは答えました。


「そういうあなたは考えて来たのですか?」


「あ・た・ぼ・う・よ!」


 ニカッと笑ってサムズアップ! するパーシャ。

 おおう、わたしの技を盗みましたね。


「大傑作だよ! 百年残っても大丈夫! な最高の名前なんだから! パーティ名は、ぜぇーったいあたいの考えてきた奴で決まりだかんね!」


「ふふっ、それは楽しみです」


 そうなのです。

 わたしたちのパーティは、先の “火の七日間” の戦いで経験を積み、全員が古強者(名の通った者)――すなわちネームド(レベル8以上)になったのです。

 そしてネームドになったわたしたちは、パーティの通り名を名乗れるようになったのです。

 今日はこれから酒場に集まって、各々が考えてきた名前を発表し合い、パーティ名を決めることになっているのです。


 え? わたしの考えてきた名前ですか?

 ふふっ、それはあと少しだけ秘密です。



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[一言] PT名「鋼鉄の7人」でw
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