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迷宮保険  作者: 井上啓二
第四章 岩山の龍
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てへぺろ☆!

 わたしの目の前に、ご主人様が座っています。

 ご主人様は、もうすぐ “四十郞” (わからない人は “椿三十郎” でググってみてくださいね)の中年の男の人です。

 ボサボサ頭に、覇気のない垂れ目で半開きの三白眼。

 ピンピンと伸びた無精髭。

 長身でしかも痩身なので、とても背が高く見えます。

 でも猫背なので、その分は低く見えます。

 お風呂にあまり入らないので、灰色の髪にはいつも白いフケが浮かんでいる、少々バッチイ人です。


 でも女の人にはとてもモテます。

 特に若い女の人にモテます。

 今も、ビシッと “大アカシニア神聖統一帝国” の軍服を着込んだ、とても奇麗な人族(ヒューマン) の女性と、白と桃色の “女神ニルダニス” の僧服をゆったりとまとった、とても美しいエルフの女性に左右を挟まれています。

 本当にモテモテです。


 ご主人様とわたしたちが今いるのは、これ以上ないくらい大きくて、これ以上ないくらい豪華な馬車の中です。

 どれくらい大きいのかというと、なんと十六頭の馬に引かせているほどです。

 なんと十六馬力です。

 馬車の豪奢な純白の外壁には、あらゆる物理攻撃と魔法を弾く強力な “結界(プロテクション)” が施されていて “氷嵐(アイス・ストーム)” 程度の攻撃呪文では()()()()付けることはできないそうです。

 まるで戦車です。

 移動するトーチカです。


 車内は落ち着いた色合いの木目調の内壁に、広げればベッドになるふかふかのソファー然とした座席が向かい合わせで備え付けられていて、ドワーフの匠が設計した油圧式サスペンションと相まって、どんな悪路でも乗っている人のお尻に振動を伝えません。

 安全性は抜群。

 乗り心地も抜群。

 寝心地はもっと抜群というわけです。

 ですが、それも当然なのです。

 なぜならこの馬車は最高にして最硬の、“大アカシニア神聖統一帝国” 上帝陛下の御座馬車なのですから。


 そんな凄い馬車に乗っているというのに、ご主人様の顔色は優れません。

 乗り物に酔ったのでしょうか?

 いえいえ、馬車はどんな悪路にも微動だにしない高性能のドワーフ式サスペンションに支えられています。

 そもそもご主人様は、そんなデリケートな人ではありません。

 どこででも平気で寝られるし、お酒があれば、食事はゆで卵だけでいいという舌貧乏な人です。

 では、なぜ顔色が優れないかというと、それは先ほどからご主人様の真ん前に座るわたしが、


(わたしというものがありながら、なに美人を、それも二人もはべらせてるんですか、この()()()!)


 と、にっこりと笑いかけているからです。


 あ、申し遅れました。

 わたくし、お久しぶりのエバ・ライスライトです。

 長く厳しく辛かった “火の七日間” も終わって、今日から新しい章である第四章のスタートです。

 わくわくしていますか?

 わたしはわくわくしています、とっても。

 ムカムカもしていますが、とっても。

 当然ですよね。

 だって、ご主人様は()()()()()()()()なのですから。


「ラ、ライスライト」


 沈黙に耐えかねたのか、ご主人様が若干裏返った声で声を掛けてくださいました。


「はい」


 “はい、ご主人様” でもなければ、“はい、なんですか?” でもない、ただの “はい” です。

 不機嫌さを込めて伝えるには、返事は短いほどよいのです。


「グ、グミ、食うか?」


「いえ、結構です」


 エバ・ライスライト、にっこり笑って人を斬る。


「そ、そうか」


「はい」


 おさすがです、ご主人様。

 まるでお菓子で幼稚園児の機嫌を取るような、そのセコさ。

 これぞまさしく、セコさ無双と言わざるを得ません。

 このセコさを直すには骨が折れそうです。

 まったく()()()()()()のし甲斐のあるご主人様です。


「……」←ご主人様


「……」←わたし


「……」←ご主人様


「……」←わたし


「……(……ゾゾッ!)」←ご主人様


「エ、エバさん!」


「はい、なんですか?」


 青くなったご主人様の右隣で、帝国軍中尉の襟章を付けたハンナさんがわたしに向かって身を乗り出しました。


「あまり閣下を威嚇しないでください。()()()に怯えているじゃありませんか」


「そうよ、()()()が可哀想よ!」


 エルフの僧侶(プリーステス)であるフェリリルさんも、真っ白なほっぺたを紅潮させて、プリプリとわたしを睨みます。

 おさすがです、おふたりとも。

 普段バチバチ火花を散らしている者同士の、共通の敵を見つけた途端の共同戦線。

 これぞ戦略の極意です。


「わたしはただ、ご主人様を見ていただけですよ」


「「その呼び方やめて!」」


「でも、ご主人様はご主人さまですから……」


「「でも、駄目!」」


 もう、わがまま人たちですね。


「それでは、旦那様――」


「「もっと駄目っ!」」


 ハンナさんとフェルさんの見事なユニゾン。

 本当にわがままな人たちです。

 それではいったいなんと呼べばよいのですか。


「――まったく、おまえたちの話を聴いていると飽きないな」


 わたしの左隣に座っているトリニティ・レインさんが、微笑とも苦笑とも取れる笑顔(微苦笑?)を浮かべて、開いていた書物から顔を上げました。

 わたしたちと()と言っても通用してしまうほど若々しい――ぶっちゃけていってしまうと、幼い外見の女性です。

 しかし誰あろうこの人こそ、“大アカシニア神聖統一帝国” の財務大臣にして、筆頭国務大臣。

 この世界で最大の帝国の宰相にあたる人なのです。

 政治家としての権変の才だけでなく、魔法使い(スペルキャスター)としての才能にも恵まれていて、その実力は超一流。 “紫衣の魔女(大魔女アンドリーナ)” をのぞけば、帝国随一といって間違いはないでしょう。

 とにかく、凄い人なのです。


「だいたい、エバさん! どうして借金の期日を忘れていたのですか! 不自然です!」


「そうよ、不自然よ!」


 なにやら、クラスメートを糾弾する意地悪女子生徒みたいな様相を呈してきたお二人です。


「そんなことを言われましても、なにぶんあんな大騒動のあとでしたので――てへぺろ☆」


「「……(ぜったい嘘よね)」」


 そうなのです。

 そうなのです!

 そ・う・な・の・で・す!

 今のわたしは、ついにご主人様の借金奴隷になってしまったのです!

 ついについに、ご主人様の()()()になってしまったのです!

 ああ、なんて可哀想なわたしなのでしょう!(てへぺろ☆)


「人が人をお金で奴隷にするなんて絶対間違ってるわ!」


「司令官が少女の奴隷を連れて歩いているなんて、士気に関わります……だいたい、それぐらいならわたしが立て替えてあげたのに……!」


 フェルさんが顔を真っ赤にして憤慨し、ハンナさんが “他の人が見てはいけない表情” で爪を噛みます。


「我が帝国は世界に冠たる法治国家だからな。信仰よりも、軍規よりも、なによりまず “契約” が重んじられるのだよ」


 トリニティさんが今度こそハッキリと、苦笑を浮かべました。


「そうなのです。これは契約なのです。だから仕方のないことなのです」


 うんうん、と頷くわたしです。


「まあ、よいではないか。ライスライトがど忘れしてくれていたお陰で、わたしたちはこうしてのんびりと国外旅行を楽しめているのだからな」


「そうそう、あたいまさかみんなでこんな豪華な旅行ができるなんて思ってもみなかったよ!」


「そうニャ、そうニャ!」


 トリニティさんの言葉を聞きつけて、開け放たれた窓からパーシャとノーラちゃんがヒョコっと顔を出しました。

 二人とも馬車の屋根を占有して、柔らかい敷物を広げて、大きな日傘を立てて、美味しい食べ物と冷えた飲み物を傍らに置いて、ゆっくりと流れていく景色を楽しんでいたのです。


「そんな格好をして危ないですよ」


 屋根から顔を出しているので、ふたりとも顔が逆さまです。


「平気、平気――な、ノーラ」


「そうニャ。平気、平気ニャ」


 敏捷性(アジリティ)にかけては、他の種族より頭ふたつ三つ優れているホビットと猫人族(フェルミス) です。

 これぐらいの真似は、息をするようなものなのでしょう。


 ふたりの他にも、護衛の混成近衛中隊を指揮するドーラ・ドラさんや、わたしの直接の護衛である、スカーレット・アストラさん率いる最強の探索者パーティ “緋色の矢” の六人。そしてもちろん、わたしが所属――今は()()しているレットさん率いる “フレンドシップ7” の皆さんも、馬上の人となって馬車の周りを固めています。

(“火の七日間” を潜り抜け、わたしたちのパーティも全員がネームド(レベル8以上)になり、晴れてパーティ名を名乗れるようになったのです)


 目的地の “リーンガミル聖王国” まではまだまだ掛かります。

 時間もあることですし、わたしたち “いつものゆかいな仲間” が国費を使った豪勢な国外旅行に出ることになった顛末を、これからお話しますね。



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