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迷宮保険  作者: 井上啓二
第一章 ”駆け出し聖女” と ”闇落ち君主”
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ボッタクリ商店

 上帝トレバーンの居城である “レッドパレス” の宮門からまっすぐ南に延びているのが、城塞都市 “大アカシニア” の都大路です。

 道幅は二〇〇メートルもあり、中央の一〇〇メートルは軍隊専用道路となっています。

 この軍用道路は一般市民が立ち入れば衛兵によって即座に逮捕、二度目以降は死罪になってしまうという、とても怖い道です。


 都大路はそのまま堅牢で巨大な外郭城門へと続いていて、そこから帝国中に張り巡らされている “覇王の道” と呼ばれる、やはり軍隊専用道路へとつながっています。

 一般人が国内の移動に使えるのは、“覇王の道” 以外の古い街道や河川や運河などらしく、この “大アカシニア神聖統一帝国” が紛れもない軍事国家であることを示す良い例かもしれません。


 わたしはアッシュロードさんに連れられて、その都大路と並行に走る西側に一本入った通りを歩いていました。

 都大路ほどではないにせよ、かなり広い通りです。

 様々な商館が建ち並んでいて、どれもみんな立派な店構えをしています。

 “獅子の泉亭” やその隣に立てられている “探索者ギルド” もこの通りにあり、わたしたちはつい先ほどそのギルドから出てきたところです。


「もたもたしてると置いてくぞ」


「は、はい」


 前を歩くアッシュロードさんが振り返るでもなく言いました。

 相変わらずの猫背が行き交う人波に紛れてしまわないように、わたしも早足で後を追います。

 この界隈は俗に “冒険者街” と以前から呼ばれていて、迷宮から大量の財宝を持ち帰ってくる羽振りの良い冒険者(探求者)たちとの取引によって発展してきた街区らしいです。

 わたしはアッシュロードさんに新しく購入する装備を見立ててもらうために、一緒に装備屋さんに向かっているところでした。

 なぜこんなことになってしまったかというと、それはわたしが用向きを終えてギルドを出る際に――。


◆◇◆


『エバさん装備を新調するんですか? それだったらアッシュロードさんに見立ててもらうといいですよ。ああ見えても熟練者(マスタークラス) の前衛職ですからね。目利きは確かですよ――アッシュロードさんもいいですよね?』


◆◇◆


 受付嬢のハンナさんが、居眠りから覚めて『ようやく自分の番が来たか』と大欠伸をしていたアッシュロードさんに、強引に話を通してしまったのです。

 アッシュロードさんは物凄く “嫌そうな顔” をして、なんのかんの言い訳して逃げようとしていたのですが、結局ハンナさんに押し切られてしまいました。

 なんというか……とても申し訳ない気持ちです。


「あ、あの」


「なんだ?」


「その、ありがとうございます」


 往来の喧噪に掻き消されないように、大きな声でお礼を言いました。


「わたし、武器のこととか全然わからないから、アッシュロードさんが一緒に来てくれて本当に助かりました」


「おまえは訓練場で何を習ったんだ」


 前を行く猫背な背中から(それでもわたしよりずっと背は高いのですが)、不機嫌そうな声が返ってきます。


「あはは……それを言われると辛いです。でも正直いって加護を願えるようになるだけで精一杯で」


 訓練場で習った……とはいっても期間が一ヶ月に満たない促成錬成です。

 武器の扱い方は一通り習いましたが、聖職者はやはり加護を願えてこそですから、そちらにばかり気を取られてしまって……。


「それに……前に装備屋さんに行ったときは、みんなが一緒でしたから……」


 あの時は大門くんたちが一緒でした。

 だから心細くはなかったのです。

 むしろキャンプ用品を買いに行ったみたいで楽しかった。

 いつの間にか、わたしは歩くのをやめてしまっていまいした。

 アッシュロードさんも立ち止まって、肩越しにわたしを見ています。

 わたしは、そんなアッシュロードさんを見上げて、


「だからアッシュロードさんが来てくれてとても心強いです」


 もう一度、お礼を言いました。


「……持ちつ持たれつだからな」


 アッシュロードさんはわたしに向き直ると何かを言いかけて口籠もり、結局顔を背けてしまいました。

 気の利いたことを言おうとして、何も思い浮かばなかった自分に腹を立てている……そんな感じです。


「持ちつ持たれつ……?」


「あの受付嬢にはいろいろと世話になっている。他にも保険屋はいるのに新人に俺を勧めてくれたりな。おまえもそのひとりだ」


 だから、これぐらいは必要経費だ――アッシュロードさんはそこまで言ってハッとしたように、


「言っとくが、俺はあの(むすめ)に賄賂なんて贈ってねえからな。メシも奢ったことない。だから変な噂立てんじゃねえぞ」


「え? ご飯も一緒に食べたことないんですか?」


 わたしは逆に驚いてしまいました。

 あんなに仲が良さそうなのに。


「当たり前だ。保険屋とギルド職員が私的に付き合えるか。ただでさえ同業者同士で足の引っ張り合いが多い仕事なんだ。ギルドの上役()にタレ込まれでもしたら大事なコネを失っちまう。それに――」


「それに……?」


「……嫁入り前の娘に変な噂を立てるわけにはいかんだろうが」


 わたしは一瞬キョトンとして、そのあと思わず吹き出してしまいました。


「あ、あなたって本当に “(イビル)” なのですか? それってどう見ても “(グッド)” の属性の考え方ですよ」


 人のことを利他的利他的って言ってるくせに、自分が一番他人に気を遣ってるじゃないですか。


「ムカッ! もういい! 装備屋にはおまえひとりで 行け! 俺は帰る!」


「あ、嘘です、嘘です! あなたは正真正銘の “悪人” です!」


 わたしは慌てて、ガニ股で歩き去ろうとするアッシュロードさんの腕をつかみました。


◆◇◆


 そのお店に入るなり、確かな圧迫感がわたしを覆いました。

 広大な店の中狭しと飾られ並べられた数々の武器や防具。


 剣、短剣、短刀。

 戦槌、槌矛、杖。

 盾、鎧、兜、篭手。

 指輪や護符、水薬の類いまでも。


 真新しい物もあれば、古めかしい物もあります。

 磨き込まれた品もあれば、埃を被った品もあります。

 それら多くの武具が放つ重々しい空気……気配。

 それはもう殺気と言ってしまっても、よいのかもしれません。


 “ボルザッグ商店”


 稀代の商才を持つドワーフ “ボルザッグ” が一代限りで築き上げた武器と防具と魔道具の取引(TRADING)( POST)

 上帝トレバーンがまだ貴族とは名ばかりの貧しい下級騎士だった頃から彼の才幹を見抜き、金銭的な援助を惜しまず与えついには帝位にまで就かせたという、魔人の如き先見の明を持つドワーフの店。

 その見返りに、迷宮から持ち帰られる品のすべてを独占的に取引できる権利を得た、唯一の商会。

 もちろん帝国以外の国にも進出し、各国に大規模な支店を構える組織力と展開力も持っている……。


(なにか……圧倒されてしまいます)


 以前に大門くんたちと来たときは、そうでもなかったのに……。

 あの時は六人で、ワイワイガヤガヤ、あーでもないこーでもないと装備を揃えていって楽しかった。

 みんながいないと、こんなにもお店の雰囲気が違って見えるなんて……。


「なんぞ探し物か」


 わたしがつかの間の物思いに沈んでいると、店の奥から筋骨隆々でなおかつ短躯という、これぞ “ドワーフ” といったおもむきの店員さんが出てきました。


「……あ、えっ……と」


 店員さんにギョロリと睨まれ、上手く言葉が出てきません。

 無愛想で、髭があって、くびれがない。

 まさにトールキン教授の世界を地でいくドワーフです。


「なんじゃ、失語症か? ならここでなく寺院に行け。わしには剣の刃こぼれは直せても、人間は無理じゃ」


 い、いえ、そうじゃなくて……。


「あんたの強面に怯えてるのさ、ドワーフ」


 そんなわたしと店員さんの間に、アッシュロードさんが割って入ってくれました。


「なんじゃ、アッシュロードか。相変わらず不景気で不健康な面をしてるおまえには言われたくないわ」


「不景気なのも不健康なのも否定はしない――そっちは今日も髭の艶がいいな」


「ふん、世辞を言っても安くはならんぞ」


 ドワーフの店員さんが面白くもなさそうに鼻を鳴らします。

 諸肌を脱いだ上半身に分厚い作業用の前掛けを身に付け、頭には同色の作業帽。

 店員さんというより、鍛冶屋さんです。

 実際これまで店の奥の作業場で、鎚を振るって武具の修繕を行っていたようです。


「この “ボッタクリ商店” で値切りに成功できたら、そいつは “口達者” の聖寵持ちだな」


「誰が “ボッタクリ商店” じゃ。そもそもそんな “聖寵” などありゃせんわ。この破戒君主め」


「なんでもかんでも仕入れ値の倍で売りつけてるくせに、よく言いやがる」


 アッシュロードさんと店員さんの間で繰り広げられる丁々発止?のやり取り。

 おそらくですが、これがこのふたりのいつもの挨拶なのでしょう。

 ……多分。


 それにしても仕入れ価格の倍で売る……。

 現代日本の中古本屋さんならいざ知らず、迷宮から命懸けで持ち帰ってきた品々をそれではさすがに “ボッタクリ” と呼ばれても仕方ないのでは……。


「ところで、この口の不自由な哀れな娘は誰じゃ? おまえの娘か?」


 そこでようやく店員さんが、わたしの存在を思い出してくれました。

 まぁ……年齢的にも外見的にも、そう思われても仕方ないでしょう。


「いや、ただの連れだ。俺の客でもある」


「は、初めまして。枝葉 瑞……じゃなくて、エバ・ライスライトです」


 わたしは自分の名前とお米のコシヒカリからもじった、こちらでの名前を名乗りました。


「“転移者” か」


「えっ、わかるんですかっ?」


「ふん、やはりな」


「……あ」


 誘導尋問……ですよね、今の。

 わたしって、本当にお人好しです……。


「東夷風の容姿に、その取って付けたような名前なら誰でもわかるわ」


「ボルザッグ、こいつに適当な装備を見繕ってやってくれ。こいつには安くない額の金を貸してある。消失(ロスト)されたらかなわん」


「はは……洒落になってませんね、それ」


 乾いた笑いを浮かべてから、はたと気づきました。


「えっ、ボルザッグ? それってもしかしてこのお店のオーナーさんのですか?」


「いかにも、わしがそのボルザッグじゃ」


 なんでそんな偉い人が店員さんみたいな真似を?

 わたしは呆気に取られた顔で、ドワーフの店員さん―― ボルザックさんの顔を見つめました。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ボッタクリ商店という、懐かしい名称でお茶を吹き出してしまった。 そして微妙にもじってるのもとっても良き [一言] 話の流れがスムース、日常も戦闘も探索も普通に描けているところが凄い…月並み…
2023/07/13 10:43 退会済み
管理
[一言] 拝読! なんとか前回から1週間で読みに伺えました! この商店、当時からボッタクリボッタクリって言ってましたね。でも結局、自分たちが持ち込んだアイテムしか店先には並ばないので自分たちパーティ…
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